昔の話2
あれから猛勉強した。裕也先輩の気を引くために毎晩メールは欠かさなかったし、男から女に告白した時の失敗談を雑談に混ぜることも多々あったし、俺の友達が女友達に告白してフラれて今すっごく気まずい状態なんですよーなんて話もしたし。俺友達いないけど。
その甲斐あってか、裕也先輩はあの女に接触することなく、無事進級して高校二年生になった。俺も、父さんに泣きながら心配されつつ過ごした猛勉強の日々が報われ、無事雨野宮高校に受かり、しかも必死になりすぎて加減を考えていなかった俺は、中学の時とは比べ物にならない学年トップの成績で、入学を果たした。全校生徒の前で新入生代表の挨拶をさせられた時は、大勢の目に晒されて泣きそうになったけど、裕也先輩に「すごいすごい」と頭を撫でられ誉められたので、俺の憂鬱は吹き飛んだ。
高校生活が始まってすぐ、俺はあの女を探した。一年前書店で聞いた名前は、確か「ゆり」。下の名前さえわかれば特定するのは早く、亘理優里というフルネームであることを知る。そして特定した途端、あの女が二年連続裕也先輩と同じクラスである事実を知り、部屋の窓ガラスをぶち破った。父さんが怯えて泣いていた。
亘理優里を監視した。
裕也先輩とは席が隣らしい。羨ましい死ね。
亘理優里は裕也先輩に恋心を寄せているらしい。裕也先輩の前での不審な挙動を見ていればわかる。キモい死ね。
だが、なんというか。裕也先輩は本当にあの女が好きなのだろうかと疑問に思うこともしばしばあった。いくら鈍感魔王の裕也先輩であろうと、あんなに露骨な乙女チッククソオーラに気付かないほど鈍感だろうか。裕也先輩の考えていることがよくわからなくなった。
だから俺はあの日、さりげなく、裕也先輩の気持ちを知ろうとした。
『――そう言えば裕也先輩って、彼女とか作らないんですか?』
『なんだ、どうしたんだよいきなり』
『ほら、今日部活で、本田先輩が彼女できたって騒いでたじゃないですか。裕也先輩はどうなんだろうなって思いまして』
『うーん、誰かと付き合うなんて考えたことないなぁ。イマイチ想像できないんだよ』
『裕也先輩、だったら……』
『でも、そろそろ女の子と付き合ってみた方がいいかもね。次誰かに告白されたら、すぐに断らないでちゃんと考えてみるよ』
『え、告白されたら誰かと付き合うことになるかもってことですか?』
『そうだな。あ、でもこのこと言いふらすなよ? 久元辺りに聞かれたらからかわれるだろうし。二人だけの秘密な』
『……』
返ってきたのは驚きの言葉。誰かに告白されたら、その告白を受けるという。つまりあの女でなくともいいと、そう言ったのだ裕也先輩は。
裕也先輩があの女以外の女と付き合うのなら、大いに歓迎だった。俺は舞い上がって舞い上がって、教科書を真っ二つに引き裂いた。蒼斗が怯えて震えていた。
その日から、俺は亘理優里を徹底的に監視することを決めた。あの女さえ、あの女さえ下手な行動をしなければ、裕也先輩はさっさと別の女に告白されて付き合い始めるはずだと確信していたから。
だがなんてことだろう。あの女、裕也先輩が誰かと付き合うと宣言した途端、次の日にはラブレターらしき物を裕也先輩の下駄箱に入れていたのだ。
ふざけんなよ亘理優里、このタイミングでラブレターとか呪いかよ。裕也先輩と運命みたいなものさえ感じて、俺は勝手に亘理優里への憎悪を増築させていった。
俺は早朝から昇降口を見張っていた自分の行動を、死ぬほど褒めた。あの女の家なんて知らないし、家から跡をつけることは出来なかったから、昇降口で待つことしかできなかったけど、こうして見張っていたお陰で、裕也先輩に渡る前にあの女のラブレターを回収することができたのだ。テンションが上がって躍りながら階段を上っていくそいつを一瞥して。
手紙の中身は想像通りラブレターだった。いつも裕也先輩の笑顔に救われているらしい。
はっ、裕也先輩の笑顔に救われてるのがお前だけだと思うなよクソ女。しかも、どうせお前が見てるのは嘘っぱちの空っぽのあの笑顔だろう。嘘だとも知らないで、呑気にあの笑顔を信じてる、頭空っぽのアホ。こんな奴に裕也先輩は渡さない。
それからは、まあ、あんな感じ。
もう二度と裕也先輩に近付かないように少しだけ脅すつもりだった俺の前に、当の本人である裕也先輩が現れてしまい、咄嗟の判断で俺は亘理優里と付き合い始めたことにした。亘理優里は突然のキスに魂が抜けていたし、裕也先輩も驚きのあまりショックさえ感じることができない有り様。
ただ脅すだけより、こちらの方がかなりの効果があった模様。裕也先輩は付き合い始めたという俺達を応援すると言うし、着実に亘理優里を諦める方向へ足を進めていた。亘理優里も今更告白なんてできないと嘆いており、人質として取り上げたラブレターをちらつかせるだけで面白いくらい屈辱的な顔をした。
よっしゃ。俺はできるだけのことをした。
できるだけ、裕也先輩の幸せを奪うことができた。
このまま裕也先輩が完全に亘理優里を諦めてくれれば。他の女と付き合い始めれば。
俺の手の届く範囲にいる限り、亘理優里なんかに渡さない。
裕也先輩の一番の隣は俺でなくちゃいけない。
でないと、俺はあの日に戻ってしまうから。




