夢見る戦士(バカ)と受け継ぐ勇者(バカ)2
「結局、岡之原亮介って奴は一体何をしたんだ?」
もう深夜は回っただろう遅い時間。食事を終えるとフルーツの特盛りというデザートが出てきたが、あの量食べた後で、腹が膨れて苦しい俺は遠慮し、もりもりと食べていく二人の姿を眺めていた。
それが食べ終わると俺、ニートさん、インドアさん、の順に風呂に入る。風呂は風呂釜式みたくニートさんが焚いてくれた。風呂から上がると、俺が着ていたボロボロの衣服は流石に着替える訳にもいかず、インドアさんが用意してくれた青のインナーと短パンに着替えさせてもらった。衣食住と提供されてまさに至りに尽くせりだ。最初に抱いていた警戒心とかもうすでに完全に消えていた。
後は寝るだけと言っても過言じゃない状態だったけど、それでも最後に一つだけ確認したいことがあった。
岡之原亮介がしたこと。
昼間はディーネリス達の襲撃のせいで話が途中で中断されたけど、一番肝心な部分を聞いていない。本当は最初の時に聞いていてもおかしくなかったのだが、敵の存在があまりにも大きさにショックを受けて、俺と夜名津共々気が動転してその辺のことを聞かずに話を進めてしまっていた。
が、そもそも変だ。
「何というか、話の聞いた限りじゃあ最悪だとか災厄だとかの魔獣を倒した英雄なんだろ? そいつは。そんなやつと敵対するってことは、なんだ、その……そいつはそれだけのことをやったのか? 」
魔獣を倒してこの世界を救ったならばそれは救世主であり、英雄だ。それなのにキル達やインドアさんにとっては倒すべき敵となっているのはなぜか?
「まさか魔獣倒したあとに調子に乗って自分が世界を征服なり、滅ぼそうとでもしているのか?」
俺は今までのことを踏まえて、頭に思い浮かんだことをそのまま口にする。
キルがあれだけ感情を剥き出しになったり、組織を作って対抗したり、神様がわざわざ異世界の勇者として俺を呼び寄せたり、巫女にお告げを寄せるなんて大層なことするなんてそれだけことするだけの深い理由になるのはそれぐらいのことだろう。
しかし、難しい顔のままインドアさんは顔を横に振って否定する。
「支配や滅亡……確かにそれに近いですが、もっと悪質で邪悪なものですが、そこには善意はあったのでしょう」
支配や滅亡よりも悪質で邪悪、だけど善意はある? なんだ、その子供が親を喜ばせようとしたんだけど実際はやってはいけないことをしてしまったみたいな言い草は。
確かに最初は善意から出てきた結果は悪だった、なんてものほど迷惑なものはないが。
「一つ訂正しておきますと、オカノハラリョウスケがやったことに気づいたのは確かに災厄魔獣ガルシアルヨルガの討伐後ではありますが、それ事態を起こしていたのはその前の段階でのこと。オカノハラリョウスケが起こしたいことは……世界の変革で革新です」
「世界の革新で、変革?」
インドアさんの言葉を確認するように繰り返す。
討伐前から起こっていたことで、それで影響を受けたことで世界の変革と革新が起きた、って、それはもしかして、もしかしなくても。
「それってもしかして現代の、俺たちの世界の道具を生産……とか?」
「はい」
肯定するインドアさん。それは確かに俺たち、夜名津とは何となく予想していたことではあったが、それとはもう少し違ったというか踏み込んだところ話だったみたいだ。
俺たちの感覚ではせいぜい、道具生産のチート無双うぜぇな、調合とか失敗して勝手に爆死してくれないかな~、くらいにしか考えてなったが、確かに道具の生産は技術の革新なんだよな。どうも最近、周囲の人間の頭を悪くさせて主人公を持ち上げる系が多いから革新って言葉が響かなくなったんだよな。
「もしかして、物を数えるときは五、十の区切りで数えたほうが分かりやすいことを証明されたんですか?」
「え? いえ、それくらい誰にだってわかりますよ。……えーと、チヒロ君大丈夫? もしかして疲れているの? 話なら明日でもいいのよ」
かわいそうな子を見るような目で心配された。異世界ものの間違った常識だというのに。流石にそこまでは知能指数は低い世界ではなかったか。
あと、俺の呼び方はチヒロ様からチヒロ君へと、食事の時にお願いして呼び方を変えてもらった。様づけとか恥ずかしくていやだし。
俺は笑って誤魔化しながら話を戻す。
「でも、生産された道具が革新だったんだろうけど、変革は少し大げさなんじゃあ。それにもしそうだとしても、俺たちの世界の道具のおかげでこの世界が良い方向に向かうならこの世界の人たちとっては良いことになるんじゃないんですか?」
ラノベというか今時のなろう作品での知識なんだが、現代社会のものを用いてチート無双の主人公ではあるが、道具自体は大抵主人公以外でもの使えるし、ヤバい代物だったら本人しか使えないよう魔法なりを駆使してロックをかけるから安全性も保障できる。それでもやり過ぎているなー、と感じるところがあるところは否めないが。
利益を生んでもリスクを生むことはないだろう。たとえリスクが生じたとしても何だかの改善策くらい立てるだろう。
簡単に言ってしまえば道具生産系って現代社会から異世界への一方的な貿易みたいなもの。
主人公にとってはただ、漫画やアニメで見た自分にとってのあこがれの道具類……銃火器やら爆弾といった現代社会では手に入らないし、使い勝手に困る代物がこちらでは簡単に手に入り、使うに困らない、躊躇いのなく思う存分に使えるし、敵も簡単にぶっ殺せることくらい意識しかないだろう。
また武器以外だけじゃなく元にいた世界から普段使っている雑貨や日用品も作ったりして売り払ったら周りの人の生活も豊になって自分は金がはいる。ウィンウィンってやつだ。
「いえチヒロ君、決して大げさなんてことではなく、また考えている以上のそのリスクは大きいし、事態は急を要しているのよ、しかもそのことについて気づいている人間は少ないのよ」
インドアさんは声のトーンを少し下げて、緊迫した口調で言う。
「道具によって豊になり、それに感動を覚えた人の心は、そのあり方が変わります」
インドアさんの言葉に首を捻る。心の在り方が変わるとはどういうことだ? インドアさんは話を続けてくれる。
「オカノハラリョウスケの作った道具の数々によって繁栄し、強力な武器によってガルシアルヨルガだけでなく凶暴化した魔獣たちも駆逐することにも成功しました。が、それによって得た物品や国の軍事力が上がることにも繋がってきます。ある一国が急激なまでに成長し力をつけ、しかも今まで脅威の存在だった魔獣を退けたとなると、各国がその国を無視することはできなくなり、当然警戒されることになります。ある国は自衛のため同盟をかけ、ある国は先手を打たれる前に戦争をしかけようと準備をし、ある国は様子を疑いながらどちらにつくか、と様々な動きがでてきます」
目を細めて浮かない顔をする。
確かに、そんな急激な変化をみせられたら恐怖を覚えて警戒されるのは当然のことだ。道具の生産や実際の魔獣討伐をしたのは岡之原とその仲間たちであっても、周囲から見れば一国に所属する人間たちが行ったようにしか見えない。
「なら武器を捨ててればいいんじゃ。魔獣はもういないんだろう?」
「実用性が高すぎるんです、あなた方の世界の道具は。対魔獣兵器として作られたならまだともかく、火力も実用性が高く、それらただの魔獣だけの対兵器として終わらせるにはあまりにも利用価値がありますのでそれを手放すには惜しいと誰もが思ったんです。それにここはあなたがたの世界とは違い、魔物たちの脅威が存在します、現在はガルシアルヨルガ倒されたおかげか魔物たちの大人しい状況にありますが、それでも魔物たちが危険な存在なのは変わりません」
そうだ、ここは俺たちの住む安全な日本ではない。剣と魔法の世界で、魔王も魔物も存在する。つねに命の危険があって、そのために戦い、生きるための力が必要な世界なんだ。そして、戦えて守れる力があるならそれを使うのは当然だ。
「それなら、武器自体を魔物の討伐のためだけとか、防衛時にしか軍事では使わない、とかの条約をつくれば」
とっさに思いついたことをそのまま口にするが、あまり良い提案ではなかったのか困ったような顔される。
「そのような条約も立てられましたが、それもあまり意味をなしていません」
「なんで?」
「同盟の条件として武器の譲渡として条件を出されることもありますし、武器じゃなくとも各国への道具の貿易、表沙汰にはされない秘密裏に取引などされています。水面下では各国に広まり、条約の外へ出て結果的に使用が可能の状態になるのです。ルールなど掻い潜ろうとすれば幾らでも穴を見つけることはできます」
そう言われるとその通りだった。何処の世界にだって汚い大人やずるい大人は存在するんだ。それがラノベの中みたく、争いは何も生み出さない、力はちゃんと正しいことだけに使う、なんて戯言を吐く善人だらけの世界なんてないんだ。
より多くの利益を追求するために伸ばす、世界の平和ではなく自己のための平和、が人としての本来の本質か。欲に忠実で、得られるときには駄目だと判っていても悪魔のささやきに流されてしまう。
「武器を手にし、力を手に入れたものはその威力に魔の魅力に魅せられて、好戦的なものへと変わります。今は魔物の退治にだけ向けられていますが、いつ国同士の戦争へとその力の矛先が変わるか分かりません」
巨大すぎる力は人を変える。
誰だって新しい武器を手にしたなら子供のようにはしゃぐし、使いたくなる衝動に駆られるのは当然。そしてここにはそれを試せる存在たる魔物がいて、使えば威力に魅せられて感覚が麻痺してしまう。
戦争に発展するまでは少し言い過ぎだと思うが、あながちその線もなくはないと思える。先のインドアさんの言葉だが、それだけの武力を揃っているなら他国も危険視されるのも当然だ。
「また、人たちは高度に発達し進化した技術にて、怠惰を覚えました。楽に流されることで心にはゆとりではなく、堕落を覚えます。優れたものに流されて、安易な方向へと簡単に流れていくのは忍耐の強さが削がれ、心を荒ませる。急速な成長による文明の革新は素晴らしいものですが、同時にそれは今まで積み重ねてきたもの歴史を廃棄し、これまでのものから新しいもの乗り移っていくこと、もちろんそれが悪いこととは言いません。歴史とは流れては新たなもの築き上げていくもの。しかし、彼の道具の数々は本来ならこの世界には存在しないもの、いえ、もしかするといつかの未来には完成までたどり着いたかもしれません。しかし、この世界の人間にとってそれは早すぎる技術力です」
それはいわゆるヒューマンエラー、というやつか。道具が優れているため自身の実力と誤った認識し、技術の進化と同時に人としての退化を促進させるそれ。
現代社会でそれがあるのだから今までよりはるかに急激に文明の成長させ続けたこの世界なら現代人よりも強いヒューマンエラーを引き起こすんじゃないのか。道具におぼれて怠惰と慢心のミックスサンドでも食らうもの。
さきほど、現代社会から異世界への貿易、と俺は例えたが、インドアさんたちにとっては確かに未来への一つ可能性だったのかもしれない。
けれどこの場合は良いんじゃないのか? いつかの未来がすぐそこにあるんならそれに手を伸ばして簡単に捕まえてしまえば、失敗と挫折を繰り返すことなく成功の架け橋を渡れるんだ。俺たちの世界の技術によって道具は完成されているんだ、それなら失敗なんて起こらないはず……、いやちょっと待って、それは本当にそうなのか?
俺の中で何かが引っかかりを覚える。さんざん見てきたからこそ見過ごしてきたものが、改めて一から見てみると何かおかしなものがあるような気がする、あの引っかかりを。
本当にそれは完成されたものとなっているのか?
違う、これじゃあ表現が少しおかしい。的を射てもそれはたかが三十点やそこらのもの、これでは遠い。核心に近い、真意には点けてない。それじゃ不十分だ。百点とまで言わないが、せめて八十点を取れなきゃ駄目なんだ。
もう深夜が回って、昼間の死闘でさんざん体力と精神をすり減らされ、疲労が溜まりに溜まって、食事と風呂まですませたならあとは休息を求めているはずの心労の体だが、頭はやけに覚めている。考えるには支障はない。ただ単純に疲労と深夜によって起きる、最高にハイって状態なだけなのかもしれないが、今はそれを置いておく。
冴える頭を巡り巡らせて、昼間の夜名津との会話を思い出し、引っ掛かりの回答が出る。
……あやふやな知識ままで作られたもの、それは本当に完全版としていえるものなのか?
それだった。そもそも異世界転生系によるけど、確かに生前にそれ関係の詳しい仕事についていた人だったり、その知識ばかり詰め込んだオタクだったりの人間ならば詳細な細部までの説明ができ、それなりに完成版に近い道具として完成されるだろう。が、主人公の殆どはあやふやの知識で、ふわふわとした説明で道具を制作しているのが殆どだ、「細部はよく分からないが魔法でどうにか機能するようになった」と具合のものだ。
動ける分には支障がないのはいいが、姿かたちに使用は似せることが出来ても、根本の部分が違っていればそれは紛い物だ。偽物で紛い物。
それは完成品であっても完全版と呼んでいいものなのか?
根本が違うなら原理も変わってくる、もしそのせい本来想定していたリスク回避のための処置が無くなっていたら、目に見えない範囲で重大な何かを消失していたら予想にもしなかったハプニングが起こる可能性だってある。
もちろん反対の可能性として、リスクそのものも一緒に無くなっている可能性も捨てきれないが、その場合は別のリスクを抱え込んでいることだってあるはずだ。
どっちだ、岡之原は元々それら知っている専門家か、それともただの素人なのか?
「本来進化の過程の中によって人が繰り返されていく失敗の数々、成功までの試行錯誤の努力に思考、起こりうるリスクの想定と管理については一切知らずに成功した結果だけしか知らない、成功だけしか噛みしめたことのない人間はいつか間違えを犯したときそれが最悪の結果となることは常です。人にとっては無知とはそれほど恐ろしく危険なことです」
まるで俺の心を読んだようにそんな台詞を言ってくる。
「人々の心は変わっていっています。元が優しき人は欲を覚えて非道に奔り、奴隷だった人は力を手に入れて復讐に奔り、信条深い人はそれを忘れ快楽に溺れる」
「ちょっと待てよ、そんなに人はそんなに簡単に変わるのか、確かに画期的なこともあっただろうし、あんたたちから見たらすごい技術だったのかもしれない、それに惑わせることもあったかもしれないけど、……けどそれで人の心が簡単に変わるわけ」
「変わるさ。変わる。跡形もなく」
話に遮るようにして今まで黙って壁に寄りかかって話を聞いていたニートさんが言う。
「現に俺の故郷も誰一人変わらなかった奴はいなかったよ」
どこか遠く見るような虚ろな瞳。泣いているようにすら見える、少し悲しげな表情をしていた。
見つめていると、自分に視線を集めていたことに気づき、「なんでもない」とニートさんは顔逸らして目を瞑り、また黙る。
空気を読むように話を戻す、インドアさん。
「また問題はそれだけではありません。数々の道具は発展した結果、この世界の文明が進化する同時に今までの文化の破壊も意味しています。道具の開発生産のための資源の大量の搾取、ゴミの排出による汚染などの環境破壊、といった具合に。魔物たちの生態にも……」
インドアさんの話はもうしばらく続き、俺はそれを聞きながら思考に耽る。
災厄の魔獣から人々を救い、人々に道具を与え、人々に技術を教え、世界の改革を知らしめた。それがどれだけの偉業であり、どれだけの罪なのか。
無自覚さのあまり何かを壊していたということは。
☓ ☓ ☓
晴天に広がる澄んだ青空。森の中とだと思わせる緑の匂いを鼻にしながら、俺は簡単なストレッチをしていた。コキコキ、と小気味いい関節の音を響かせる。
「眠みぃ~」
怠くて重い体、ボケーとする頭、沈む瞼……眠くて仕方ない。あの後、話を聞き終えてから寝床についたんだが、話のせいでもんもんとあれこれ考えているうちになんだかんだで夜が明けてしまうと同時に力が尽きて眠りについた。
それから数時間ぐらいほどの仮眠をとって目覚めたのだ。
十代の若い体で徹夜明けとかオタクにとって日常茶飯事で、普段なら数時間を寝ればすぐに回復するもんだが色々とあり過ぎて上手く体が回復しきれていない感じが強く、眠くて仕方ない。
できればそのまま眠ってしまい、目が覚めたら実は今までのことは深夜テンションのあまりに思いついた設定をそのままで書いていた眼にも当てられない長文小説の内容がそのまま夢まで出てきた、なんてオチだったらよかったのに。そうすればあまりにも自分の文才のなさに羞恥心で身悶えるだけですんだのだが、現実はそうはならなかった。
俺が勇者の孫であり、戦う相手は魔王でも魔獣でも魔人でもない、同じ現世からきた転移者。しかもそいつ岡之原亮介は世界を救った救世主で、現代の知識を披露して文明改革を行った。だけどそのせいで悪影響も生まれてこの世界がおかしくなってきている。
それをどうにかするべく俺は動かなきゃなんねえ、と。
う~ん、なんだろう? 勇者として召喚されたはずなのにどう考えてもこれからやることを考えると、勇者として世界を救う偉業、というよりも完全にテロリストまがいなことが始めるとは思えないのはどうしてだろう?
相手が腐っても救世主という冠を掲げているせいなのか? あ、だからキルは『最悪人類の救世主』と敬していたのか? 少しでもイメージダウン的なこと考えてからの呼称なのかもしれない。
そんな人間の小さいことを考えているとブンブン、と強く風を切る音が聞こえてきてそちらへと視線を移す。そこにはガタイの良い長身の男、ニートさんがその手に握られていた木剣で軽々と素振りをし、具合を確かめていた。
「準備はいいのか?」
自身の調子の確認を済むと、こちらに向かって不敵な笑みを返してくる。鋭く振るわれた音が俺の頭を目覚めさせ、俺も持っていた剣を構える。
異世界あるある、剣の修行。
キル達がしばらくの間寝たきりになる以上、動くことのできない俺たちは当然空いた時間ができる。だからといってその間ただボーとするわけにもいかず、時間が空いているのならばすこしでも戦うための力をつけるべく、ニートさんの指導の下、剣の修行に充てられることなった……。はいはい、テンプレテンプレ。
ま、正直な話、昨日のことを思い出すとちょっとどころか、かなりのレベルで力をつけないとこの世界で生きていける気がしない。一方的にボコられて死にかけたんだ、マジで鍛えなくちゃ簡単に死ぬ。
チラリと視線を落として右手首を見る。右手首には腕輪を嵌めていた。昨夜、話が終わるとインドアさんがくれた代物で、神獣のカオスヤバスから俺に渡すように授かれたそうだ。なんでも勇者たる人間ならこの腕輪の力を使いこなすことが出来るらしい。どんな力なのかはインドアさんも知らないらしい。
やっと勇者らしいというか、主人公らしいアイテムを手に入れたのはいいが使い処がまだよくわからない。アクセサリーとして嵌めてみたものも特に反応とかはなく、うんともすんともしなかった。
寝不足の原因の一つだ。
とりあえず今は装備してしばらく様子を見るしかない。たぶんピンチに陥った時になんか凄い力が目覚める……ハズ。
「どうした、打ち込んできていいぞ」
構えたまま動かない俺を見て、そう挑発してくるニートさん。
「んじゃ、まあ! 行きます」
俺は地面を蹴りだして、ニートさんの懐へと踏み込もうとする―――
「ぐへぇ!?」
カウンターの如く一振りが直撃して思いっきり殴り飛ばされた。そのままピクピクと、虫の息状態へと。
「ありぃ? え、……よわ」
殴った張本人もまさか一撃で仕留めてしまうとは思っていなかったようで、目の前の現実に目をパチクリとさせて思わず本音をこぼす。
俺はそれを耳にしながら意識が遠のいていった……。
………………。
閑話休題!!
「ほら踏み込みが甘ぇ! 大振りすんな隙ができている、魔力もまた乱れてきている、ぞ!」
「クッ……!」
ニートさんは指摘ともに剣を振るわれる。俺はその攻撃に危なげなく防ぎきる。が、すぐに二撃、三撃と続く攻撃に耐えられなくなり、後方へと吹っ飛ばされて倒れる。仰向けの状態で青い空と飛ぶ鳥の姿が一瞬に目に入るが、すぐに影が差した。
「!? あ、ちょっ!」
「ほら、さっさと立てよ、敵は待ってくれねえぞ!」
倒れているのも構わず、追撃を放ってくる。慌てて俺は転がってその一撃を躱して、立ち上がり態勢を立て直す。そして、ニートさんに接近して打ち込む。
バキッ、ガキッ、と木剣同士がぶつかり合う音が響き合うが、ゴッ! というニートさんの放つ強烈な一撃でそれは止む。また俺はぶっ飛ばされた。
起き上がってもう一度挑み、ぶっ飛ばされての繰り返し。
剣の修行を始めてから三日目。一撃でのされてしまったことに比べれば少しはマシになったかもしれないが、それでも遠い。まだ、赤ん坊がようやく二足歩行ができるようになったもの、先はまだ全然遠い。
一撃はいとも容易く弾かれて返り討ちにされ、鍔迫り合いは華麗に捌かれて隙を突かれる。
剣術は一朝一夕で身に付くものではないことは分かっているけど、それでもこうも一方的になじられるのは面白いものじゃない。が、その悔しさがボルテージを上げさせて、何としても一本取ってやるという結構負けず嫌いな俺の性格を刺激されて、向上心を強くさせ―――ぐへぇ!?
「ほら、また気を抜いたな。強化が切れているぞ。訓練だからって甘くみんな、って言ってんだろうが!」
腹への突きを貰い、その場でうずくまる俺に対して蹴りを入れられさらに二転三転と転がる。四つん這いの態勢から胃から込み上げてくる吐しゃ物感を必死で抑える。
「立て、寝ている暇はねえぞ」
逆流し喉まで込みあがった異物を何とか呑み込んで、起き上がりすぐに剣を構えなおし、全身を集中させて魔力を巡らせる。痛みはほんの少しだけ緩和するのと同時に身体能力が向上するのを感じ、さらにその先の木剣へと魔力を流してその状態を留めさせる。
これが基本中の基本で純粋な強化術。
この状態なら普段の身体能力よりも数段と上がる。夜名津が言っていた通りこの状態なら全く反応することがあの時の戦いは見ることぐらいはできただろう、割って入れるほどの実力はないが。
燃え滾る烈火の戦場、荒れ狂う炎狼と、暴風の一撃の聖騎士、そして、機械のように冷たくなって心を閉ざした黒い天使。
……足りない、これじゃまだ足りない!
あの時の光景を思い出し更なる強化を図ろうとするが、一筋の風が接近して、左側に衝撃が襲ってくる。また、ニートさんの一撃だ。
「溜が長い、強化は瞬時に切り替えろ。でなきゃ隠れろ」
追撃の一撃が放たれ、とっさに木剣で防ぐ。足に力を込めて気合で何とか押し上げて、剣を振るう。両手で握った俺の剣に対しては片手で難なく捌かれる。
強化術においては瞬時に一定以上の強化ならば瞬時に上がるが、それ以上の強化を望むときは魔力の循環が長くなり、その溜のせいで隙ができる。魔力を溜めた状態はさらに一定時間内は更なる向上できるが、魔力の消費と体への負担が大きくなる、諸刃の剣。
強化術は基本代謝に影響されるらしく、鍛えれば鍛えるほど強化の一定値量は増してさらに強くなれる。
くそ、焦るな俺。今は使いこなすことだけに集中しろ。
何もできなかったときを思い出し、意識を別に向けたことを叱咤し目の前の男を倒すことに集中する。
ニートさんの指導はスパルタで、昔ながら体で覚えろスタンスだった。強化術の説明も大雑把(後で詳しくはインドアさんに聞いた)で、あとはひたすらに俺を殴ってくる。悪いところは指摘をしながらでも攻撃の手を休めることはなく、追撃追い打ち不意打ちと攻めてきて、息をさせる間も与えない。
本職の傭兵としての経験則からか本人曰く「実践じゃあ相手は待ってくれねえ」「休んだ瞬間に死んだ奴は何人もいる」と怖いことを真顔で言われ、手加減くらいはしてくれているだろうけど訓練時は一切休み入れさせない。
常に本番の気持ちでいろということなのか。厳しい分、俺の成長は大きいし、短期で強くなるレベルアップには繋がってきている。俺たちはあまり時間にもかけられない。
岡之原の追手についてもそうだが、岡之原自体が次に何をしでかすのは不明であり、次に何か起こしたことでこの世界を崩壊させる起爆剤になるとは限らない。以上、短期で強くならなければならない。精神と時の部屋があれば最高だが、残念ながらインドアさんたちは持っていないらしい。
……………。
……実はあるんだって、精神と時の部屋に近いもの。手に入れるのは難しいみたいだけど。
ともかく、夜名津達が目覚めれば状態にもよるが、すぐにでも行動に移さなければならないことは確かだ。
キルは捜索したが発見できなかったと言っていた、俺のおじいちゃんこと勇者樹海が使っていたという勇者の証。
そう、剣の回収に。
・インドア
神獣カオスヤバスに仕える巫女。カオスヤバスから天命を受けて千寿たちに協力して世界を救うことを目指す。肥満体型の女性。
・ニート
雇われ傭兵。インドアの道中に出会い、雇われた。ガタイの良い黒い肌の長身の男性。食事はすべて彼が作っている。岡之原の影響を受けた故郷をみて何かを想う。