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なぜか私は恋敵と付き合っています  作者: 多美橋歌穂
第十二章
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 痛い。苦しい。

 普段、走っただけではこんなに息はきれないのに。


 夕日が沈み、すっかり暗くなった空の下。俺はがむしゃらに走って、校舎裏のあの木の下まで来ていた。

 ここで成就した恋は長続きするとか、そんな七不思議的な噂があった気がする。今こんな所にいる自分が酷く滑稽に思えた。


「……先輩……」


 一人きりの空間で、俺は愛しい人の名前を呼んだ。


「裕也先輩……」


 受け取って欲しいとは言わないから。


「……裕也先輩……好き……」


 俺の想いを、嘘にしないで。


「好きです……裕也先輩……好き……」


 違う。受け取らなくていいなんて、そんなの綺麗ごとだ。

 本当は受け取ってほしい。

 本当は「愛してる」という、唯一無二の言葉が欲しい。


 本当は。


「……俺を選んで……」


 好きだと口に出せば、少しでもこの想いが外に出ていってくれる気がして、俺は誰もいない木の下で虚しい想いを口から吐き続けた。


 けど、受け取り手のいないその言葉は自分に返ってくるだけで、心の苦しさが和らぐことはない。返ってきた言葉が突き刺さって、更に痛みが増すだけだ。


 俺は何をやっているんだろう。

 何をやってきたんだろう。

 三年間の想いは勘違い? 嘘?

 だったら、なんで胸が押し潰されるように痛いんだ。なんで目頭が熱くて、視界がぼやけるんだ。


 涙を出せば、この正体不明の嘘で固められた想いも、溶けて流れて、消え去ってくれるのだろうか。


 心臓が消えてしまいたいと蹲り、痛みと苦しみを俺に与えてくる。もう俺は二度と、あの人の隣に立てない。許されない。


「俺の想いが嘘なら……この痛みも、嘘ですか……」


 笑いながらの俺の問いに答えてくれる人は、誰もいない。そうだ、昔からそうだった。俺の声を聞いてくれる人なんて――



















「嘘じゃないよ!」



 突然背後から聞こえたその声に、びくりと肩が跳ねる。ゆっくり振り返ると、そこには肩で呼吸をしている優里先輩が立っていた。


「……優里、先輩」


 ここまで追いかけて来たということは、裕也先輩とのいざこざを盗み見していたのだろう。趣味の悪い人だ。


 そんな趣味の悪いその人は、息を切らしたまま苦しそうに、喉を震わせるのを止めない。


「悟の想いも、その痛みも、全部全部本当だよ」


 嘘じゃないと、優里先輩はそう言ってくれる。痛がっている心が今一番欲している言葉だ。


 でも、意味がない。優里先輩からの言葉じゃ、この傷は塞がってくれない。

 どうしてか、答えは簡単だ。


「……優里先輩になにがわかるんですか?」


 裕也先輩じゃないから。


「わかるよ」


 優里先輩はそれでも、嘘じゃないという。本物だと言う。


「だって、一ヶ月間ずっと一緒にいたんだよ。ずっと同じ人を見てたんだよ」


 ぐっと拳を握り締める優里先輩は、なぜか俺よりも泣きそうな顔をしていた。なぜこの人がこんなに辛そうにしているのだろう。俺と裕也先輩の会話を聞いていたのなら、大好きな人と両想いだとわかって、嬉しいはずなのに。


 どうして優里先輩は。裕也先輩の所ではなく、この場所にいるのだろう。


「悟が本気だって、私が一番知ってるよ」


 ああ、この人はそういう人だ。泣いている人の横で笑えない人だから。

 だからきっと、裕也先輩は。


 俺は一度優里先輩に背を向けて、表情を消した。そしていつも通りの笑顔を作って、優里先輩に笑いかける。


 ほら、俺は大丈夫だから、素直に自分の恋が両想いだったことを喜べよ。


「いいんです、もう。どうせ最初からダメだったんです、最初からダメだったものを、捨てただけですから」

「そんなの……!」


 違う、とでも言うのだろうか。俺と裕也先輩が結ばれないことなんて、最初から分かり切っていたことだ。

 ただその過程が、想像していたより少し、残酷だっただけで。


「……だって、俺の恋、勘違いだったらしいんです」

「勘違い?」

「はい、勘違いだったんです。嘘だったんですよ。だって裕也先輩が……あの人が言うんですから、間違いありません」

「悟の気持ちを決めるのは裕也君じゃない。悟でしょう」


 綺麗事で耳が腐りそうだ。俺の気持ちは、俺にとっての神様が決めつけてしまったのだ。どうしようもない。


「どうして自分の心を無視して、勝手に決め付けるの。どうして自分の気持ちの方を殺しちゃうの」

「……だってこの想いは、どうせあの人に届かないから……」


 届かないなら、殺すしかないじゃないですか。


「大切に仕舞っていたって辛いだけでしょう」


 三年間も辛かった。この苦しみが一生続くなんて、気が狂ってしまいそうで。


「嫌いになれないなら、嫌われるしかない」


 嫌われてようやく得られる安寧。もういっそ、好きになって貰わなくていい。せめてその綺麗な心に、俺という存在が傷として存在できるなら。


「嫌いになれないなら、好きなままでいいんだよ。それが辛くても、多分きっと、好きなままでよかったんだよ……」


 絞り出すようなその声に、俺は耳を塞ぎたくなった。好きなままでよかった? 反吐が出る、好きなだけで胸が締め付けられるように苦しいのに、嫌われることもできず一生報われない片想いを続けろというのか。死ぬことも許されない拷問のような日々を送れと言うのか。

 ふざけるな。

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