告白前
いつも通りの部活が終わり、部員達も「お疲れー」と言いながら次々と剣道場から出て行った。麗華様は都子先輩に連れて行かれたし、和樹部長も「鍵お願いね」と言って裕也君に剣道場の鍵を渡している。悟が適当な理由を付けて根回しでもしたのだろう、確実に裕也君と二人きりになれるように計画を実行していた。
「何そわそわしてるんですか、優里先輩。そんなに裕也先輩が気になります?」
「いや、まあ、そりゃあ気になるよ……」
これからあなた、裕也君に告白するんでしょ? 心配だなあ、悟って本番に弱そうだし、きょどって話にならないんじゃ……。
「今ものすごく失礼なことを思われた気がするんですが」
「心配なの。ちゃんと布団の中で練習した?」
「練習って……優里先輩、一か月前そんなことしてたんですか……?」
なんで引くの? 告白する前日に布団の中でセリフを練習するのは基本だよ?
「ま、心配しなくていいです。なのでさっさと理由でっちあげてさっさと先に帰って下さい」
「え、なんで?」
ここまで来たら最後まで告白を見届けたいんだけど……そう言おうとしたが、よく考えると確かに、告白を誰かに監視されながらするなんて、それだけで神聖な行為が台無しになる気もする。
でもここで大人しく帰っていいものか。
きっと悟は、今日の告白で裕也君に振られる。麗華様だって振った裕也君だ、悟の告白だって振るだろう。
振られた悟はどうんな反応をするだろうか。本人だって振られることはわかっている、それでも前に進むため、今まで溜め込んできた想いを伝えようとしている。だが振られると分かっている告白だって、実際振られれば、それは想像以上に辛いことのはずだ。私は想像しただけで涙が出てくる。振られた悟が泣いてしまわないか、それだけが心配だ。
お姉ちゃん気質な私は、年下の悟のことを案外気に掛けているつもりである。
泣いたら慰めてやらないといけない。実質私と悟はもう、客観的に見ても『恋人』という関係を捨てた。今日で恋人の振りは終わり、と悟から直接言われたわけではないけど、悟が裕也君に告白した瞬間、私と悟の関係は終わり。
偽者でもなければ本物でもない、全くの赤の他人に戻る。元通りになる。
でも、私はそこからまた始めようと思う。悟はもしかしたら本気で嫌がるかもしれないが、ここまで私を巻き込んでおいてただで済むとは思わないで欲しい。ファーストキスの恨みは怖いことを思い知って貰おう。
悟が振られた後の生活のことを考えるが、思いのほか今まで通りかもしれない。
裕也君はどんな想いを向けられようと、悟を嫌いにはならないだろう。
悟は振られたからといって、裕也君の前から姿を消すことはないだろう。
私だって、悟の想いに決着がついたからといって、今までのことをなかったことにはできない。私の想いにも決着をつけるつもりだし、その決着がついたって、裕也君も悟も私も、誰の関係も変わらない気がするのだ。
「じゃあ頑張ってね、悟。明日散々弄るからー」
「……はい」
私は「急用思い出したから帰らなきゃ!」なんて適当なことを言いながら、悟と裕也君に手を振った。すでに剣道場には私達三人しか残っておらず、今まで悟を待っていたくせに帰ろうとする私を見て、裕也君が「悟、亘理さん送らなくていいの?」なんて嬉しいことを悟に言ってくれる。
んんん、裕也君は本当に優しいな。でも心配しなくていいよ裕也君、私窓の所で盗み聞きしてるから!
「心配なら、裕也先輩が優里先輩を送ってもいいんですよ?」
……は? 何言ってんのこの子。
裕也君と二人きりになって告白するつもりじゃないの?
突然の悟の「裕也先輩も帰っていいですよスタンス」に、私は怪訝な顔をするしかなかった。まさか告白することに怖気づいたのではと悟を見るが、どうも怖気づいているようには見えない。
「何言ってんだ、悟はどうするんだよ」
「俺大会目指してるんです、ただでさえ運動音痴なので、人より沢山練習しないといけないでしょう? だから俺は残ります」
まるで何かを試すように、悟がいつも通りの満面の作り笑顔で裕也君に笑いかける。何か不気味なものを感じつつ、私は裕也君の答えを待った。
が、裕也君は大して迷うことなく、「練習付き合うよ、お前放っておいたら何するかわかんないし」と言って笑った。私に向ける優し気な笑みではなく、男友達にだけ見せるような楽しそうな笑顔で。
「ごめんね亘理さん、引き止めちゃったみたいで。急用あるんでしょ? 時間大丈夫?」
「う、うん、大丈夫。一人で帰れるから、二人とも練習頑張って」
私は不自然にならないように剣道場を出て行こうとする。が、何か、とても重要な違和感に気付けずにいるような、そんな感覚がした。
胸騒ぎがする。私は外靴を履き終えてから、改めて悟を見た。
「……」
「どうしました? 優里先輩、急用遅れますよ」
「……いや」
悟が私を見送る、その表情。
なぜか、悟が自殺しようとしたという過去話を思い出してしまった。なんで、今。
裕也君に振られたら、自殺するとか……そんなことは考えてないよね……?
確認したかったけど、裕也君の前でそんなことを聞けるはずもなく、私は不安を胸に踵を返した。夕焼けが辺りを真っ赤に染めていた。




