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なぜか私は恋敵と付き合っています  作者: 多美橋歌穂
第二章
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「好き」

 私達は特に会話もなく……というか、私から話し掛けることがないので悟が黙れば自然と会話がなくなり無言の状態が続く。


 どうだ、私はあなたとなんか話したくないんですよ、好きな人を脅して恋人にするなんて虚しい行為だと早く気付け。


 私は悟との心の距離を示すように、悟より二メートル程先を、一人でずんずん歩く。


 私達は距離を保ちながら長らく無言で歩いていたが、しばらくすると後ろを歩いていた悟が小さな声で私に話し掛けてきた。


「……優里先輩は、裕也先輩のどこが好きなんですか?」


 その小さな声に思わず足を止めて、悟を振り返る。

 なんだかきつめな視線で睨まれた。

 なんで私が責められてる感じなの? 今睨まれるようなことあった?


 私が裕也君のことが好きだと知ってるくせに、私を拘束するこの男が憎い。

 私のこと好きなら、私の幸せを願って身を引いてくれたらいいのに……。


 まあ、そんなの聖人のすることか。

 私は意地になって悟を睨んだ。


「気安く優里先輩なんて呼ばないでくれる? あと、なんであんなことしたのか説明してくれないなら、私も質問に答える義理はないから」

「ヒマワリ先輩には関係ありません」


 関係ないだとぅ!?

 こっちは長年守ってきたファーストキス奪われとんのやぞ!

 あとそのあだ名やめて!


 ギリギリと歯を食い縛って一年生を睨み付ける上級生の私。

 そんな私を見て何を思ったのか、悟は目を逸らして言い辛そうに口を開いた。


 言いたくないけど、言わなきゃいけない――そんな感情が読み取れる。

 昨日は見せなかった表情だ。


「……好き、だからです」

「……」


 思い返してみれば、悟がちゃんと好きって言ったの、今が初めてじゃない?

 このまま説明も告白もなく無理矢理恋人させられたまま終わると思ってた。


 私は悟からの意外な告白に、「お、おう……」と隠しきれない動揺を見せながらも応える。

 どこか自信なさげで、毒舌ばかり耳にしたから勘違いしていたけど、名取悟という少年は案外シャイな子なのかもしれない。


 好きですと告白した悟からは、昨日のような飄々とした腹黒さは感じられず、恋する乙女のような空気を感じさせる。


 ギャップ萌えという奴だろうか、なんだかちょっとだけキュンときたような……いやいや騙されちゃだめだ! これは罠だ!

 どんな理由があろうと、こいつは私の許可なく私のファーストキスを奪った極悪人!

 演技かもしれない、簡単に信じちゃダメ!


「……ち、ちなみに、どんな所が好きなの……?」


 り、理由次第ではちょっと真剣に考えてやってもいいけど……。


「どんな所、ですか……改まって聞かれると困りますね。とりたてて言うことはありません」


 な、なにぃ!? こいつ女心何もわかってない!

 いや、私も詳しいわけじゃないけど。


「そんなんでよく私にキスできたね」

「好きな人が他人に取られそうになったら、誰だってああします」

「それはどうだろうか!?」


 好きな人取られそうになったからって告白してもいない女の子の唇を奪っていいことにはならないよね。

 大人になってからそんなことやったら、色んな罪状が付くんだよ。この子一般常識大丈夫なのかしら……。


「まあ俺も咄嗟の判断でしたし、優里先輩にはちょっと悪いことをしましたね」

「ちょっとじゃないよね」


 女の子のファーストキスをちょっとで済まそうとするその神経、やっぱりこいつ女心を何一つわかってない。


「お詫びと言ってはなんですが、放課後剣道場で剣道部の部活を見学する権利をあげましょう」

「え、本当!?」


 悟のその言葉に、私は思わず飛び跳ねた。

 それはつまり、部活動に励む裕也君の姿を間近でこの目に映すことができるということだ。


 剣道部が活動している剣道場は、叶裕也ファンクラブの子達のせいで、部外者が完全に立ち入り禁止になっている。

 客観的に見た剣道場の窓には、夏の虫のように女子が群がり、遠足中の小学生達が珍しい動物の檻に群がる動物園のソレだ。


 ちなみに剣道場の中に入っていいのは、部長から許可が下りた生徒のみ。

 その生徒も持ち物検査をされたり、『騒がない』という誓約書にサインをさせられたりする。監獄かよ。


「でも、悟なんかの紹介で入れるの?」


 正直、こんな生意気な一年生は上級生から嫌われていると思うんだけど……。


 私がそう言うと、悟は心外だと言わんばかりにムッと口を尖らせた。


「俺の恋人だって言えば入れてくれますよ。剣道部をどんな所だと思ってるんですか?」

「監獄」

「……それだと剣道部員が悪人みたいじゃないですか」


 監獄を否定しないあたり、悟にもそんな感じはしていたらしい。


 どちらにしても、剣道部の知り合いもおらず女子達に周囲を固められたあの場所は、私にとっては無縁の場所だった。


 部活をしている裕也君の姿が見たくないと言えば嘘になるけれど、毎日のように教室で会えるのに、わざわざあんな戦地へ赴き他の女子に交ざって窓に張り付こうとは思えない。


 だが剣道部員である悟が私の入室を許可してくれるということは、剣道場に入って身近で裕也君の部活動風景を見学することができるチャンス!


「……はっ!」


 私はここで、悟と付き合っていればメリットもそれなりにあることに気が付いた。


 こうして立ち入り禁止(主に女子が)されている剣道場に入れて貰えるというし、それによく考えたらそれだけじゃない。

 裕也君と登下校も一緒だと言っていたじゃないか。

 悟を利用すれば、挨拶やほんの少しの会話しかできなかった高嶺の花の裕也君と、今まで以上に関わることができる。


 ――私は決めた。己の欲の為、この男を最大限に利用すると。

 私のこと好きみたいだけど悪いね、ファーストキス奪われた分利用させてもらうよ!


 よし、機嫌を取るためにもここはヨイショしとくか。


「よっ! 悟君、太っ腹!」

「キモイです」

「……」


 こちらをちらりとも見ずに冷たい声を吐かれた。

 あなた私のこと好きなんだよね?



 ――この時の私はまだ、会話の中の違和感に気付いていなかった。


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