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なぜか私は恋敵と付き合っています  作者: 多美橋歌穂
第十三章
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回り道

 息を切らしてやって来た剣道場。明かりの消えたその場所は、ここ最近毎日のように来ていた場所なのに、初めて足を踏み入れるような緊張感を放っていた。


 が、板張りの床の上。そこにいる二つの人影を見て、私をホッと息を吐く。

 よかったと、心の底から安堵した。


 剣道場に入って来た私に気付いたのは、一つの人影。その人は突然現れた私に驚くことなく、小さく微笑んだ。


「亘理さん……」


 部活中は女子が貼り付く窓からは、今は綺麗な月明りが差し込んでいる。その光は道場全体をほんのり明るく染めており、裕也君を前にしても、心を落ち着かせることができた。


 悟はというと、なんと横になり裕也君の膝に頭を乗せて目を閉じている。

 それはもう、幸せそうな顔をして。


「……悟、寝ちゃったの?」

「うん、泣き疲れちゃったかな。目、腫れなきゃいいけど」

「裕也君もね」

「……亘理さんもね」

「……」

「……」


 沈黙が流れた。お互い、こういう状況になった理由を知っている。

 知っているからこそ、何も切り出すことができない。


 私は今何を言うべきだろう。

 悟の想い、嘘なんて言わないで――裕也君に最後に言ったのは、そんな言葉だ。


「亘理さん、もう知ってると思うけど」


 私が何を言おうか考えている間に、裕也君が口を開いた。


「……俺、中学の時から、亘理さんが好きだったんだ」


 膝に乗せられた悟の頭を優しく撫でながら、絞り出すような声で。


「何度も諦めようとしたのに、諦められなかった。最低なことだってわかってたのに、本当はあの日、観覧車の中で告白するつもりだったんだ」


 あの日。遊園地。最後に裕也君と二人きり乗った、夕焼け色が印象的な観覧車。

 あの時裕也君は、何かを言い掛けた。私の携帯が鳴ったせいで最後まで聞けなかったけど、あの時裕也君は、私に告白するつもりだったという。


「亘理さんなら軽蔑せずに聞いてくれるって、総司から言われて」


 三上君は、裕也君の気持ちを知ってたんだ。三上君が体育倉庫の掃除中に私にした訳のわからない例え話は、全部裕也君へのアドバイスのためで。

 遊園地で、財布を落としたと言ったのも嘘だったのだろう。今考えると、三上君は最初から、私の気持ちも裕也君の気持ちも――下手をすれば悟の気持ちも知っていたのかもしれない。


 裕也君の好みを無理矢理聞き出そうとしていた三上君を、私は「本人が嫌がってるのに無理やり聞くのはダメだよ? 三上君だって、自分のことを根ほり葉ほり聞かれたら嫌でしょう?」と宥めたことがある。その後の三上君の言葉の意味が、今やっとわかった。


 ――俺はべっつにぃ? 二人と違って俺は、聞かれて困ることとかないし?

 ――俺不思議に思ってたんだけど、なんでお前らが付き合ってんの?


 ……お互い、好きな人がいるのにどうしてお前らが付き合ってるのか、と言いたかったのか。今になってようやくわかることばかり。


 私が裕也君の好きな人を聞いた時。裕也君の力になりたいと宣言した時。果たして三上君は、どんな想いだったのだろう。


「中学の時、デパートのクレープ屋さんでさ、アイスクリームを落としちゃった男の子がいてね。泣き出しちゃったその子に一番早く駆け寄ったのが亘理さんだった」


 あの時のことだ、と、私は瞬時に理解した。つい最近も、確か夢に見たと思う。


 空を焼いたような夕焼けがとても綺麗で、ヒビキ君が分けてくれたクレープが美味しくて、繋いだ手のひらが温かかった。あの日、あの夕日を裕也君もあの場所で見ていたのだ。


「亘理さんはその子に自分のクレープをあげてて……それを見た時、単純だけど一目惚れだった。なんて優しい人なんだろうって」


 俺とは違うなって――そう続けた裕也君は、昔を懐かしむように、今まで誰にも言えなかった想いを吐き出す安心感に包まれるように、微笑んだ。


「それからも何度か亘理さんのことを駅前とかで見掛けたりして、自然と目で追っちゃったよ。高校が一緒だったのは本当に偶然で、運命だって、一人で盛り上がってさ」


 話すタイミングとか、なかなかなくて苦労したけど。

 そう言って照れ隠しのように俯いた裕也君は、悟の頬を突く。


 授業中に落とした消ゴムをすぐに拾ってくれるのも。

 体育の時私に当たりそうだったボールを素早く弾いてくれたのも。

 当てられた問題が解けずにいると答えを見せてくれるのも。

 真っ先に助けてくれた――それは、私のことをずっと見ていてくれてたからなんだ。


「馬鹿だな、俺。他人に自分の想いを伝えるのが怖くて。告白するのが怖くて。無意識に、告白されるのを待ってたのかも。悟にヘタレって言われるのも仕方無い」


 言われたんだね……。


「後悔ばっかりだ。もっと早く決心できていたら……こんな形じゃなくて、もっと早く、亘理さんに想いを告げられていたら」


 ――悟をあれほど苦しめずに済んだかもしれないのに。


 そんな想いを滲ませながら、裕也君は申し訳なさそうに悟の寝顔を見詰めた。泣き疲れて真っ赤になった目元の涙は、もうすっかり乾いている。


「亘理さん。今更だけど、改めて告白してもいいかな」


 ――うん、聞くよ。


 裕也君は隣に座った私の目をじっと見詰めて、今までにないほど真剣な顔をした。その瞳に射抜かれて、私の心臓は跳ね上がる。

 ああ、やっぱり私は。


「俺は、亘理さんが好きです」


 緊張を解くように、ゆっくり息を吐き、そしてゆっくりと息を吸い込む。


「一目惚れでした。ずっとずっと、気持ち悪いくらいに亘理さんを目で追ってた。悟と付き合い始めたって聞いた時は、息するのも苦しくて、悟のこと、少しでも妬んだりして……そんな自分が、ますます嫌になった」


 本音と一緒に流れそうになる涙を堪えるように、裕也君は度々深呼吸を繰り返す。

 絶え絶えになる裕也君の言葉を、私は黙って待っていた。


 つくづく私は卑怯者だ。


「今まで沢山不幸だった分、悟には幸せになって貰いたい……弱い悟をこれからも支えていきたいっていうのは、ずっと前からの本心」


 ――でもまさか、自分に告白してくるなんて思わなかった。


「俺なんかより、悟の方がずっとずっと強い奴だったよ。俺は今の今まで、想いを告げるなんてことできなかったのに」

「悟だって沢山悩んでたよ。少し前までは、告白する気なかったみたいだし」

「そうなんだ……」


 私だけが知っている、悟の弱い所。私だけが知っている、悟の強い所。


 悟も悩んでいた。裕也君と一緒にいるための方法、裕也君が自分だけを見る方法、裕也君を繋ぎ止めておく方法。

 一人で苦しんで、一人で悩んで、やむを得ず選んだ選択肢。


 それによって関係が生まれた、私達。


「そんな悟に勇気を与えたのは、亘理さんなんだよね」


 裕也君はそう言ってくれるけど、私も人に与えられるほど勇気は持っていなかった。もしそんな勇気があったら、とっくの昔に裕也君に告白していただろう。


「私の気持ちと裕也君の気持ち……全部知った時に悟の気持ちを考えたらさ。他の誰でもない、私がなんとかしなきゃって思っちゃったんだよ」


 裕也君が好きだという気持ち。誰にも取られたくないという気持ち。否定されたらという不安。どんどん自分が嫌いになって、暗闇に沈んでいく恐怖感。


 まるで自分のことのように感じたのだ。


「ていうか、私と裕也君に挟まれながら、よく気持ちを隠し通してきたよね。私達がお互い鈍感だったっていうのもあるかもだけど」

「はは、悟にはしてやられたなぁ……」


 本当にその通りだ。裕也君の好きな人の正体が私だなんて、全然想像できなかった。どうして自分をその可能性から取り除いてしまっていたのか、自分の謙虚さが怖い……。


 でもまさか、両想いだなんて普通思わない。ここ最近は悟のお陰で会話をしたり出掛けたりしていたけど、それ以前の私と裕也君の関係は、親密とは言い難いものだった。

 ただのクラスメイトだったし、学校のアイドルである裕也君は、いつだって遠い所で笑っていた。それはもう、私がラブレターに書いた通り、太陽のような存在だったのだ。


 そんな彼が今、私の目の前で、私を真剣に見詰めて、ほんの少し照れ臭そうに、頬を染めている。


「告白の返事、聞かせてくれる?」


 私を包み込んでくれるような、落ち着いた声の裕也君。



 きっと裕也君も私も、ひどく遠回りをしてきた。

 でも、それはきっと。


「私も――」


 大切な回り道。

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