第一話
暗い世界に燦々と輝きを放つ四角い長方形の部屋。有るのは机と椅子と黒板と時計。
僕が最初にこの部屋に来たとき、周りには中学生からスーツ姿のおじさんまで10人が椅子に座り黒板に目を向けていた。
みんな特に何も喋らない。僕がその時持ち合わせていたのは、困惑と緊張と少しの恐怖。
何故ならば、僕はその日死んでしまっていたからだ。
といっても交通事故とか病死とかそんなもんじゃない。
ファンタジー世界に召還されて、モンスターに腹を突き刺され死んだ。
おかしいよな、そんな死因。僕も有り得ない不思議な事がとんとん拍子に起こって自分でもさほど訳がわかっていない。
ただわかったのは、異世界に召還されるというのは小説よりも少しだけ厳しい世界だということ。
やっぱり召還されたからには、チートで敵をばんばん倒して、ハーレムを作って幸せに暮らすというハッピーエンドで終われるって理想を抱いていた。
そもそも召還されて、僕を出迎えるお姫様もいなかったし、ステータスなんかも見れない。だから自分がどんな力を持ってるかっていうのもわからない。
出発地点が森っていうのもダメだった。取りあえず太い木の枝を持って道無き道を進む。
その道中、地球上にはいない筈の謎の生物に遭遇。その時に完全に異世界だと認識した訳だけれどもその謎の生物めっちゃ早いし、力も強い。持ってた枝を噛み砕かれてしまった。
そんでもって追い詰められて命の危機には、謎の力が働いて助かると祈ったものの見事にモンスターの尻尾に胸を貫かれて……。
後は分かるだろ。気づいたらこんなとこに居たって言うわけだ。
だからどうしても何か喋りたくても言葉が出ないっていう訳だ。
そんな中で突如鳴り響く、誰しもが聞き覚えのある音。授業開始の合図であり、終了の合図でもあり、学校という一つの社会にとっては必要な鐘の音だ。
ガラガラとドアが音を上げながら開かれる。よくあるスライドタイプのドアらしい。
そこから入ってきたのは、一人の男。少し長めの癖毛に銀縁眼鏡が特徴。
すたすたと歩き、黒板前の教壇に起ち脇に挟んでいた出席簿を机に置いて話しだした。
「はーい、みなさん。こんにちは。急な事で戸惑ってると思いますが、みなさん特殊な状況で死んだかと思います。なので今から180日程度授業していきます。よろしくお願いします」
大分けだるそうな声だった。当然こちらはぽかんとしている。僕でさえもだ。
「はぁ~。まっ、この反応は当たり前か~。状況が理解できていないでしょうし、そうだなぁ……自己紹介からしようか」
そう言って、黒板にチョークで何か書き出した。流れから言うと名前を書こうとしてるんだろう。
「え~俺の名前は、原島慶一郎。極々普通な名前です、担当科目は……主に主要科目です。普通に原島先生と呼んでくださいよろしく」
未だに何のことかわかっていない僕らを見て、若干苦笑いしている。
「さぁみなさん、質問等あると思います。なにか聞きたい事は?」
周りの人達が周囲をを見渡す。これが日本人の悲しい性だろう、集団的な国民性故に周りの様子を窺ってしまう。
こんな状況でも、その呪縛から逃れられないらしい。
そんななかで、スーツの人が手を上げた。きっとこの人はこの中で最も年上であることは間違いない。
「はい、そちらのえーと……これなんて読むんだ? 栗鬼さんでいいんですかね?」
さっき机に置いた出席簿を確認しながらスーツ姿の人を見る。
「えぇ、そうです」
「良かった、良かった。それじゃ質問をどうぞ」
「いろいろあるのでどれから聞いたらいいか戸惑っていますが、私は死んだのですか?」
「はい、そうです。ここにいるみなさんは既に死んでいます」
淡々と答えるその声に、無性に悲しい気持ちが僕を襲った。訳のわからないまま訳のわからないまま飛ばされ殺される、僕ってなんなんだよ。
「ただここを卒業をするさいに生き返りますので心配しないでください。といっても異世界に飛ばされ各自が殺される少し前に戻されるだけですがね……」
少しだけほっとした。どうやら生き返ることができるらしい。それでも心に刺さった棘はしばらく抜けそうにない。
「何故ですか、異世界に飛ばされる前に戻されることは出来ないんですか?」
「いい質問です。一言で言うならば戻れません……ではどこから説明しましょうか、異世界召還という物は非常に特殊な物です。よく神様による転生や召還、異世界からの呼び出しによる召還等テンプレート的なものがありますよね、所謂王道的なもの。最近は巻き込まれて召還されるというのもありますが、みなさんはそれです」
「ということはここの人達は全員……その誰かの召還に巻き込まれたということですか?」
頷きながら出席簿をめくっていく先生。そこに一体何が書かれているんだろうか。
「えーと、確認しましたがやはりみなさん巻き込まれた方々です。稀に召還された勇者もここに来たりするので今回勇者が開始そうそうは死ななかったっていうことですね」
「理不尽でしょ、これ」
ボソッと独り言のように中学生が呟いた。そうだよな、これは理不尽すぎる。巻き込まれたあげく死ぬなんて理不尽にもほどがある。
「その気持ちはわかりますよ。なにぶん俺もそうだったんで~、でも大丈夫ここで学べば道は開けます」
先生は中学生を見ながら、言葉をかける。
「なんだよ、異世界にいったっていうのにチートもねぇし、すぐ死んじまって面白くない」
中学生は先生を睨みながら、率直に言い放った。それには僕も同意見だ。ただそれを先生にぶつけるのは中学生らしいとも思う。
「うーむ、桐山君。君はチートがないと思ってるんだね。残念それが実はあるんだなこれが~」
先生は口をほころぼせながらそれに答えた。更に言葉を続ける。
「大抵巻き込まれた人は何らかの力が与えられる、人によってそれは違うけどね。きっと君は死ぬ時の抵抗の際、チートを必死に願ったがそれは叶わず死んでしまったパターンだね。でも仕方ない引き出しかたは願うことでも、死にかけた時に突然解放される訳でもない。ここでは力の引き出し方も学んで貰っていく予定だよ。……さあ、他に質問は?」
先生は教室を見渡しながら質問を受け付ける。そろそろ僕も聞きたい所だが、僕の机の前の女の子に先を越されてしまった。
「ここは学校ですか?」
ここまで聞いていた流れでそれは当然の質問だ。なにせ今居る部屋は学校の教室のようだし。
「そうです。ここは神立レジェンド学校。伝説を作り上げる為の学校です。みなさんを伝説にするためのね」
ここからは質問の山だった。それぞれが聞きたいことがあり、それら全てを先生が答えるのに2時間はかかった。
質問も一段落してから、生徒が自己紹介することになった。
一人目は先ほどの中学生。左の一番前の席、右の一番後ろにいる僕は順番的に僕は最後だろう。
それでこんな感じ。
1番 桐山才次 中学生 男
2番 栗鬼恭矢 サラリーマン 男
3番 三乃宮澪 高校生 女
4番 千畳竜 大学生 男
5番 橘沙樹 高校生 女
6番 千葉涼花 大学生 女
7番 天城雅貴 高校生 男
8番 南条光奈 中学生 女
9番 新山マリー OL 女
10番 本田愛 大学生 女
以上が僕のクラスメート。そして僕は最後の11番。
11番 円山俊 大学生 男
自己紹介が終わると、先生は休み時間をといってドアの外へと出て行った。
僕はどうしたものかと思いつつも、とりあえずトイレに行くためにドアの外に行こうと思った。
だがそれは出来なかった。ドアの外は闇の空間とでも言えばいいのか何もなかった。
電気がついてないとか、そういうことじゃない。何もない足場もなければ壁もない、そんな空間。
言ってみれば、僕達はこの空間に閉じこめられていたのだ。
その時、教室の後ろのドアが開いた。先生が顔をのぞかせる
「言い忘れてましたが、トイレはこっちのドアの方からでないと通じていないので、こっちのドアを開ける際にトイレと念じれば直通してますので~では10分後」
バタン。ドアを閉めると先生は再び消えた。
「これは質問することが増えてしまったな……」
この学校は、さっき聞いたこと以外にも謎は多そうだ。
「よし、さあさあみなさんようやく最初の段階に行けますね」
休み時間が終わり、先生が教室へと戻ってきた。休み時間中誰も喋らなかった。
きっとこんな状況で、誰もまだ喋る勇気がなかったんだろう。
「最初は大事な事を教えて行きます。それは我が校の校訓です」
先生は満面の笑みでそう言った。学校には校訓がある、そうこの不思議な場所でもそれは適用されるようだ。
「そんな難しいことではありません。一つ目は勇気、これは勇者が勇者たる資格とでも言えばいいのでしょうか。さぁ二つ目は知識、知識は大事ですからね。そして三つ目やる気。この中で最も大事かもしれません。一応俺も世界を救ったことがありますが、やる気こそ全ての源だった気がしますからね」
この先生、既に世界を救ったことがあるらしい。嘘か本当かわからないが、こんな妙なとこで先生やってるくらいだから世界を救っていても不思議ではない。
「世界を救った件に関してはおいおい話していきましょう。よし次はレクレーションと行きますかね。はい、みなさん起立!」
先生が起立の号令を出す。割と急な事ではあったが、みんな条件反射のようなもので席をたった。
「よし、ではみなさん俺の後についてきてください。今からエスタミアという異世界に行きます」
レクリエーションとは、要は小学校で言う遠足のようなものなのだろうか。
そもそもいきなり異世界など行って大丈夫なのだろうか……
嫌でもさっき死んだ事を思い出す。やはり死んだというのは決して小さい事じゃないと改めて思う。
そんな僕の思いを無視して、先生は教室のドアを開ける。教室内から見えるそこは、まるで中世ヨーロッパにタイムスリップしてきたような街並みで目を丸めた。
「えー、じゃあ俺についてきてください。ちなみに俺から離れないようにじゃないとすーぐ死にます」
誰ももう一度死にたいなど思っていないだろう。引率の上でこの言葉を使ったのはかなり効果が有ると思う。
それに嘘か本当かはわからない、けれどどうしても嘘とも思えなかった。
教室から出た僕達は、異世界に足をつけた。
もちろん街並みは、想像以上に中世的でザ・ファンタジーというテイストだ。
僕らが教室から出ると、教室があったはずの場所には小さな家があり、どう考えてもここにさっきの教室はないと思われた。
「まぁ魔導の方でちょいちょいいじって、特殊な事をしているので今は軽く無視しといてください。こういうもんだとぐらいに」
先生は引率しながら、僕達に話しかける。まるで観光ガイドのようだ。
「この街はですね。エスタミアという世界の東にあるランドトゥール王国と言います。ここはその一画で多民族が住む街であり、私達日本人のような顔形の人も少なくない。多少治安が悪いものの異世界のとっかかりとしては非常に素晴らしい土地なんですよ」
「多民族というと……やはり」
出席番号3番の三ノ宮さん。異世界で多民族つまりは、獣人や妖精なんかもいるのかという事を聞きたかったんだろう。
事実、僕もそれは聞いてみたかった。
「いえ、残念ながらこの世界には獣人はいません。多民族というのはあくまでも人間という種族の民族の事です。ですが妖精はいますよ、あとは魔人も。ただここの街にはいませんがね」
「ちょっと残念です。それとさっき魔人ていいましたけどそれって……もしかして敵ですか?」
「いい質問です。三ノ宮さん、今から我々が行くところにもその魔人は多少関係しています。さぁ行きましょう」
先生は小躍りするかのように、石畳に補強された道を進む。
「はい、到着でーす」
教室から5分から10分ぐらい歩いただろうか街のかなり外側へと連れてこられた場所には、でかでかと日本語でこう書いてある。
『異世界召還管理センター』
「まあレクリエーションの目的地はここです。えーこの場所も魔導でちょくちょくいじっておりまして他の人から見ると宿になってます。そんでもって今から日本で言う半年間ここに住んでもらいますんで。さぁとりあえず中に入りましょう」
中に入ると、先ほどまでの様子が嘘のような内観であり、完全に近代的なホテルのようになっていた。
「さあまずは受け付けに、もうある程度の情報はセンターが把握してるので各自いろいろと目を通してください。それでその報告が終わり、みんなで昼食を食べて今日の日程は終了ということで」
「先生、ここにその魔人がどう関係しているんでしょうか」
「あーそうでしたね。実はここのオーナーは魔人でして、仲良くやらせてもらってます」
「それは、つまり魔人は敵じゃないってことですか?」
「うーん……一概にそうとは言えません。人間にも色々いるように魔人にもいろいろいますからね。後将来的にあなた方もある意味で魔人になってもらうことになります」
きっとこの言葉に僕らはそれぞれ違う事を思った筈だ。例えば裏切りだとか、罠に嵌められたとか。
ただ先生の表情をみるにそれは違っているように僕には見えた。
「あっすいません。随分長いこと異世界にいるので魔人のイメージがそっちでは悪い者というのがあるというのを忘れてしまってました。魔人とは即ち魔法を操る事ができる人の事を指します。きっと皆さんは魔族と魔人を同系列で見ているかと思いますがそこは全然違うんで安心してください」
なるほどなと思った。実際の物語と現実は違うと僅か何時間も前に味わったばかりじゃないか。
イメージと現実が違う事などそれに比べたら遥かに優しい。
「魔法を使える者を魔法使いや魔女と呼びますが、魔人はそれらを含めた総称と解釈してください」
「よかった。ちょっと身構えたじゃないですか」
先生は面目ないと自らの頭を掻いた。
「ちなみにここのオーナーの魔人の方は、僕らみたいな巻き込まれた方なんですか?」
「いえいえ、彼女は普通に勇者として召還されたんですよ。とはいえこの世界ではありませんが」
先生はその人を彼女と呼んだ。つまりここのオーナーは女性という事なのだろう。
気になるのはこの世界ではないというところだが。
「さあさ、そろそろ受付の方をお願いします」
僕達は、受付に向かうとそれぞれ個室へと案内された。
個人情報の守秘のためだと説明され、いろいろな書類を見せられる。
ただ一応気を抜いてはいけないと、書類を端から端まで読み尽くした。
特に問題はない。疑問に思った所、例えば教育期間内の教育の破棄は不可能であったり、問題を起こした場合の処置等あった訳だが、根本的な事を言えばなにもとらずに学校入れてあげるから、ちゃんと学生やってねみたいな感じだ。
僕は書類にサインして、個室から退席した。そして先生へと報告に向かったのだ。
「終わりました」
「はい、お疲れ様でした、円山君。君の部屋は8012号室です。とりあえず一旦部屋を確認しに行ったら戻ってきてください。その後みんなで食事をしにいきますよ」
「ここで食べるんじゃないんですか?」
「本当はその予定だったんですがね。実はとある方に私がこの国にきている事がばれてしまって食事はその方の元でということに」
「その方というのは?」
「あーうーんと、この国の王様です」
「え?」
「ですよね。他の生徒達もみんなそんな顔してました。と、とりあえず部屋の方にお願いします」
今日は理解できない事が多くありすぎた。逆に整理しないままの方がいいと思って、エレベーターのボタンを押したのである。
部屋の番号が四桁ということもあり部屋を探すのに一苦労しそうだと思っていた。
だが、実際はエレベーターの前には五つの扉が横に広がり自分の持っている鍵でその扉を開けると直接自分の部屋に行けるという事らしい。
早速鍵を使って扉をくぐってみた。中はたたみ6畳分ぐらいの広さでベッドと窓、簡易的な机と椅子が用意してあった。
他にも、風呂やトイレなんかもついておりホテルというくくりで表現するなら普通のビジネスホテルのような所という評価が正しいだろう。
一通り、部屋も見たことで満足したので言われたように先生の元に向かうことにした。
王様と食事
そう思うだけで小市民な僕はどこか緊張してしまう。そもそも本当は整理する事が山ほどあるが、次から次へとイベントのような事が起こりその流れに乗らざるを得ない状況になっていたのだ。
これからなにが起こって、なにに巻き込まれるか。そこには恐怖があった。出だしで躓いた僕、恐怖と絶望を味わった。でも同時に今のこの状況で好奇心が僕の中で疼いていた。
ただ、今日という1日はまだ長そうだと僕は思った。