第4話:冒険者ギルドとメモリーパラダイス
「ここが冒険者ギルドです、ご主人様。」
翌朝ナヴィに連れられてきたのは、エドイックス内で一番立派なのではないのかと思う程大きな、レンガ造りの建物だった。10階建てくらいだろうか。
「ここでは、冒険者登録からクエストの発注、受注は勿論、食事や情報収集、宴会などもできるようになっています。」
「へー。じゃあナヴィ、今言った冒険者ギルドでできることについて詳しく説明して。」
俺がこう言うと、ナヴィは目を輝かせた。こういうところはやっぱりヘルプなんだなと思う。
「畏まりました。では、まず冒険者登録についてです。戦闘スキルを一つ以上所持しているか、特殊スキルを一つ以上所持、どちらかが満たされていれば冒険者としてギルドに登録ができます。つまり、ご主人様は戦闘スキル【棒術】を所持なさっていますし、特殊スキルも【鑑定眼】を所持なさっていますので、どちらの面から見ても登録が可能です。」
「じゃあ、ナヴィは?」
「ナヴィは、特殊スキル【魅了】を所持していますから、登録可能です。更に、ナヴィはご主人様専用のメイドですから従者登録もしようと思っています。」
「従者登録? それに特殊スキル【魅了】って……そっちをギルドのシステムより先に説明して貰える?」
「畏まりました。従者登録というのは、ある特定の冒険者の従者としてギルドに登録することです。これをしておけば、ナヴィはご主人様以外の人間や亜人とクエストに行くことが、ご主人様がパーティを組んだ場合を除き不可能になります。続いて、特殊スキル【魅了】についてです。【魅了】は従者、即ち職業で言えば執事かメイドの者以外には所持が不可能であるスキルで、自らの主人に敵意を持つ者を1分間、強制的に問答無用で操ることができます。」
「へー、そういう便利スキルもあるんだ。よく分かった。ありがとう。」
俺が礼を言うと、ナヴィは顔を緩ませた。その頬は少し赤い。
「ナヴィはご主人様のヘルプですので、お礼を言われるほどの事ではありません。ギルドの説明に戻りますね。次はクエストについてです。冒険者ギルドでは、常にクエストを受注することができます。モンスター討伐やダンジョン攻略などの危険が多いものから、薬草や天然水の採集など簡単なもの、迷子になったペットの探索など様々で、冒険者のLvや性格に合ったクエストを進めてくれます。勿論、クエストを達成すれば報酬が得られます。」
「ふーん。じゃあ最後の食事とか情報収集ってのは?」
「ギルドの隣接施設が食堂になっておりまして、そこには大抵冒険者が屯しております。気の良い冒険者と知り合いになれれば効率的に情報を入手できるかもしれませんね。」
「成程。そういうことか。よく分かった。じゃあ、登録に行こうか。」
俺はそう言って、冒険者ギルドに足を踏み入れた。
「はい、次の方。おや、あんちゃんじゃねえか! 嬢ちゃんも!」
「あれ? あなたは確か警備兵の……ヴィトルスさん?」
「おう! 覚えててくれてありがとよ! 俺はエドイックス一の槍使い、ヴィトルス・ドルガだ!」
何とギルドのカウンターにいたのは、警備兵のヴィトルスさんだった。斧槍と戦斧が近くの壁に立てかけてある。
「何でここにヴィトルスさんが?」
「俺の本職は警備兵だが、兼業でギルド職員もやってるんでな。今日は警備の方の手が足りてるからこっちに来てる。」
「そうなんですか。じゃあ、ギルドの登録とかもして貰えるんですか?」
「おう。俺はこれでも万能職員として有名だからな。」
ヴィトルスさんはそう言って頭を掻くと、
「どうせ近々来るだろうと思ってたから作っといたぜ。嬢ちゃんの分も。」
と言って、世界共通通行許可証のような木製のカードを持って来た。
「ギルドカードだ。GPを貯めて、GRを上げるとカードの素材もランクアップしていく。」
「そうなんですか。わざわざありがとうございます。」
「説明が俺の仕事だ。礼には及ばねえぜ。あ、それと言い忘れたが、本来なら登録には金がかかる。一人100ルキだが、代わりに払っといたぜ。クエスト達成して、報酬が入ったら返してくれればいい。それに、俺からすればその位はすぐに稼げるからな!」
どうやらヴィトルスさんはかなり良い人だったようだ。安心してギルドカードを見ると、そこにはこう書いてあった。
桐川疾風
ノーマルクラス
GR:1
GP:0/10
ナヴィ
ノーマルクラス
GR:1
GP:0/10
どうやらGPを10ポイント貯めるとGRが上がるようだ。
「取り敢えず、あんちゃんたちがそれを入手した時点でギルド登録は完了だ。じゃあ、クエストの……」
「あの!」
ナヴィが突然、ヴィトルスさんの言葉を遮って声を上げた。
「どうした、嬢ちゃん?」
「ナヴィはご主人様専属のメイドですので、従者登録をしたいのですが……」
「何だ、従者登録か。その位ならお安い御用だぜ。」
ヴィトルスさんはそう言うと、奥から羽根ペンと羊皮紙、それに小振りのナイフを持って来た。
「ここに名前と職業、それと付き従う主の名前を書いて、血判を捺す。それで完了だ。」
「血判……あの、それは本当に必要なのでしょうか? 使い方が違うような……」
「血判は絶対に必要だ。拇印では不可となっているんでな。」
「そうですか……ならば仕方ないですね。」
そう言うとナヴィは、羽根ペンを使ってサラサラと羊皮紙に必要事項を書き込み、ナイフで親指を少し斬ると血判を捺した。
「よし、これで従者登録は完了だ。じゃあ、クエストの紹介に移るぜ。2階に行ってくれ。」
そう言ってヴィトルスさんはカウンター奥の階段へと向かって行った。俺たちは慌ててこちら側の階段を上った。
広く浅い階段を上ると、1階と同じような造りの2階に辿り着く。何人かの冒険者がカウンターの中にいる職員と話していた。
「あんちゃん! こっちだこっち!」
声がした方を向くと、ヴィトルスさんがカウンターの中から手を振っていた。俺たちがカウンターの前にある椅子に腰掛けると、ヴィトルスさんは早速話し始めた。
「ギルド登録が完了したら、普通の冒険者は簡単なクエストに向かう。ということで、あんちゃんたちもクエストに行った方が良い!」
「いや、しかし俺たちは武器も金も持ってないんで……」
「ああ、それなら心配はいらねえさ。ギルドは【初心者支援セット】を無料配布してるし、受けるクエストによっちゃ、【クエスト支援セット】も配布されてる。」
「そうなんですか。ナヴィ、どう思う?」
「正直な話、実戦経験ゼロでクエストに臨むのは少々無謀だと思いますが、無賃宿泊であの獣臭い俗物警部の説教を聞くなんて死んでも御免なので、受注した方が良いかと存じます。」
「ふむ……なら、受注します!」
「よっしゃ、分かった。それじゃ、あんちゃんが受注できるクエストは……」
そう言いながらヴィトルスさんは分厚い冊子を捲り、
「この辺だな。」
と、開いたページをこちらに向けた。そこには
●マンドラゴラ採集
●野盗討伐
●デモライガー討伐
●ダブルスライム討伐
などズラッと文字が並んでいた。
「あんちゃんたちは最初だから、無期限の奴が良いな。そうすると、マンドラゴラ採集辺りがベストだが、どうする?」
「うーん……ヴィトルスさんお勧めのクエストはありますか?」
「俺のお勧めか? そうだな……取り敢えず5つ程ある。詳細情報を見るか?」
「あ、じゃあお願いします。」
「はいよ。了解。」
ヴィトルスさんは大量に積んであった書類の山から五枚の羊皮紙を抜き取り、俺たちに差し出した。
【マンドラゴラの採集】
採集地:レキール平原(初級)
依頼主:ジェント薬店
受注条件:GR1以上
成功条件:樹齢600年~1000年のマンドラゴラを一本ずつ採集
成功報酬:1万ルキ&HP回復ポーション1瓶
獲得GP:20
繰り返し:可能
【ダブルスライムの討伐】
討伐地:オックの森
依頼主:モンスター討伐組合
受注条件:GR1以上
成功条件:ダブルスライムを10体討伐
成功報酬:1000ルキ
獲得GP:10
繰り返し:可能
【野盗の討伐】
討伐地:オックの森周辺
依頼主:ボリス・チェスター
受注条件:GR1以上
成功条件:オックの森を根城としている野盗団を壊滅させる
成功報酬:5万ルキ
獲得GP:50
繰り返し:不可能
ボーナス:野盗の所持物の所有権譲渡
【フレイムレオの討伐】
討伐地:レキール平原(中級)
依頼主:モンスター討伐組合
受注条件:レア職業者
成功条件:フレイムレオを1体討伐
成功報酬:30万ルキ
獲得GP:100
繰り返し:可能
【迷子の子馬の捜索】
依頼主:ウィザル・ケイティ
受注条件:GR1以上
成功条件:迷子になった子馬を見つけ依頼主の元に届ける
成功報酬:依頼主と相談
獲得GP:40
繰り返し:不可能
「こいつらだな。ダブルスライム討伐は簡単だが、粘液を飛ばしてくるし外見が奇怪だから嬢ちゃんにはお勧めできねえ。子馬の探索もこの街に来たばっかであんま人脈の無いあんちゃんたちには難しいかもしれねえな。だが、そこへもっていくとこの中でも野盗討伐は対人戦の経験を積めるから、いいクエストって言えるだろ。」
「野盗討伐ですか。ナヴィ、どう思う?」
「…………」
「ナヴィ? どうした?」
「…………」
いくら声をかけてもナヴィは羊皮紙を凝視したまま答えない。視線の先にあるのは……
依頼主:ボリス・チェスター
と書かれたクエストの詳細。そう言えばナヴィ、かなりボリスさんのことを嫌っていたな。
「あの俗物警部が発注したクエストなんて……うう……」
ヤバイ! ナヴィの目が昨夜の『ぶち殺す発言』の時より殺気立っている! 俺は慌てて、
「ヴィトルスさん、マンドラゴラ採集とフレイムレオ討伐の2つのクエストを受注することって可能ですか?」
と聞いた。
「ああ。大丈夫だ。じゃあ、この2つ受注だな。じゃあ、【初心者支援セット】と【クエスト支援セット】を持ってくる。ちょっと待っててくれ。」
そう言ってヴィトルスさんはカウンターの奥へ消えていった。
「ご主人様……」
「ん? どうした、ナヴィ?」
「なぜ野盗討伐のクエストは受注なさらなかったのですか?」
「いや、初っ端から野盗と戦うとか無理っぽいし、何より依頼主が……」
「やはりあの俗物警部のことにお気付きでしたか。ナヴィもあれを見て、受けたくないなと思っていたのです。ご主人様の告白を受け入れたことで、心がリンクしてるのかもしれませんね。きゃぴっ☆」
「ああ、そういやそうかもな。」
なんか長引かせたら面倒なことになりそうだなと思って、俺が気の抜けた返事をした時、ヴィトルスさんが戻ってきた。ナイスタイミング!
「いや、待たせてすまねえ。こいつが【初心者支援セット】だ!」
ヴィトルスさんは大きな革袋を差し出した。俺がそれに触れた途端、脳内で声が飛び交いまくる。
『普通級アイテム、【革袋】を入手しました。アイテムメモリーに登録します。』
『アイテム収集数がノルマに達しました。Lv3にレベルアップしました。』
『普通級アイテム、【鉄の剣】【鉄の盾】【鉄の槍】【革の鎧】を入手しました。アイテムメモリーに登録します。』
『アイテム収集数がノルマに達しました。Lv4にレベルアップしました。』
Lvが一気に2も上がった。なんか得したような、悪い事したような、変な気分だ。
「そして、こっちが【クエスト支援セット】だな。」
ヴィトルスさんはまた革袋を差し出した。また触れる。また声。
『普通級アイテム、【革袋】2個目を入手しました。アイテムメモリーに追加記録します。』
『普通級アイテム、【耳栓】【投げナイフ】【平原魔獣図鑑】を入手しました。アイテムメモリーに登録します。』
「うう……頭痛くなってきた……」
俺は思わず頭を押さえて椅子から転げ落ちた。
「大丈夫か、あんちゃん? おい、誰か! HP回復ポーション持って来い!」
「大丈夫です、それ程じゃありませんから……」
「ご主人様! お水です!」
ナヴィが差し出してくれた純水を俺は一息で飲み干す。そして息を吐くと、またしても声。
『普通級アイテム、【ガラスのコップ】3個目を入手しました。アイテムメモリーに追加記録します。』
「ナヴィ、水をくれたのはありがたいんだが、俺の頭痛の原因は分かってるよな?」
「メモリーパラダイスですよね?」
「ああ。脳内で声がパラダイスに飛び交いまくってた。」
「しかし、ナヴィがご主人様をお助けする手段はこれくらいしかありません。」
「まあ、それは分かってるんだけど……」
「いいじゃねえか、あんちゃん。嬢ちゃんはあんちゃんの為を思ってやったんだしよ。」
こう言われると、反論できない。
「そうですね。分かりました。」
俺はそう言い、【宝物庫】を開いて革袋ごと支援セットを放り込んだ。
「もう行くのか?」
「モンスターの情報を調べたら行きます。達成したらどうすればいいですか?」
「ギルドの3階で達成報告をしてくれ。俺を呼んでくれれば、面倒な手続きも抜きだぜ! じゃあ、頑張れよ!」
「はい!」
俺はそう言うと、一旦ホテルに戻ることにした。
ホテルの部屋に着くと、俺はベッドに腰掛け、ナヴィに声をかけた。
「さて、ナヴィ。」
「はい……何ですか……?」
ナヴィは震えながら答えた。
「なんでそんな委縮する?」
「ご主人様がお怒りになっていらっしゃいますから……」
「俺の怒りを抑える為にはどうすれば良い?」
「えっと、えっと……」
「ど・う・す・れ・ば・良・い?」
「えっと……じゃあご奉仕を!」
「どんな?」
「肩揉みとかです……」
「よし、合格。」
俺がこう言うと、ナヴィは俺の後ろに回り込んで肩を揉み始めた。結構上手い。
「ご主人様、ここ、凄い硬くなってます。」
「そうか……まだ若いのに肩凝りとは……」
「こればっかりは体質ですし、しょうがないと思います。」
「そうだな。じゃあ、ナヴィ。」
「はい。何でしょう?」
「ナヴィに仕事を与える。これから一週間に1回、俺の肩を揉んでくれ。」
「えっ……それは……」
「嫌か? 嫌ならいいんだぞ。やらなくて。別に強制じゃないし。」
「いえ、あの、嫌ではないのですが……でも……」
「何が不満なんだ? ちゃんと言え。怒らないから。」
こう言うと、ナヴィはちょっと間をおいて、
「一週間に1回ってところが……」
と答えた。
「ああ、一週間に1回じゃあ多すぎるか。んじゃ、一ヶ月に1回で……」
「わああああ! 違います違います!」
「違うって……何が?」
「ご主人様は鬼畜仕様ですか? ナヴィを虐めて面白がってますか?」
いやいやいやいや! 俺がナヴィを虐めた? いつ? どこで? 何の為に?
「逆の事言って、困らせて、楽しいですか?」
ぜんぜん楽しくないけど。寧ろナヴィがなぜ暗い顔してるのか分からなくてめっちゃ大混乱なんだけど。
「一週間に1回しか肩揉みさせて貰えないんじゃ、寂しいのに……せっかくご主人様の彼女になれたのに……」
「ちょっと待て、ナヴィ。一週間に1回じゃ少ないって言いたかったのか?」
「そうです。でも良いんです。ご主人様がナヴィを虐めて、逆の事言って、困らせて、楽しいなら、ナヴィの気持なんかどれだけ踏み躙られても……」
どうやらナヴィの目に今の俺はドSとして映っていたようだ。だが俺はドSじゃない。MとSどっちかと聞かれたらそれはSだが、断じてドSではない。俺はナヴィの方を向くと、しっかりと抱きしめた。
「え? え? あの、ご主人様?」
酷く狼狽した声を出すナヴィ。
「悪かったな、察しが悪くて。ナヴィ。新しい命令を2つ与える。よく聞け。」
「はい。よく聞きます。」
「一つ目。さっきの、『一週間に1回、俺の肩を揉んでくれ』と『一ヶ月に1回、俺の肩を揉んでくれ』の役目を与える命令を撤回する。」
「…………」
ナヴィの肩が小刻みに震えている。顔を見なくても分かる。きっと泣いてるんだ。
「二つ目。役目を与える。一週間に1回以上、俺の肩を必ず揉め。」
「それはつまり……」
「ナヴィがやりたいときで構わない。ただ一週間に最低でも1回、俺の肩を揉め。」
「……うわあああああん! ご主人様、ご主人様ぁ!」
ナヴィは大声で泣き出した。
「ホントごめんな。察しが悪くて。」
「いえ! やっぱりご主人様はお優しいです! ご主人様と一緒にいられて、ナヴィは世界一幸せです!」
「ありがとう。そんなことを言ってくれるのはナヴィだけだよ。」
俺はナヴィを抱きしめたまま、そう言った。何時までも一緒にいられないことは分かってる。でも、今だけは、こうしてナヴィと一緒にいられる幸福を噛みしめたい。そう思った。