せっかく美人さんが口上を述べていたのに謎の老人がでしゃばって来ました
何やら美人さん方が私に対し洗脳教育を施そうと画策しているようですが、真っ平御免被りたい所存に御座います。
故に「つーん」といった形で拒絶の意思を示させて戴いた訳ですが。‥‥‥それによって美人さん方が大変お困りのご様子でして少しばかり心苦しいですね。
しかし、私とて譲れない部分は必ずしも存在するものでありますから、理解して戴ければ幸いに思います。
おや? 先程の美人さんが今度は頭を抱えだしましたね。‥‥‥何やら唸っている様ですが大丈夫でしょうか? 病院に行った方が宜しいと感じましたね。他の美人さん方はオロオロとするばかりで役に立っていないようですので、ここは一つ私が進言して差し上げましょう。
「先程から体調が優れないようですが、救急車呼んだ方がいいのではないですか? とは言ったものの、こんな所に救急車なんて在る筈有りませんでしたね。あはははは!!!」
いやあ参った参った!! 実に参った参られた!!! そういえば此処は『あの世』でしたねえ。死後の世界に救急車なんて全くお笑い草も良いところでした。失敬失敬。
◇
何時まで経っても陽気である目の前の魂に対し、女神達はとうとう万策が尽きてしまっていた。
本来であれば知憲の魂を査定、振り分け、教育、刑罰執行するのは女神達の役目ではないから問題はないのだが、女神達はどうしても自分達の手によって知憲に罰を与えたかったのである。
その理由は単純にして明解。
生前の知憲が星の数程の女を泣かせた末に此処にいるからである。
これには同じ女として女の敵である知憲に一矢報いる必要が我々にはあるのだ。何故ならば我々は女神なのだから! といきり立った結果だ。
だが、女神達の目論見は知憲の強靭無比である「つーん」によって完膚無きまでに破壊されてしまい、これに強いショックを覚えたリーダー格である女神“お姉様”の連続失神による気の滅入りにより、女神チームの発言力と説得力の大幅低下により事実上、再建は不可能となってしまっていた。
「お姉様」
「んんっ‥‥‥」
「お姉様、気を確かに」
「ううん‥‥‥」
「お姉様、お姉様」
「はっ!? 一体私は何を‥‥‥」
「お姉様!」
「お姉様!!」
「お姉様お姉様!!!」
「みんなどうしたんだ‥‥‥一体何が‥‥‥はっ!? そういえばあやつは!!?」
「此処に居ますよ」
「オ、オマエ!!」
「あいあい」
「もうオマエの事などどうでもいい! 今すぐに異世界送りにしてくれるわ!!」
「あい?」
はて? この取り纏め役な美人さんは一体全体何を仰っておられるのでしょうか。
『いせかい』とは一体何なのでありましょうか? 生憎とワタクシの生涯において一度たりとも耳にした事が有りませぬが。
‥‥‥ああ!! もしかして『いっせいかい』ですかね? 『一正会』『一生会』『一成会』『一世会』『一誠会』。まあ漢字は合っているかどうかは分かりませんが、平たく言えば『暴力団』ですね。
‥‥‥暴力団? 暴力団に送られる? 意味が分かりませんねえ。暴力団は生前時にカルト宗教殲滅と同時進行で一族郎党皆殺しにした筈ですが‥‥‥
まあ多分、美人さんの勘違いですね。がはははは。
「オマエ! 随分と余裕じゃないか! だがその余裕も今の内だけだからな!」
「あはははは!! 余裕なのは当たり前ではないですか! 既に存在しないものにどうやって送ろうと言うのですか。まったく美人さんはお茶目ですなあ」
「オ、オ、オマエェェェエエエエ!!!!!!」
「あはははは! 怒った顔も可愛らしいなあ! あはははは!」
「お姉様に対して何たる不敬! もう勘弁ならないですわ!」
「そうよそうよ!!」
「このお姉様の敵が! お姉様! 今です!!」
「分かっている!!! ナンダラ~カンダラ~ナンダラ~カンダラ~」
「あはははは! なんだらかんだらって! あはははははははは!!!!!!!!」
遂に、お姉様と呼ばれる女神が知憲の魂を異世界に送り転生させる為の転魂誓文:強制版を詠唱し始めるも、知憲が笑い声にて盛大に妨害している事で一向に詠唱が終わらなかった。
そして‥‥‥
「オマエ!!! いい加減に静かにしろ!!!」
「つーん」
再び膠着状態へと移行するのであった。
◇
お姉様はすっかり疲労困憊していた。それもこれも目の前にて異常な抵抗を見せる魂を一向に異世界送りに出来ないからだ。
早く送りたいが送れない。
お姉様は此処に来て、ここまでして漸く、目の前の風前寺知憲なる魂に関わった事を激しく後悔していた。
あの時。
知憲が刺殺された時、お姉様を筆頭とする通称『女神軍団』は歓喜していた。
女泣かせのプロフェッショナルたる知憲の事を女神軍団が察知しない筈もなく、知憲の余りにも早過ぎる初体験にいち早く目を付けた女神軍団はずっと知憲の生涯を追っていたのだ。
女神軍団が最重要視するのは女の敵か否かという一点のみ。
女神軍団にとって女が泣いているのであれば理由などどうでも良い。女を泣かせた奴は敵なのだ。
つまり、女神軍団にとって女を泣かせた男は例え他にどんなに素晴らしい功績を残そうとも未来永劫に女の敵なのである。
確かに、女神軍団の認識通り知憲は数え切れない女を泣かせてきた。敵の女は当然の事ながら味方の女も泣かせ捲ってきた。
敵は例え赤子たりとも生かして置かないのが知憲の思想であった為に、敵の女は恨みつらみなどの意味で泣かせてきたが、逆に味方の女は歓喜で泣かせてきたのが知憲の恐ろしい所であり、女神軍団に宿敵認定され足る由縁である。
『超大奥』の完成を夢見た知憲が抱いた女の数はやはり数え切れないのだが、知憲は友人や部下や知人に自分の愛人を紹介するなどして大量の夫婦を誕生させたのだ。
知憲自身が抱いた上で紹介するのであるから、その女は良妻賢母である事が知憲によって保証されているし、知憲は男女の相性を見抜く能力も卓越していたのだ。
つまり知憲主導の見合いは全て良縁であった。男は勿論の事、女も知憲に任せておけば男運が悪いなどといった不運から生じる人生における無駄な時間の浪費を回避する事が出来たのだから、まさに知憲様々と言えよう。
だが知憲自身は、超大奥の完成前後に見つける予定であった第一夫人を見る事もなく刺殺されてしまった。
第一夫人が居ないという事は知憲の子孫は居ないという事。これを残念がっているのは残された知憲の仲間達であろう。
まあ、当の知憲自身は全く残念がっていないのだが‥‥‥
◇
「どうすれば良いのだ‥‥‥」
「お姉様‥‥‥」
「もうこうなっては頂神様に頼るしかないです」
「そうですそうです」
「いやしかし‥‥‥‥‥‥そうだな‥‥‥それしかないな」
何やら美人さん方が話し合っていましたが、結論が出たようですね。まあ何の事だか分かりませんが。
「ふふふ! もうオマエは終わりだ! 今から頂神様にオマエの処遇を『莫迦たれ共がああああああああ!!!!! あれほど言い聞かせて置いたのにも関わらずにまだ分からんのかあああああ!!!!!! 儂の領分にでしゃばっておるんじゃないわああああああ!!!!!!!!』ひいっ!!!」
何やら美人さんが私に向かって指を指しながら、したり顔でぺちゃくちゃ喋り掛けていましたが、謎の老人のけたたましく怒鳴り込んで来た事で萎縮してしまいました。
それで、この老人は一体どちら様で?