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なぜか私は恋敵と付き合っています  作者: 多美橋歌穂
第十二章
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俺の好きな人

 俺には好きな人がいる。

 不思議な話で、相手は叶裕也という、一つ年上の同性の男だった。

 いつから好きだとか、漫画のように劇的な出会いがあったとか、そういうわけではない。

 自殺を考えて展望台に上った俺を救ってくれた、というエピソードは確かにあった。俺はそれに救われたし、こうして生きているのも裕也先輩のおかげだ。だがその瞬間に好きになったとかではなく、一緒に過ごしているうちに、なんとなく好きになっていったのだ。


 毒のように、病のように、俺を蝕む存在に。周りの世界に彼しかいなかった当時の俺にとって、叶裕也という存在は生きる上での依存対象でしかなく、決して好意を寄せるような相手ではなかった。それにもかかわらず、俺の心には三年間もの間『好き』という感情が渦巻いている。どす黒くて、醜い感情を伴って。


 恋心なんて、いつ、どこから、どうやって沸いてくるものなのかわからない。この恋心に気付いたのもいつのことだったか、明確な瞬間は覚えていない。いつの間にか『好き』が当たり前になっていたのだ。

 同性だというのに不思議と違和感はなく、握られた手は熱くなるし、笑いかけられれば、心の底からホッとする。嬉しいという想いが沸き上がって、その感情に溺れそうになる。裕也先輩の家で読んだ少女漫画に出てくる主人公のようで、女々しい自分に吐き気を覚えることもあったけれど。


 この恋心は一生報われないことに気付いていた俺は、この想いは墓まで持っていくことに決めていた。

 綺麗な宝石とは掛け離れた、欲に溺れた泥水のような、形さえ定まらない薄汚い心。それを見られたら、今度こそ俺は裕也先輩を突き放してしまう。そして裕也先輩を突き放した反動で、後退った先――そこはきっと、俺があの日飛び立とうとしていた景色と同じに違いない。


 裕也先輩の心が欲しくないわけじゃないけれど、それを手に入れるためには、一つの障害があった。その障害はあまりにも大きく、どうしようもないことで、俺が裕也先輩の心を手に入れることは不可能だと、随分前に悟った。


 だけど、あの人の心を誰かに取られるのも嫌だった。あの人の心を引き止める方法も知らなくて、愛される方法も知らない俺は、ただあの人の心を奪おうとする奴の邪魔をすることにした。子供の我儘のように、あの人の手を無理矢理引いて。


 人に嫌われるのを恐れ、心を閉ざした優しい先輩。俺のコレとは違って、宝石のように美しい輝きを放ち、少し力を入れればすぐに壊れてしまいそうな儚い心。空っぽの笑顔に縋って、愛を求める。

 可哀想な人――だからこそあの人は、俺を見捨てられない。見捨てられるはずがない。


 誰かを見捨てられないあの人の優しさを都合よく利用して、俺はあの人を操作する。誰の物にもならないように、少しでも俺だけを見てくれるように。手足にロープを巻き付けて、その先を自分の手足にも巻き付けて。

 ――ね、裕也先輩。あなたが拾い上げたこの命、最後まで責任持って道連れにしてくださいね。


「そろそろ解放しないか」


 黒い影が、夜空を背景に立っていた。いつものように、強い風に吹かれて。

 あの日、俺が立っていた場所で。


 これは夢だ。たまに見る、いい夢とも悪い夢とも言えない、何の変哲もない夢。

 黒い影は俺の形をして、俺をじっと見詰めている。俺の隣で横たわる裕也先輩の身体は、俺が長年掛けて巻き付けたロープやら、ガムテープやら、鎖やら針金やらでこれ以上ないほど拘束されていた。どこにも行かないように、ずっとこの、俺と裕也先輩だけの世界に繋ぎ止めておくためだけに施した処置。

 夢の中でこんなことをしても、現実の裕也先輩はどんどん俺から離れて行ってしまったけれど。


 どんなに抱き付いたって。

 精一杯の笑顔を向けたって。

 愛おしく名前を呼んだって――あの人は、俺の想いに気付いちゃくれない。


 どうして、こんなに好きなのに。俺は死にそうなほど好きなのに、どうして裕也先輩は平然としていられるのだろう。

 あの人が他の人間のことで悩み苦しんでいるなんて、我慢できない。俺のことだけ考えて、俺の心配だけしていて欲しいのに。


 ああ憎らしい……あの女。

 なんであの女なんだ、裕也先輩は俺だけのものだったのに。裕也先輩が弱みを見せるのは俺だけ。俺だけだったはずなのに。あの女。あの女。あの女。


 汚い心が渦を巻き、息苦しさを感じる。俺はずっとあの日にいたかった。裕也先輩を縛り付けて、裕也先輩の頭を俺で一杯にしておきたかった。夢の中の、この裕也先輩のように。

 ただ俺の横にいてくれるだけでいい。何も語り掛けてくれなくていい。触れてくれなくていい。

 ただ誰のものにもならず、こうして俺の隣に縛られていればいい。芋虫みたいに無様に転がっているその姿も、俺は愛することができるから。


 そう、思っていたけど。


「いつまでそうやって、ここにいるつもりだよ」


 睨んでくる自分自身の影。いつもならここで、何も返さないまま俺は目を覚ます。

 だが。俺は今日、初めてそいつに返事をした。


「……お前とも今日でさよならだ」


 初めて返した言葉。影はどんな顔をしただろう。


 瞬間、俺の意識はぐわんと遠のき、現実世界に引き戻された。



     ※  ※  ※



 朝、優里先輩と裕也先輩は、二人して大きな溜め息を吐いて俺の隣を歩いていた。

 土曜に行った遊園地の疲れが抜けないのだろうか。確かに優里先輩はあのバカに付き合って何度もジェットコースターに乗っていたし、俺だって疲れてるけど、溜め息を吐くほどではない。


 やはり、俺がした電話が原因だろうか。朝っぱらから一緒に登校する二人がボーっとしていると、こっちの告白のモチベーションまで下がっていくようで気に入らない。


「……裕也先輩、元気ないですね。何かありました?」


 俺は腹いせに優里先輩を一発殴ってから、何事も無かったように、裕也先輩へ心配するような顔を向けた。


「い、いや、何もないよ」


 何もない。再びそう呟いた裕也先輩だったが、この様子だと絶対に何かあったのだろう。いや、やろうとしたことができなかった、というのが正しいか。


 遊園地、ラストだと言って乗ったジェットコースター。俺達一年生が乗っていた間、二年生の三人は何をしていたのか。遊園地の帰りでも、二人は心ここにあらずといった感じだったのだ、あの間に何かあったと考えるのが普通。優里先輩の様子がおかしい原因は、確実に俺だろうけど。


 結局裕也先輩の元気がない理由はわからなかった。

 ……まあ、裕也先輩の最大の悩みの原因を作っているのも、俺だけど。

 その原因になっているというだけで、欲が満たされる。裕也先輩が俺を原因に苦しんでいる事実が堪らなく愛おしい。抱き締めて俺だけの物にしたいくらい。


 でも。


「……」


 今日でそれも、最後にしなければいけない。



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