第1話:初めてのアイテム
「はあ……疲れた……」
俺はかれこれ2時間ほど砂浜を彷徨い歩いていた。アイテムっぽい物を探しているのだが、未だに巡り合っていない。こういう時はナヴィにアドバイスを求めたいが、ナヴィに頼りっきりになってしまうのは困りものである。
「俺、もうちょっと体力ある方だと思ってたんだけどな……運動も好きだったし……」
正直言って、俺は体力にはかなり自信があったのだが、今はもう動けないぐらい疲れ果てている。とうとう俺は砂に足をとられて転んだ、というより倒れた。すると、急に俺の脳内にナヴィによく似た、しかしどこか機械的且つ単調な声が響いた。
【希少級アイテム、【リグナムバイダの枝】を入手しました。アイテムメモリーに登録します。】
「リグナムバイダ? 何だそれ?」
俺は不思議に思い、倒れた時に右手で掴んだらしい枝を見て、
「【鑑定】!」
と唱えた。するとその枝から文字が飛び出してきた。
【リグナムバイダの枝】 レアリティ:☆☆☆☆
希少級アイテム。世界最高峰の堅さを誇る樹木、リグナムバイダの枝。使い手の戦闘スキルによっては、非常に強力な破壊力を発揮することがある。
「へー、こんな枝でもアイテムなのか。しかも希少級……世界最高峰の堅さなら、戦闘でも使えるかもしれないな。試してみよう。」
俺はその【リグナムバイダの枝】なるアイテムを持ったまま立ち上がると、何回か振ってみた。思ったより軽い。調子に乗ってブンブン振り回していると、また脳内に声が響いた。
【戦闘スキル【棒術】を獲得しました。ステータスに追加します。】
「今度はスキルか……スキルは鑑定眼じゃ確認できないところが難点なんだよな……仕方ない。ヘルプ!」
俺がそう叫ぶと、コンマ一秒すら経過していないのではと思う程の早さでメイド服少女、ナヴィが現れた。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! お呼びになりましたか、ご主人様? きゃぴっ☆」
相変わらず登場時はハイテンションだ。
「うん、呼んだ。俺が今新たにGETしたスキル、【棒術】について教えてくれ。」
俺がそう言うと、ナヴィは背筋をピンと伸ばして答え始めた。
「畏まりました。戦闘スキルに分類される【棒術】は入手したアイテムのうち、棒状の物であれば何でも使用して戦うことが出来るようになるスキルです。ところでご主人様、これはナヴィのほんの興味本位の質問なのですが……」
「ん? 何?」
「【棒術】のスキルは何によって入手なさったのですか?」
「ああ、このアイテムをブンブン振り回してたら手に入ったんだ。」
俺はナヴィに【リグナムバイダの枝】を見せた。すると、ナヴィは、目をまん丸く見開いた。
「そ、それは! 希少級アイテム、レアリティランク4の【リグナムバイダの枝】じゃないですか! 一体それをどうやって入手なさったのですか?」
「え?いや、たまたまさっき転んだ時手に握ってたんだよ。……これってナヴィでもビックリするぐらい凄いアイテムなのか?」
「……ご主人様、【鑑定眼】でこのアイテムを鑑定なさいましたか?」
「うん。ナヴィを呼ぶ前に一応見たよ。」
「その時の詳細情報にこう出ていたはずです。『世界最高峰の堅さを誇る樹木』と。」
「あ、そう言えば確かにそんな感じの文が出てた。」
そう言うと、ナヴィはちょっと嘆息するようなジェスチャーをして、続けた。
「少々話がそれますがご容赦ください。ご主人様は、人間界に『黒檀』や『紫檀』と言う樹木があることはご存知ですか?」
「ああ、それは知ってる。机とか、仏壇とかの材料に使われる堅い木でしょ?」
「はい。その通りです。では、黒檀や紫檀は水に浮きますか? それとも沈みますか?」
「あれは水よりも密度が高いから沈むよ。」
「ご名答です。これで何か気付きませんか?」
「……ごめん。何も気付かない。」
俺が少し申し訳無さそうにこう言うと、ナヴィは溜息を吐いた。
「まあ、ご主人様はご存じない話になってしまうかもしれませんが、実は人間界にも『リグナムバイダ』という名の樹木があるのです。」
「え? マジでか?」
「マジでです。リグナムバイダは人間界にある樹木の中でも世界最高の硬度を誇り、ノコギリでひいても簡単には切れないどころかノコギリの方が刃毀れを起こす程。通称『木材の王者』と呼ばれています。」
「ふーん。じゃあ当然黒檀や紫檀よりも密度が高いから……あ、そういうことか!」
「お気付きになりましたか。多分ご想像の通りです。リグナムバイダも黒檀や紫檀同様、水に沈みます。加えてこの海岸にはリグナムバイダどころか、ヤシの木すら生えていません。まあ、元々コレクトワールドにヤシの木は存在しないのですが……」
「即ち、このリグナムバイダの枝は海から打ち上げられたんじゃなくて、誰かが捨てたか落とした物ってことか?」
「絶対とは言いませんが、その可能性が高いと思います。捨てられていたならばいいですが、落とし物の場合はご主人様に犯罪歴【拾得物横領】が付く可能性があります。」
「それは困るな。」
「ですから、それは街のポリスセンターに届けることをお勧めします。ポリスセンターで持ち主無しの確認ができれば、その木の枝は名実共にご主人様の物となりますから。」
「うん、じゃあそうする。」
俺が素直に従う意思を示すと、ナヴィはほっとしたような顔になった。
「じゃあ、街に向かうか。」
俺はそう言って歩き出そうとしたが、足が縺れてまた転んでしまった。ナヴィが駆け寄ってくる。
「ご主人様! 大変です! お怪我はありませんか?」
「ああ、大丈夫だよ。ちょっとふらついただけだから……」
「でも、顔色がよろしくないですよ。熱中症かもしれません。これをお飲みください!」
ナヴィが取り出したのは、ガラスのコップと澄んだ水だった。
「純水です。冷たいので、ゆっくり飲んでくださいね。」
「ああ、ありがとう。」
俺はそれを受け取り、ゆっくりと飲み込む。冷たい水が喉を潤し、渇きを癒す。日本の消毒された少々塩素臭い水に慣れていた俺にとって、純水はとても美味しく感じるものだった。しかも喉が渇いていたから尚更だ。味わいながら完全に水を飲み干し、ほうっと一息吐くと、また脳内に声が響いた。
【普通級アイテム、【ガラスのコップ】を入手しました。アイテムメモリーに登録します。】
【アイテム収集数がノルマに達しました。Lv2にレベルアップします。】
「あ、ナヴィ。なんかレベルアップしたみたいだ。」
「【ガラスのコップ】がアイテムとして認識されたからでしょうか?」
「うん。……あれ? なんで分かる?」
そう言うとナヴィはあからさまに目を逸らした。怪しい。
「……ナヴィ、もしかしてアイテムの提供をする心算で俺にこれを渡したのか?」
俺がジト目を向けて追及すると、
「うう、その通りです。余計な事かとは思ったのですが、何かお手伝いしたくて……」
と白状した。俺はそんなナヴィの頭を撫でた。
「え? え?」
突然の展開にナヴィは驚いているようだ。俺はそんなナヴィに優しく声をかけた。
「気遣ってくれてありがとう。助かったよ。」
「し、叱らないのですか? 余計な事じゃないのですか?」
「そんな訳ないじゃないか。勿論俺は、アイテムは自分の手で集めたいと思ってるよ。けど、ナヴィにも手伝って貰いたいとは思ってたから。」
「うう、ご主人様。良かったです。嬉しいですぅ……」
ナヴィは泣き出してしまった。正直に言うと、嬉し泣きでも泣いている女の子は苦手だ。俺は取り敢えずナヴィの頭を撫で続けながら、鑑定眼を発動させた。
【ガラスのコップ】 レアリティ:☆
普通級アイテム。ガラスでできたコップ。庶民がものを飲むときに良く使用する。
普通の解説だ。
「ナヴィ?」
「はい。何ですか?」
いつの間にかナヴィは泣き止んでいた。
「レベルアップと、【ガラスのコップ】についての説明をお願い。」
「畏まりました。レベルは、最初にもお話ししました通り、様々な方法で上昇します。そして、ご主人様は普通級アイテムの【ガラスのコップ】と希少級アイテムの【リグナムバイダの枝】を入手なさいました。つまり、Lv2に上がるために必要な条件、【2種のアイテムを収集する】をクリアなさったということになります。ですので、レベルアップに至りました。次に、【ガラスのコップ】についてですが、これは読んで字の如くガラス製のコップです。日用品としても使えますよ。」
「ふーん。そっか。」
「また、【ガラスのコップ】に限らず、アイテムには面白い特性があります。ちょっとコップを、思いっ切り放り投げてみてください。」
「分かった。こう?」
俺はコップをポーンと山なりに放り投げた。それは砂浜に着地したが、ちょうど石でもあったのか、カシャーンと音を立てて割れてしまった。
「壊れちゃったけど?」
俺がナヴィに言うと、ナヴィの答えの前に脳内に声が響いた。
【アイテム【ガラスのコップ】が破損しました。複製します。】
そして、キラキラと輝く光の粒子が俺の手の平に集まってきた。それはコップの形にまとまり、光が弾けた時、俺の手の中には元通りの【ガラスのコップ】があった。放り投げた方のコップの残骸は既に消えている。
「これがアイテムの特性です。破損したりしても、即座に複製されるんですよ。」
「へえ。それは便利だな。」
俺がそう言うと、ナヴィも頷いた。
「ところで、ご主人様。」
「ん? 何?」
「そろそろ街に向かうのがよろしいかと存じます。何時までも砂浜に留まっている訳にもいきませんし、日も傾いてきました。」
「そっか。じゃあ街に行こう。あ、でも……」
「どうかされましたか?」
「いや、枝とコップ持って街中歩いてる人ってかなりの変人のような気がするんだけど……」
「あ、その点に関しては大丈夫です。ご主人様は【倉庫】が使えますから。」
「【倉庫】?」
「あ、説明がまだでしたね、申し訳ありません。【倉庫】は職業がアイテムコレクターの方のみが使える特殊異空間で、そこにアイテムを収納することが可能です。取り出す場合はメモリーから召喚できますし、いくらでも入りますからとても便利ですよ。」
「それ、どうやって出すの?」
「【倉庫】に固有名をお付けになって、その名を呼べば開くようになっております。」
「どうやって付けるんだ?」
「適当に倉庫っぽい名前をお呼びになればいいんです。」
随分簡単なんだな。
「じゃあ……【宝物庫】!」
そう叫ぶと、俺の目の前の空気が揺らぎ、『空間の裂け目』以外どうにも形容しがたいものが現れた。
「これが【倉庫】です。これからご主人様が開く時は【宝物庫】と呼べば開くことになりますね。」
「ここにはいくらでも入るんだよな?」
「はい。内容量に制限はありません。倉庫内部は異空間と繋がっていますので。」
「成程。それは便利だな。」
俺は目の前の『空間の裂け目』……いや、『宝物庫の入り口』に【ガラスのコップ】と【リグナムバイダの枝】を放り込んだ。
「この入り口、消す時はどうすれば?」
「ステータスの時と同じです。【消滅】と唱えることで消えます。」
「分かった。消滅!」
俺の言葉に反応して、【宝物庫】は消滅した。
「じゃあ、当面の問題も片付いたし、街に行こう。」
「私はどうしましょう? 付いて行ったほうがよろしいですか?」
「うーん……俺だけだとちょっと不安だし、付いて来てもらえる?」
「畏まりました。」
「で、街はどっち?」
「西です。ご案内致しましょうか?」
「じゃ、お願いするよ。」
「畏まりました。では、街へレッツゴーです! きゃぴっ☆」
……なんでナヴィは語尾に『きゃぴっ☆』って付けるのか少々気になったが、後で聞くことにして俺はナヴィの後を追い、街へと歩を進めた。