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なぜか私は恋敵と付き合っています  作者: 多美橋歌穂
第二章
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剣道場見学

「誰? なんで?」


 朝、裕也君への告白はどうだったのかと朋子に聞かれ、名取悟という一年生と付き合うことになったと報告した際の、朋子の第一声である。私も最初は意味わかんなかったよ。


 私はあらかじめ考えておいた嘘の理由を朋子に説明した。


「私が裕也君に告白する前に、丁度その子に告白されてね。知らない子だったけど、すごく真剣だったから、一ヶ月だけ付き合ってみようってことになったんだよ」


 朋子には全て話しておいてもいいと思ったが、裕也君と同じクラスである以上、どこから裕也君に情報が漏れてしまうかわからない。

 この関係は私と悟だけの秘密にしておこう。

 脅されて恋人になったなんて間抜けな事実、できれば墓まで持っていきたい。


 最初は嫌々だったけど、今はこっちが利用してやるって心意気なので、心のダメージは最小限だ。

 一ヶ月という期間限定であることを周りにもそれとなく伝え、一ヶ月後に別れても何もおかしくない状況を今のうちに作っておく。

 全ては裕也君に悪い印象を与えずあいつと別れるための伏線。


「へえ、慈悲深いね」


 女子高生の会話で慈悲深いなんて言葉聞いたの初めて。


「でもいいの? 叶君に告白するなんて言い出したの、チャンスだったからなんでしょ?」


 そう、そうなのだ。

 いくら悟が利用できると言っても、一番の問題はそこなのだ。

 もし悟と一ヶ月付き合ってやってる間に裕也君が誰かに告白されて、その子が裕也君の好みだった場合、私の抜け掛け作戦は失敗する。

 悟に見付かった時点で失敗と言えば失敗だけど。


「ま、まだ誰かに告白されたわけじゃないし、一ヶ月だけだから……」

「へえ、本人がいいならまあいいや。結果的に彼氏ができたんだよね、優里ちゃん。おめでとう」


 素直に喜べないことにおめでとうと言われても苦笑いしかできない。


 けど、私にとって悪いことばかりではないのだ。

 悟を利用すれば裕也君との距離が縮まるし、彼氏と仲がいい友人への相談と称して、裕也君と二人きりになるチャンスだってあるかもしれない。


 そう思うと浮かれてきた。一ヶ月ぐらいなら大丈夫じゃないかと思えてきた。

 私の為にせいぜい役に立ってね、一年生。



     ※  ※  ※



 放課後私は、約束通り校舎から離れた剣道場へ入れて貰うことができた。

 その為には自ら「名取悟君の彼女です☆」と言わなければいけなかったので精神的苦痛は否めなかったが。


 悟と裕也君に案内されて剣道場に入ろうとする私を見て、裕也君のファン達が気の弱そうな三年生の部長に凄い剣幕で寄って集る。


「ちょっと、なんであの子はいいわけ?」

「私達一度も入れて貰ったことないのに!」

「私達も入れなさいよ!」


 こっわ。女子高生らしからぬ恐ろしい形相をしている。

 三年生の部長泣きそうになってんじゃん、誰か助けてあげてよ。


 私は悟にこっそり耳打ちをした。


「悟、部長さん助けなくていいの……?」

「部長はいつもあんな感じですから気にしないでください」


 罪悪感はあったが他所の部活ででしゃばったことはしたくなかったので、私も「そっかー」なんて無責任な相槌を打ちながら悟の後に着いていく。

 御免、名も知らぬ部長。


 と、ここですんなり剣道場に入れてしまったので、疑問が脳裏をよぎる。


「あれ、騒ぎませんって契約書は? 荷物検査とかしないの?」


 噂と違う。誓約書も書いてないし、荷物も普通に持ってこれた。


 なんだ、やっぱりあれはただの噂だったのか。

 そうだ、少し考えればわかる。ただ部活を見学するだけで誓約書やら荷物検査やらあるはずないと……。


「あ、誓約書はこれです。ボールペンで書いてくださいね」

「あ、はい」

「あと、荷物検査は時間掛かるからってやらなくなりました。荷物は全部ここに置いていってください。貴重品は金庫に」

「あ、はい」


 やっぱりここは監獄だった。



     ※  ※  ※


 剣道場は体育館とは違う独特の雰囲気というものがあって、板張りの床からは木の匂いを感じ、田舎にある母の実家を連想させた。

 その奥、道場の半分には畳が敷いており、話によると柔道部がたまに道場破りごっこに来るとかで使っているらしい。意味がわからない。


 部活が始まるまでまだ少し時間があるらしく、悟と裕也君が更衣室へ着替えに行き一人になった私は、畳の端っこで借りてきた猫のように大人しく正座していた。

 すると、女子の制服が視界に映る。


「あら、女の子がいるなんて珍しいわね」


 その優しく清冽な声に、私は思わずその人を見上げた。

 モデルかと疑うほどスタイルのいい女性で、腰辺りまで伸びている長髪からはシャンプーのいい匂いが漂ってくる。

 顔立ちも人形のように整っていて、柔和な切れ長の瞳からは優しそうな雰囲気が伝わってきた。

 年上であろうことはすぐにわかったので、私は慌てて立ち上がる。


「お、お邪魔しています、二年生の亘理優里です」

「ご丁寧にありがとう。私は三年生の九条都子くじょうみやこよ、優里ちゃんは見学かしら?」

「は、はい、人を待ってまして……」


 とても綺麗な人だ。女の私でも思わず見惚れてしまう。

 話によると都子先輩は剣道部部長の年子の姉らしく、ここの常連らしい。


 裕也君と都子先輩が親戚同士なのだと聞いた時はびっくりしたけれど、二人とも美形で面影は少し似ていた。

 やはり遺伝か……。


 本当に美人な人で、周りを見ると男子共の目が都子先輩に釘付けにされていた。

 だが話し掛けてくる男子がいない所を見ると、都子先輩は男子達にとって高嶺の花というか、お姫様のような存在なのだろう。


 制服を着ていなければ若い先生だと勘違いしそうなほど大人びた雰囲気を纏っていた。


「もうすぐ始まるみたいね。優里ちゃん、見学に来たのは初めてよね?」

「はい」


 私がそう答えると、都先輩は見学者のマナーを一から教えてくれた。

 こんなに綺麗で優しい人がいたなんて、今日ここに来て二倍得をした気分になる。


「よし、みんな始めるよ!」


 剣道部の九条和樹部長が、声を張る。

 都子先輩の話を聞いている間に部員も揃ったらしく、紺と黒の剣道着に身を包んだ十六人の部員達が一斉に板張りの床に並んで正座を始めた。


 その中には裕也君と悟の姿もあって、遠目でありながら伝わる裕也君の格好よさに口元が緩みかける。


 だが先程まで雑談をして騒がしかった剣道場に静寂が生まれ、同時に部員達の空気も変わり、その雰囲気に気圧された私は思わず背中をピンと伸ばしてしまう。都子先輩に小さく笑われた。


「礼!」


 和樹部長の掛け声と共に、全員が正座をしたまま一礼をする。

 私も先程都子先輩に教えられた通り、部員達と一緒に礼をした。


 でも私だけ頭を上げるタイミングが早くてめちゃくちゃ恥ずかしかった。

 誰も見ていませんように。


 礼が終わり部員たちは本格的に剣道の練習を始める。

 私にとって剣道とは、竹刀を振り回して「メーン!」と叫ぶスポーツ、という程度の認識しかなかったので、見るもの全てが新鮮に思えた。


 一歩前に進み竹刀を一振り、一歩後ろに下がって竹刀を一振り。

 真面目に部活に励む剣道部の部員達の中で、私の憧れる裕也君も真剣な顔付きで竹刀を振っている。

 背も高くて剣道着もよく似合っており、とても絵になっていた。キラキラ輝いて見える。


 窓の外から必死に中を覗き込む女子達の気持ちが、少し理解できてしまった。

 現世に舞い降りた横山常守のような正統派イケメン、折角同じ学校にいるんだから見てなきゃ損だもんね。

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