やれやれ……何はともあれ爺の顔面に上段蹴りを食らわせたい気分です
「総理! 『尊厳死』などという非人道的行いを法令化するなど正気ですか!? 総理の考えをお聞かせ戴きたい!!!」
「風前寺内閣総理大臣」
「『尊厳死』を新法で合法化します」
「増尾議員」
「あなたは狂っている!!! このような悪法が認められていい筈がない!!!」
「風前寺内閣総理大臣」
「ですから『尊厳死』の合法化と同時に、認知症などに付随し社会問題となっている老々介護での殺人や自殺、また若い働き手世代の介護離職問題を解決へ導く別の案も新法として通すのです。こちらの案は以前より増尾先生が筆頭となって研究を推進されている『認知症根絶治療』を国を挙げて推進研究していくという新法であります」
「増尾議員」
「だったら『尊厳死』など必要ないではないですかぁ!! 何を言っているんだアナタはぁ!!!!」
『そうだぁ! そうだぁ!』
『莫迦やろ~!!』
『けしからんぞぉ!!!』
『やめちまえ~!』
『何言ってんだぁ!!』
「静粛に! 静粛に! 発言がある方は挙手をしてから行って下さい! 風前寺内閣総理大臣。静粛に!」
「ですから、ですから何度も言っているではないですか。現実的に考えて今現在、我が国だけではなく世界中を見渡しても『認知症根絶治療』の研究成果は零である訳なのですから、『認知症根絶治療』は現時点では全くの不可能という事であります」
「何言ってるんだ!!! だからと言って自殺を促す国家が在っていいものか!!!」
「増尾議員、発言は挙手の上行って下さい」
「確かに増尾先生のおっしゃりたい事は分かります。痛い程に分かりますが、現実問題として…… んんっ、現実問題としてですね、認知症患者介護に関連する死が膨大である訳であります。これに何の対策を打たないのはおかしいでしょう?」
『そうだ! おかしい!』
『よく言った!』
『その通り!』
『文句言うなら対案出せ莫迦増尾!』
『増尾の莫~迦!!!』
『増尾の糞眼鏡!』
『増尾は阿呆』
『禿増尾!!』
『うんこ増尾!!』
「静粛に! 増尾議員」
「ふざけるな! 如何なる理由があろうと国家が自殺を推奨するなどという行為が許される筈がない!」
短命を克服し長寿大国と化した我が国であったが、今度は長寿によって新たに発生した問題が国を蝕んでいた。それは認知症であり、また身内の認知症患者を介護する人間の精神的な病である。
当問題の解決は困難を極める為に国家百年の計として進めていかなければならない。だが、問題は非常に由々しき事態にまで突入しているのだ。悠長に認知症治療の研究だけを進めるだけではもう駄目なのだ
だからこそ選択肢を増やすという意味から『尊厳死』を合法化したのである。
ちなみに、増尾議員との口論は完全に台本である。国会中継視聴者を納得させる為にも「全会一致で法案通しました」よりかは「喧々囂々の末に無事に法案通りました」の方が心象が宜しいからだ。
さて、何故今になってこのような昔話をしたのかと言うと‥‥‥目の前の爺が突然、私に対し暴力を振るってきたからである。
初対面の私に対していきなり暴力を振るうとは可哀想に痴呆が入っているのだろう。
仕方がないから尊厳死を与えてやりたいが尊厳死を行う為の設備も此処には無いし、私の肉体も無い訳であるから肉体による尊厳死を実行してあげる事もままならない。一体どうしたものであろうか?
このままでは哀れな爺や、爺の口から発せられる騒音被害を現在進行形で被っている美人さん方が可哀相ではないか。
こういう被害を軽減する為に尊厳死を合法化したのに全く役に立っていないというのは納得がいかない。と思いましたが此処は死後の世界でした。がはははは。
◇
一体全体どういう事だ? “例の魂”に関しては最高レベルで情報規制を掛けていた筈だった。
だが“例の魂”が規定の時間に現れないとはどういう事なんだ?
全ての神の頂点たる頂神。現在の頂神であるのは一つ前に男神軍団長であった男神だ。 この男神がまだ只の男神であった時代。五代前の頂神の時代に“サトウ”は現れた。
“サトウ”が現れた当時、死後の世界はかつて無い程の混乱に包まれた。頂神(女神)が“サトウ”に関わった事で自殺したからである。
頂神の不在により混乱が激しさを増す中、男神軍団は総力を結集させて“サトウ”を異世界に追放する事に成功した。
その“サトウ”を追放出来た唯一の方法がダンジョンマスター“戒”であった。
男神軍団はこの事件を教訓とし、二度と混乱が起きないようにマニュアルを作成していたのだが……
「頂神様!!」
「何か分かったか!?」
「はっ! 女神軍団が“例の魂”を連行している事が判明しました!!」
「あの馬鹿女共が!!! そこまで案内せい!!」
「はっ!」
最悪の事態を予想していた頂神が現場に到着した時、既に女神軍団の軍団長が精神に異常をきたしているのが見て取れた為に頂神は女神軍団に喝を入れ正気に戻す意味合いを込めて説教気味に怒鳴り散らす。
頂神の怒鳴り声にビックリするなどの『普通の反応』を示したのは女神軍団のみであり“例の魂”がこれといった反応を示さなかった事を確認した頂神は“例の魂”を勢い良く殴りつけた。
殴る殴る、これでもかと殴りつける。無言の形相で魂を殴り続ける頂神の姿に女神軍団は勿論の事、頂神を案内した新米の男神すら唖然としていた。
そして、初殴りから一時間は経ったであろう頃‥‥‥“例の魂”が明らかにグッタリしている様子が見て取れた頃になり、ようやく殴る行為を停止した頂神は女神軍団に近づくと説教を開始した。
「こんの馬鹿女共が!!! 儂が居らんかったらお主等死んでおったぞ!!!」
「頂神様! お姉様は」
「黙らんか!!! 貴様等は“サトウ”事件を甘く見過ぎとる!!!」
「それは」
「黙ってよく聞くんじゃ!! そもそもあのような魂と会話してはならんのじゃ!!! 当時の頂神様が自殺したのはマトモに相手をしたからなんじゃ!!! 軍団長!」
「はっ、はひ!!」
「儂の駆け付けが遅かったらお主もかつての頂神様と同じ運命を辿っていたのかもしれんのだぞ!!」
「そんなまさか」
「まさかではない! 現にお主は衰弱しておるではないか!!」
「はっ!?」
頂神の言葉によって改めて体調を確認したお姉様は自身の意思とは関係のなく身震いしている事実に気付き青ざめた表情を浮かべた。
あのまま会話を続けていれば死んでいたかもしれないという頂神の言葉の意味がようやく理解出来た事で、目の前の魂が今更ながらに恐ろしくなったのである。
「頂神様! 私は私は何という」
「やれやれ‥‥‥やっと正気に戻ったようじゃのう」
「はい‥‥‥申し訳ありませんでした‥‥‥」
「まあ兎にも角にも被害者が出る前で良かったわい」
「それで頂神様‥‥‥」
「何じゃ」
「頂神様はアレをどうなさるおつもりなのですか?」
「なあにマニュアルじゃよ」
「マニュアル?」
「“サトウ”事件後に作成したマニュアル通りに動けばアレを異世界に追放出来るんじゃ」
「そんなマニュアルが!?」
「まあそこで見ていれば分かるわい」
「はい!!」
遂にあの魂から完全に解放されるのだと理解したお姉様は心の底から安堵していた。
だが、当の実行役である頂神の額には緊張からか汗が筋を作っている。
失敗は許されない、必ず一度で成功させなければならない。
緊張する頂神‥‥‥安堵感から満面の笑みを浮かべるお姉様‥‥‥頂神に尊厳死を与えてやりたい知憲‥‥‥
ここまで来てようやく、空気感が噛みわない面々の最後の戦いが決着を迎えようとしていた。