ちょっと何言ってんのか分かんない
ダンジョンマスターとは?
一言で言えばダンジョン。つまり、迷宮の支配者または管理人といった特殊な種族である。
何の為に存在するのかと聞かれれば、「憎まれ役の一種だよ」と答えればよいだろう。
「憎まれ役なんて納得いかないよ!」と返されれば、「“共通の強大な敵がいる間は手を組み互いの争いは停止する”というワンパターンではあるが至極真っ当且つ合理的な思考展開を逆手にとって創られた便利屋がダンジョンマスターなんだよ。納得については、する必要がないから諦めなさい。ただ、上手くやれば敵対関係者と友好関係を結ぶ事も可能だから、何も悲観する事はないよ」と答えれば良いだろう。
では、ダンジョンマスター“戒”とは一体? と問われれば、「最終的、且つ不可逆的な憎まれ役だよ」と答えるしかない。
憎まれ役からも憎まれる、憎まれ役の中の憎まれ役。
それがダンジョンマスター“戒”。
過去、ダンジョンマスターのプロトタイプとして制作されたダンジョンマスター“戒”に任命されたのは一人ならぬ、只一つ。
佐藤という広域的普遍性の名字から発生した集合思念体『サトウ』がそれに該当した。
そして今回、史上二人目のダンジョンマスター“戒”に任命されるのは、先程から女神達に罵倒され続けているのにも関わらず、どこ吹く風と言わんばかりのふてぶてしい態度を取り続けている魂であった。
◇
生前の名は風前寺 知憲。
享年三十三歳。死因:失血死。
御曹司としてこの世に生を受けた知憲は、大人の初体験をわずか八歳で済ませ、それから刺殺されるまでの二十五年間に渡り現代版大奥『超大奥』の完成を目指すも、夢半ばで愛人の一人に刺殺される最後を迎えた。
生前の知憲はいわゆる憎めない奴であり、大量の美しい愛人に恵まれたのは勿論の事、性別を問わずに交友関係は広かった。
大企業創業家の御曹司であるという、世間一般では誰しもが羨む自身の身分を、一切ひけらかさずに接する知憲は、人の上に立つ“べき”存在として周囲の人間に祭り上げられる傾向が常であった。
その結果、義務教育過程終了と同時に、親族の猛反対を完全に無視して進学を取り止め起業した知憲は、両親に勘当を言い渡される。
この後、普通であれば普通の元御曹司であれば、事業に失敗、倒産、親族に土下座後に改めて進学、となるのであるが、知憲は違った。
知憲自身が自身最大の強みとして誇示している圧倒的求心力を最大限に活用。
有限会社『知豪』に優秀な人材を結集した知憲は、それら優秀な人材にほぼ丸投げし続けて新興宗教法人の設立に邁進し始める。
知憲十七歳の夏であった(同級生は高校三年の夏)。
宗教法人『知の会』上級幹部には義務教育過程時に知り合いになった同級生を登用し、他の全カルト宗教の討伐(信者離間工作)を命じる。
更に、警察や軍隊にも知己の友を送り込んだ知憲は、二十四歳の冬に総理大臣になるべき布石として最も信頼出来る友に新党『憲豪党』を結成させる。
それから三十歳を迎えるまでの六年間は知憲にとって、まさしく激動の時代であった。
偽装愛国保守が蠢く『国士党』や国士党支持母体である国内最大カルト宗教『赤い旗』との戦いに奔走する知憲の姿は、現代に蘇った救国の志士であったと知憲の知人は語っている。
知憲二十七歳、秋。
当時、『赤い旗』の度重なるテロ工作に対して、自陣営『知の会』による馬鹿正直なまでに法律に乗っ取った現代版宗教戦争の限界を痛感した知憲は、秘密裏に非合法武装集団を組織する。
翌年、急造ではあるが秘密武装集団の組織化に成功した知憲は、以前より警察や軍隊に潜入させた知人からの情報を元に国家に巣くう『赤い旗』の関係者の暗殺を敢行。
さらに翌年、警察や軍隊を裏から掌握した知憲は、度重なる自重知らずの暗殺事件にガクブル状態と化した『赤い旗』関係の政治家達、つまり国士党党員を全国生中継下での公開処刑を敢行する。
さらに数日後には『赤い旗』信者狩りを宣言させ、通常では処分しにくい国民の中の国賊の一掃をついに成功させたのである。
その後、血にまみれた党首として嘗て汚れ役を買って出てくれた友人を隠居させると、知憲自身が遂に政治家に転身する事となった。
ここに来て初めて、党首としての知憲が世間様に知られるようになった。
知憲三十歳の春であった。
大量の政治家が処刑された事で国政は混乱するかに見えたが、知憲の工作により至急的かつ速やかに総選挙が実行された事で混乱は回避される。
度重なる暗殺事件に恐怖していた国民は嫌々ながらも『憲豪党』に入れる。
というよりかは、現存する政治家が『憲豪党』党員のみであった為に完全に出来レースと化していたからだ。
しかし、一年後には多くの国民が『憲豪党』を心の底から支持するようになっていたのである。
有言実行通り、総理大臣となった知憲が行った事が国民の心を鷲掴みにした成果とも言える驚異の支持率99%越えを記録。
まず第一に、国内に蔓延っていた国賊を一族郎党赤子に至るまで徹底的に処刑した土台があってこそだが、海外に流出していた金が国内に回り出したのである。
更に、総理大臣である知憲自身が全国中継にて「生活保護受給は決して恥ではない。生きていれば山もあれば谷もある。いずれ必ず雇用を創出し環境も改善するので、生活保護を受給されている国民の皆様が今やるべき事は生き延びる事です。だから自殺だけは止めなさい」と宣言した事により、生活保護受給者は増加したが自殺者は目に見えて激減した。
中でも一番国民を熱くさせたのは、知憲が実家である風前寺グループに喧嘩を吹っ掛けた事である。
かつて勘当されたとは言え家族だったのだ。
当然、始めは説得であった。
総理となった知憲が縁はとっくに切られているにも関わらず、恩情で実家に赴き風前寺グループの内部留保を社員に還元するよう進言した上で、説得に転じるも「この風前寺一族の恥晒しめが!!!」と取り付く島もなかった為、実家を後にした知憲はその後、新法にて実家を締め上げる事にしたのであった。
庶民の為ならば、例え実家が大企業であっても情けを掛けない風前寺内閣の人気が高まる一方だったのもこれで納得であろう。
だが、人気絶頂だった風前寺内閣に一件の訃報が舞い降りた。
知憲の急死である。
◇
[昨夜未明、風前寺知憲総理の私邸にて風前寺知憲総理が刺殺される事件が発生しました。警察の発表によりますと]
ブツンッ‥‥‥。
「知憲の馬鹿野郎が‥‥‥死んじまったら何にもなりゃあしねえって、お前自身が言っていたじゃねえか‥‥‥糞!!!」
浴びるように酒を煽っているこの男は帆鱈 砲市。
知憲の右腕として恐れられている男だ。
今回の事件の犯人を早急に捜索し、拷問官に引き渡した砲市は知憲殺害の黒幕を知る事となる。
あの愛人は風前寺グループからの刺客。
美人局として知憲に接近した女は、病んでいる体を装って知憲に会う時でも凶器を保持していても不自然ではないように画策したのだ。
当然、誰しもが知憲に忠告したが、『超大奥』を夢想する知憲には暖簾に腕押し状態。
変な所でポンコツなのが知憲の悪い癖なのだが、そこを補佐するのが砲市の役目だと思っていたし守りきれると思っていた。
だが、現実として守れきれなかった。
砲市、一生の不覚である。
「‥‥‥まあ起きちまった事に対して今更うだついていても仕方があるまい。お前の意志は俺様がしっかりと受け継いでおくから安らかに眠ってくれや知憲。‥‥‥だが、超大奥の実現は不可能だ。勘弁してくれ。‥‥‥さてと、まずは雇用を創出して生活保護受給者を徹底的に削減する事から始めるとしようか」
その後も、知憲の遺影を相手に涙を流しながら酒を飲み続けた砲市は爆睡してしまう。
そして翌日、二日酔いに苦しみながらも知憲の意志を継ぐべく砲市は家を後にした。
それから数十年後。
知憲の意志を正統に受け継いだ帆鱈内閣の働きにより、日本国は見事に世界の盟主たる最強国家へ君臨する運びとなったのである。
◇
知憲は女神達の発言を全く理解出来ないでいた。
『だ!』何とかかんとかなる言葉を知憲は知らないのであるからそれは当たり前だったのだが、そんな知憲を無視して話はさらに進んでいるようだった。
だが当の知憲本人が、生前に知り得なかった物事は、知憲自身が特に興味も感心も抱かずに惹かれる要素も皆無だったという事柄だろうから、今更知る必要はないという理由で関心を示さなかった。
無理矢理押し付けられる事を酷く嫌う知憲は、生前も好きな事だけをやっていた訳であり、いくら死んでしまっているからといって興味の欠片もない『だ!』何とかかんとかなるものの知識を、自分の意志とは関係なく捻り込まれるのを良しとしない、したくない、させない、断固としてさせてなるものか! と、拒絶の態度を取っていたのである。
この知憲の態度に、女神達は困惑していた。
知憲をダンジョンマスター“戒”に任命して不幸のどん底に叩き落としてくれるものだと最初は息巻いていたのだが、いざそうしようと試みたところで、当の知憲自体に強制学習を跳ね返されてしまっていたからだ。
魂をダンジョンマスターに任命する際には知識の強制学習が必須とされている。
何故ならば、本当に知識が無い魂はダンジョンを運営しないし、出来ないからである。
だが、まだ通常のダンジョンマスターだったのであれば、不死ではないのでわざと死なせて強制学習後のやり直しが利くのだが、未来永劫の苦しみを与え続けるダンジョンマスター“戒”ではそうはいかない。
何度となく死のうが蘇生を無限に繰り返すダンジョンマスター“戒”が、ダンジョンを運営しないなど最早、罰でも何でもなくなってしまうからだ。
集合思念体『サトウ』などがいい例である。
『サトウ』が最終的にたどり着いた答えは如何に長い間死に続けられるか? という物であった。
地中で窒息永眠しようとも、水中で溺死永眠しようとも、火山に身を投じて焼死永眠しようとも月日が流れれば人手によって発掘されてしまうといった現実に直面した『サトウ』は、いよいよ宇宙に旅立ってしまった。
膨大な年月を要したが、『サトウ』は宇宙船を完成させてしまったのである。
加えて『サトウ』が宇宙に旅立つまでの新世界での生涯においてダンジョンを運営出来たのは僅か1ヶ月弱。
ダンジョンマスター“戒”はダンジョンを運営してこその憎まれ役なのであり、裏を返せばダンジョン運営に関わらなければ憎まれる事も無いという事なのだ。
だからこそ、『サトウ』の失敗を経ているからこそ、知識の強制学習は是が非でも成さねばならないのだが‥‥‥。
「ええい! オマエはいい加減に言うことを聞かんか!!!」
「そうよそうよ!」
「お姉様による強制学習を拒絶するなんてなんて屑な奴だ!」
「死んでなお女を困らせるとは何と性根が腐った魂だ小奴は!」
「女の‥‥‥いや、コイツは女神の敵よ!」
「そうよそうよ!」
「つーん」
知憲は相変わらずの拒絶具合を継続していた。