序章:いつもの日常
皆さん、初めまして。俺の名前は桐川疾風。極々普通の男子高校生だ。唯一違うところを上げるとすれば、何にでも収集癖があるところぐらいかな。まあ、この癖のせいで俺は今、かなり訳の分からないヤヴァイ状況に陥っているんだけど……
ある日曜日、俺はいつものように収集に力を入れていた。今回の目的はゲームソフトだ。いつもの重ね着ルックで良く行くゲーム屋に行くと、店主の親父さんに新しいゲームソフトが入ったと教えて貰った。そのソフトの名前は……
【アイテムコレクター】
この名前を見た瞬間、俺の頭の中で雷鳴が轟いた。このゲーム名は正しく俺にピッタリだ。寧ろ俺に遊ばれるために生まれてきたのではないか。そう思う程、このゲームは俺の目には魅力的に映った。俺は即刻親父さんに言った。
「このゲーム、買わせて貰う!」
「毎度あり!」
親父さんはいつものように威勢良く言って、俺にゲームソフトを渡した。俺はゲームの代金を支払い、ソフトを大事に抱えて家にダッシュで帰った。
家に着いた俺は、早速【アイテムコレクター】の取扱説明書を開き、読み始める。
①このゲームは、人間界から異世界【コレクトワールド】に転移させられた主人公(あなた)がアイテムを集めることにより攻略を目指すゲームです。
②コレクトワールドには人間以外にも獣人、ドワーフ、エルフなど多種多様な種族が生息しています。それらを仲間にすることは可能です。
③魔獣も少なからず存在しています。しかし特定のモンスターを倒さなければ得られない希少なアイテムもあるので、戦闘は避けられません。
④コレクトワールドで生活するためには、当然ながら金銭が必要です。金銭を得るためにはクエストを達成したり、アイテムを売却する必要があります。アイテムはどんな品でも必ず値が付きます。
⑤アイテムは一度入手すればメモリーに登録され、その後はいつでも召喚が可能となります。
⑥同じアイテムを幾つも入手しておくと、後々いざという事態で役に立つ可能性があります。
⑦オールアイテムコレクト(全アイテム収集完了)まで、人間界に帰還することはできません。
⑧全アイテム数は、ある程度の個数のアイテムを集めるまで、絶対に分かりません。
⑨万が一ゲーム内で死亡した場合でも、当方では一切看過致しませんので、そこはご了承下さい。
何か妙に現実的な説明だな……そういう仕様なのか? 疑問に思いながらも俺は次に基本操作の仕方を見る。
①自分のステータスを見たい場合は、【開示】と唱えてください。逆に、ステータスを閉めたい場合は、【消滅】と唱えてください。
②メモリーを見たいときは、『メモリーを見たい』と念じてください。
③分からないことがある場合は、ヘルプを呼んでください。
ヘルプを呼ぶ? ヘルプを読む、だよな? ただの間違いか? 先程より更に多くのハテナマークが俺の頭の中を埋め尽くす。しかし、俺はそのことをさして気にせず、遊び方の説明に目を移した。
①あなたの名前を入力してください。本名でなければなりません。
②種族を選んでください。選べる種族は人間、エルフ、ドワーフ、獣人、竜人です。獣人のみ、何族が良いか更に選択ができます。(無難に遊びたい方は人間を選ぶことを当方はお勧め致します。)
③最初にいたい所を選んでください。大陸名が表示されますので、好きなものを選択してください。
④それが終わればゲームスタートです。どうぞ【アイテムコレクター】によってコレクトワールドに飛ばされた主人公となってアイテムコレクトに奮闘してください。
なんかまた不吉な文章が……まあ、これも仕様の一部の演出なんだろう。そう思って俺は、ソフトを起動させた。
――――――アイテムコレクターの世界へようこそ!
パソコンの画面にでかでかと文字が表示される。俺はマウスをクリック。
――――――あなたの本名をフルネームで入力してください。本名でなければゲーム開始時、不利になります。
なんか怖いので、正直に桐川疾風と入力し、OKをクリック。
――――――本名と確認しました。ゲーム開始が通常になります。次に、あなたの種族を選択してください。
俺は説明書でお勧めとされていた『人間』を選択。
――――――『人間』でよろしいですか? 変更は不可能です。よろしい場合は『確認』をクリックしてください。
別にいいので、『確認』をクリック。
――――――では最後に、大陸を選択してください。
そう表示され、OKをクリックすると、10個の名前が表示された。
①クラインテリート大陸
②ロックリンガ大陸
③ウェイッティ大陸
④ユマユフォ大陸
⑤クロッシルン大陸
⑥バッファオーリド大陸
⑦アクロビティ大陸
⑧チャンプドギ大陸
⑨ペントシー大陸
⑩ホイーガ大陸
どれが簡単なのかな? だんだん難易度を上げていくのがこういうゲームは王道だし……と考えていると、画面の右上に?マークが出た。それをクリックすると、
――――――最初に選択するのにお勧めの大陸は、①番のクラインテリート大陸です。
と出た。俺はこの情報を信じ、①番を選択。すると、
――――――クラインテリート大陸でよろしいですか?
と表示された。即座に『確認』をクリック。
――――――最後にあなたの意志を確認します。もう引き返せません。よろしいですか?
何だか思わせぶりなセリフだな……まあいいや。どうせゲームだし。OKをクリック。
――――――本当によろしいですか?
くどいな。OKをクリック。
――――――あなたの意志が本当であることを確認致しました。その気高き意志、感服いたします。では、これよりあなたをクラインテリート大陸に転送いたします。行ってらっしゃいませ、桐川疾風様。
画面にこの表示が出た瞬間、俺はゾッとした。俺を転送? まさか……と思っていると、画面が激しくフラッシュした。俺はその光に耐えきれず、意識を失ってしまった。
「う、ん……あれ? ここは……」
意識が戻った時、俺は砂浜に横たわっていた。咄嗟に立ち上がって周囲を見回し、この景色とリンクする砂浜を脳内で探すが……俺の知っている海岸にこんな所は無かった。どことも全く一致しない。そもそも、西の方にめちゃくちゃでかい門が見えることがおかしい。近くにバカでかい門がある海岸なんて日本、というか地球に無いだろ。なぜ俺は見知らぬ砂浜などという訳の分からない場所にいるのか? なぜこんな状況に陥っているのか? はっきり言ってそんなことは分かりきっている。
「【アイテムコレクター】のせいだよな……」
それ以外には有り得ないだろう。あのゲームを始めて画面がフラッシュした後の記憶が一切無いのだから。
「マジでゲームの世界に転移しちまったのか?」
俺はそう呟くと、説明書に書いてあったことを思い出し始めた。
「ここがゲームの世界なら、説明書通りになるはずだよな……ステータスも見れるか? 試してみよう。開示!」
そう唱えると、シュンッと音がして、俺の目の前に文字が浮かび上がった。
桐川疾風
種族:人間
性別:男
年齢:16歳
Lv:1
職業:アイテムコレクター
戦闘スキル:無し
生活スキル:無し
魔術スキル:無し
特殊スキル:【鑑定眼Lv1】
「低っ……まあ、始めたばっかりだからしょうがないけど。」
俺は次にメモリーを見ることにした。
「確かメモリーを見るには……強く見たいって念じるんだったな。」
取り敢えず目を瞑って、メモリーが見たい! と念じる。すると、またシュンッと音がした。目を開けると、出しっぱなしだったステータスの隣に新しい文字が出ていた。
アイテムメモリー
種別アイテム所持数:0/??????
合計アイテム所持個数:0
所持アイテム:普通級:‐‐‐‐‐‐
希少級:‐‐‐‐‐‐
白銀級:‐‐‐‐‐‐
黄金級:‐‐‐‐‐‐
伝説級:‐‐‐‐‐‐
銀河級:‐‐‐‐‐‐
神話級:‐‐‐‐‐‐
「……アイテム持ってないから、当然っちゃ当然だけどやるせない気持ちが残るな……」
俺は少し凹んだが、ウジウジしていてもしょうがないから他の事をしようと思った。しかし、何をしたものか皆目見当がつかない。こういう時は……
「分からなかったらヘルプを呼んで……あ! だからヘルプを『読んで』じゃなくて『呼んで』だったのか!」
繋がった。ゲームの世界に入ってしまうのだから、ヘルプボタンなどというものは存在しない。だから、ヘルプ文章も出てこない。従って、読むことはできない。でも代わりに、ヘルプを『呼んで』、教えて貰うことはできるのだ。俺は海に向かって思いっ切り叫んだ。
「ヘルプ!」
すると、俺のすぐ隣に、メイド服を着用した女の子が現れた。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! お呼びになりましたか、ご主人様? きゃぴっ☆」
「え? うわっ、ちょっ、君誰? どこから湧いたの?」
俺が聞くと、その少女はニコッと可愛らしい微笑みを浮かべ、
「失礼致しました。驚かせてしまい、申し訳ありません。私はヘルプのナヴィと申します。以後お見知りおきを、ご主人様。」
と言い、スカートの裾をつまんで優雅に一礼した。
「君がゲームのヘルプシステムなのか?」
「違います、ご主人様。ナヴィはシステムではありません。ご主人様に情報提供をするヘルプではありますが、しっかりと実在しています。」
「しっかりと実在?」
「はい。ご主人様がお呼び下されば、いつでもどこでもどんな時でも1秒以内に馳せ参じますが、ナヴィはれっきとした人間です。年頃の女の子です。」
「へー。でもヘルプなんだよね?」
「勿論です。ご主人様専用ですが。」
「こっちの世界についてのことは良く知ってるんだよね?」
「はい。コレクトワールドの知識は、ほぼ全てに関して持っています。」
「じゃあ、俺の職業【アイテムコレクター】について教えて。」
俺が聞くと、ナヴィはスラスラと答え始めた。
「畏まりました。ご主人様の職業である【アイテムコレクター】は、読んで字の如くアイテムを収集する職業です。Lvを上げるには色々と方法がありますが、それはおいおい分かるかと思います。」
「成程……じゃあ、次の質問。ここはどこ?」
「ここは、クラインテリート大陸の東端にある港町、エドイックスです。商業、漁業が盛んで、モンスターの生息数も少ない安全な土地ですね。」
「安全か……なら良かった。」
はっきり言って、モンスターに出くわしたら恐らく何の抵抗もできずに殺される。戦闘スキル皆無だし。
「あ、そういえば、メモリーの所持アイテムの欄にある、この~級ってやつ、何?」
俺は未だ出しっぱなしだったアイテムメモリーの文字を指さしながら聞いた。
「それは、アイテムの等級を表しています。レアリティが1~2のアイテムは普通級、3~5のアイテムは希少級、6~7のアイテムは白銀級、8のアイテムは黄金級、9のアイテムは伝説級、10のアイテムは銀河級。そして、レアリティ10を超える超級激レアアイテム、レアリティ不明のアイテムが神話級に分類されます。」
「メモリーにはどうすればアイテムが登録されるんだ?」
「ご主人様が『入手した』という状況に置かれたアイテムが自動で登録されます。因みに、傍から見ればゴミのようなものもアイテムの可能性があります。」
「え? そんなのも? ……ってことは、アイテムって、もの凄い量があるんじゃないか?」
「はい。膨大な量があります。正確な数はナヴィにも分かりません。そもそも、オールアイテムコレクト達成者はおろか、全部でいくつあるか表示される個数までアイテムを集めた人物もいないので。」
「いくつ集めると表示されるんだ?」
「申し訳ありませんが、その質問にはお答えできかねます。禁則事項ですので。」
「そっか。じゃあしょうがないや。」
はっきり言うと、これが俺が元の世界に戻れるかどうかのキーポイントになるので、できれば知っておきたいのだが、無理ならさっさと諦めた方が良い。
「じゃあ、最後の質問。スキルについて教えてくれ。」
「畏まりました。ご主人様が所持していらっしゃるスキルは、今現在1つだけ。【特殊スキル】に分類される【鑑定眼】です。あらゆるものの本質を見極められるスキルで、コマンドワード【鑑定】を唱えることで発動します。また、このスキルはご主人様のLvに関わらず、鑑定した数に応じてレベルアップし、より詳細な情報を得られるようになります。」
「分かった。ありがとう。」
「もう他に質問はありませんか?」
「うん。今のところは。」
「では、また何か分からないことがございましたらお呼び下さい。あ、分かっていらっしゃるとは思いますが、『ナヴィ』とお呼びになってもナヴィは来ません。『ヘルプ』とお呼び下さい。それと、オールアイテムコレクトするまで帰還はできません。」
「それは理解してるよ。」
「ナヴィのご主人様は桐川疾風様ただ一人。ナヴィはご主人様が必要として下されば、いつでも参上させて頂きます。では、一旦失礼致します。」
そう言うと、ナヴィは一礼して、風に掻き消されるようにスッと消えてしまった。
「さて、取り敢えず当面はアイテム探しに専念するか。あっちに帰りたいって想いが無いって言ったら嘘になるけど、こっちの世界の方が生き甲斐はありそうだし。どうせオールアイテムコレクトしないと帰れないんだし、どっちで暮らすかはその後考えても遅くはないだろ。っと、ステータスとアイテムメモリーは閉じておくか。消滅!」
俺はそう呟いてステータスとメモリーを消すと、砂浜を歩きだした。まずは、この海岸を探索だ!