心配
悟から言われた言葉が頭を離れない。夜も満足に眠れず疲労が溜まり、ベッドの中で転げまわった昨晩。
――俺、明後日裕也先輩に告白します。
その明後日というのが、今日。きっと部活が終わる頃になるとは思うのだが、今から緊張からくる息苦しさで酸欠になりそうだ。
「優里ちゃーん! 一昨日はありがとね、圭介君といっぱい遊べちゃったよー!」
教室に入るなり、朋子が私の両手を握って嬉しそうにはしゃぎながら礼を繰り返す。私が遊園地に行った最大の理由である、朋子と圭介。二人の距離を縮める為に行った遊園地だが、私自身も憧れの裕也君と一緒に遊べて楽しい想いを沢山した。
「私も楽しかったよ、ふわふわランド誘ってくれてありがとね」
圭介とはどうだった?
と、私はこの時初めて、圭介との関係がどうなったのか朋子に尋ねた。朋子には申し訳ないが、悟からの電話の内容が衝撃的すぎて、朋子と圭介のことに頭が回らなかったのだ。悟がいつか裕也君に告白するだろうことは、なんとなく察してはいた。
――裕也先輩に気付いて貰おうとしたって、無駄なのに。
病院で聞いた、寝言のような悟の決意の言葉。
――ちゃんと、自分の口で言わないと。
だが、まさかこんなに早いとは思わなかった。悟はまだ一年生だ、しかも六月。高校生活はあと三年近くある。つまり、裕也君とも二年近くは一緒のはずで。振られて気まずい想いを二年もするくらいなら、どちらかが卒業する直前に告白する――そんな人も少なくない。
それに対して悟は、今日告白すると言う。何を考えているのだろう。不安で潰れそうではないだろうか、大丈夫だろうか。私が焦らせてしまったのだろうか。ちゃんと、自分で考えた結果の行動なのだろうか。
心配だ。裕也君が好きな人を知っている悟は、自分が振られることはとっくに知っているだろう。それでも今告白するというのは、何かきっかけがあったとしか思えない。
胸がひりひりする。私が告白するわけでもないのに、変な緊張に包まれて、うまく息ができない。今朝悟に理不尽に腹部を殴られたせいとも考えられるけど。
私が変に緊張していると、朋子が私からの問いに勢いよく答えた。
「告白した!」
「告白した!?」
「うん!」
早すぎる。
「ど、どうだった!?」
「ダメだった!」
「そ、そっか……」
勢いで会話してしまったが、私はここで朋子になんと声を掛けたらいいものか迷った。
遊園地で二人の距離が縮まればいいな、とは思っていたけど、まさか告白までするとは思わなかったのだ、ダメだったとなれば「これからどんどん仲良くなれたらいいね」なんて言葉吐けない、私は一体どうしたら……。
「友達から始めましょうって言われちゃったよー」
「えっ……あの圭介が?」
あの天然キチガイが、なんてまともな返事を……私の前以外だったら、圭介は案外普通の子なのかも。
ともあれ、この様子だと完全に振られたわけではなさそうだし、友達から始めましょうということは、つまり、私の「圭介と朋子の距離を縮める」という目的は果たされたといってもいい。
喜ばしいことだ、この親友ならあの圭介相手でも案外うまくやっていくだろうし。
「よかったね、朋子。まだまだこれからじゃん」
「うん! 私頑張るよっ!」
両手を握り締めて気合いを入れる親友の姿に、私の頬も自然と綻ぶ。
始まったばかりの恋もあれば、今日、続いていた恋を終わらせようとする人もいる。初恋は実らないと誰かが言ったのを思い出したが、はてさて、誰の言葉だっただろうか……。
「優里ちゃんも、頑張る時じゃない?」
「え、何が?」
「もうすぐ一ヶ月だよ、優里ちゃん」
どうして裕也君に告白しに行ったはずの私が、知らない一年生と付き合い始めたのか――それを説明した時の自分の言葉を、今思い出す。
――私が裕也君に告白する前に、丁度その子に告白されてね。知らない子だったけど、すごく真剣だったから、一ヶ月だけ付き合ってみようってことになったんだよ。
そんな理由だった。私は悟に脅されて、裕也君に告白できない代わりに、悟を逆に利用して裕也君との接点を増やしてやるって、思ってたんだっけ。
いつからだろう。私は、別に悟と嫌々一緒にいたわけではなかったように思う。最初は確かに嫌々、顔を合わせるのさえ笑顔が引き攣っていた記憶がある。
お互い同じ人が好きで、なのに全然性格も違うし、悟なんかは私のことをよく殴ったり蹴ったり、更には足踏んできたりよく回る口で数々の暴言を吐いてきた。
それが強がりだというのは、なんとなく察することができる。悟が過去に苦しんでいたことだって知ってるし、今だってその時の痛みが完全に抜けているわけではないのだろう。それでもその痛みの中で、叶裕也という人間を全力で愛し続けている。
褒められることに慣れていないと言って茹蛸みたいに顔を真っ赤にしていたり、裕也君の隣で裕也君の横顔を見ている時の幸せマックスな優しい表情だったり、裕也君に話し掛ける時の上気した頬とか、頭を撫でられた時のへにゃへにゃした間抜け面とか。
そんなものを間近に見て来た私は、悟の恋が本物であると知っている。悟が本気で裕也君にぶつかろうとしていることを知ってる。
悟と私が定め、朋子から突き付けられた、一ヶ月。
私と悟の関係。悟と裕也君の関係。私と裕也君の関係。全ての終焉。
悟が、裕也君が、どんな答えを出すかはわからない。けど私の胸の中で、うようよとうごめく何かがあることは確かだった。これが胸のヒリヒリにも関係しているのかもしれない。一定の緊張感が抜けることなく、ホームルームが始まるチャイムが鳴り響く。
隣に座る彼に、何か言うべきだろうか。二人の為に、何か。
――ダメだ。
私と裕也君自身が何かあったわけもないのに、私と裕也君の間には、少しばかり気まずさが漂っていた。
原因はわからないまま、とうとうその時はやってくる。




