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Focus out ~悪を穿つ盗賊~  作者: 相馬 翔ノ介
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猫男の商売魂

「なあ、おっさん。これいくら?」


街の丸石を隙間なく敷き詰めた喧騒溢れる大通りに沿って立ち並ぶ多種多様な移動式屋台の一つ、そこに青年は立ち止まった。


背丈は175センチほど、皆と同じように、照りつける夏日を避けるべく黒いフードケープをかぶっており、その瞳は影の中に沈んでいる。ズボンは亜麻色の膝丈短パンを履いており、どこにでもいる18歳前後の若者の出で立ち。肌の色や顔立ちから人間かエルフに見える。


カジート族(猫人)の屋台の親父はいかにも、


『この暑い中、若造に接客か』


と心の声が聞こえるようにため息をつきながら、屋台の屋根の下に置いた木の椅子から重い腰を持ち上げた。机に横いっぱいに置かれたショーケースを挟んで2人は向き合った。


白いタオルを首に巻く、灰色と黒毛の小ぶとりの猫男は少年を舐め回すように上から下から見るなり、その顔を一層曇らせた。


「なあ、ぼんず。貧民街の子だろう。悪いがお前さんが買える物は一つもないと見受けられるが?」


屋台の親父は青年の足元に目をつけていた。焦げ茶色の革靴のつま先部分がパカパカ開いており、見るからにくたびれているのを見つけたのだ。よく見るとズボンにもところどころ綻びがあり、幾つかには縫い目が走っている。


彼が指で指していたのは店のショーケースに並んだ商品の中でも、比較的大きい宝石が埋め込まれた指輪だった。


大都市カレリアにおいて、金さえあれば物資は好きなだけ手に入る。逆説的に捉えるならば、毎日履く靴さえもおざなりにしている青年には金がないということを暗示しているのだ。


カレリアはソモンブルク帝国第二の都市であり、古くから他地域との貿易で栄える商業都市。中心に首長が住まう宮殿を据えそこから綺麗に街並みは円形状を模す。宮殿を中心として東西南北に大通りが展開し、それを境に北東地区や南西地区といったように四つの地区に分けられているのだが、金のない貧民は皆南東地区へと隔離されている。いわゆるスラムだ。


端から見れば、親父が貧民の子と言ったことが事実でなく、青年がただの平民であるならば、大変な侮辱である。

が、青年は顔色一つ、口調一つ変えずにこう言った。


「察しの通り」


貧民は別の地区、ましてや一番栄えるここ、北西地区に出向くときは極力身分を悟られないように振る舞うはずなのだがこの青年にはその様子は微塵も感じられない。


宝石屋の猫親父は呆気にとられたが即座に鋭い言葉で斬り伏せた。


「そうか、仕事の邪魔だ、失せな」


貧民身分への態度は虫けらを扱うようなものだ。自分と同じ生き物とは考えず、近づいてきたらつまみものにする。


「ちょっと待ってくれ、金ならある。彼女のためにずっと溜めてて親も出してくれたんだ」


彼はポケットから金貨3枚を大事そうに取り出すと店主に見せた。真上から照りつける陽光を金貨は反射させ白金のように輝く。


1ガロン硬貨である銅貨一枚で相場は一食代、その上に10ガロン硬貨である銀貨、そして最高額の貨幣は100ガロン硬貨である金貨がある。


「ヒュ~」


貧民街の一青年が馬を一頭買えるほどのお金を用意したことに純粋に宝石屋は感心して口笛を吹いた。

照れたように少し俯向く青年を横目に、一瞬ずるい顔を浮かべ、青年の前に出てショーケースの鍵を開けると綺麗な指輪を大事そうに取り出した。


「なら話が早い。これはギガンテスという、鉱山に住まい山肌ごと食いあらすモンスターが蓄えた背中から取った貴重な指輪なんだ。800ガロンモノなんだが……」


この街では、身分に関係せず平等に取引の機会が与えられるのだ。


綺麗に手のひらを返した店主は腕を組み悩んだ顔を見せる。


「君の誠意に負けて300ガロンで売ってやろう!」


元値を考えると破格の価格だ。これは乗らざるをえない。普通の平民ならばだが。


「おっさん、これは精々50ガロンがいいとこだ」


この青年はそう簡単に乗らなかった。続けて彼はこう述べた。


「俺は鉱山で働いていたことがあるんだ。これがギガンテスの宝石が埋め込まれた指輪じゃないことはわかる」


そして冷や汗を書いた猫男にずいと顔を近づけるとこう言った。


「嘘をつく相手は慎重に選んだほうがいい」


まるで熟練の市警のような凄みのある表情に圧倒され、


「5、50ガロンだ。もうそれでいい!」


そう言うのに猫男は精一杯であった。

青年の顔が急にほころぶ。


「乗った!」


という彼の年相応の笑みを見て猫男は胸を撫で下ろした。


「お前、名はなんという……」


青年はいたずらっ子のような無邪気な笑みを浮かべこう言うのだ。


「セフさ。まあ、貧民の名を知っているのはここじゃ誰もいないけどな」



お釣りを受け取ったセフという青年は足取り軽く、大通りの流れる人の川の中に紛れていく様子を見て、猫の店主はついニヤリとしてしまった。


「バカめ、あのセフとやら、何もわかっとらんわ。値引いた気になりおって。あの指輪は価値のないものだというのに50ガロンも払っていきおった」


セフに売ったのは、金持ちの家で拾ったシャンデリアの欠片を削ったものを指輪の型に嵌めただけのパチモンであった。


これが生粋の商売魂である。あの凄みのある顔には少々驚いたが最後まで利益は譲らない。


店主は満足げに屋台の奥にドシドシと入っていくのだった。

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