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なぜか私は恋敵と付き合っています  作者: 多美橋歌穂
第十章
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理由

 悟は自分で言ったくせにお似合いだという言葉が気に入らなかったようで、私を睨み付けて当たり散らしてきた。


「まあ、優里先輩が裕也先輩のことを諦めたなら、こんな話関係ないですけどね。現在進行形で好きな人の恋を応援とか、どれだけ献身的なんですか? 狂ってますね優里先輩、サイコパスですね……」

「そこまで言わなくてよくない!? 私だっていっぱい考えて、大好きな裕也君が幸せになる道を選んだの。悪いけど悟、裕也君の恋の邪魔をするなら私も敵だからね!」

「最初から敵じゃないですか、いつから俺はあなたと同志になったんですか? それに、裕也先輩はもう自分の恋はいいんだって言ってたじゃないですか、男らしく潔く諦めた裕也先輩の邪魔をしようとしているのは、優里先輩ですよ」

「裕也君がどんな理由で告白できないのかは知らない。けど、伝えないまま想いを抱え込んで生きることの辛さ、悟だって知ってるんじゃないの?」

「……」


 悟なら知っているはずだ。想いを告げることが出来ずに、三年間も裕也君の隣に居続けた、悟なら。


「裕也君に、自分と同じような苦しみを味わって欲しくはないでしょ?」

「……それは、そうかもしれませんけど」


 揺らいでいる。膝に乗せた拳が、ふるふると小刻みに震えていた。


「だけど俺は……」


 握り締めていた拳の震えが止まる。そして。



「――俺には、裕也先輩しかいないんです」



 喉から搾り出すような、苦しみに溢れた悟の声は、初めて聞く声だった。雪が地面にそっと落ちるように、その声は私の耳にひんやりと届く。


 同時に、私は気付いた。悟の裕也君に対する想いの大きさ。危うさに。


「誰にも渡しません、あの人は俺の隣にいるのが義務なんです。死なないでくれって言ったんです。だったら俺が死なないように一生俺の隣にいるべきでしょう、勝手に助けて希望を持たせたくせに俺から離れるなんて、そんな無責任なこと許されません、許しません」


 その想いは恋と言うよりも。


「俺はあの時一度死んだんです、それを裕也先輩は生き返らせてくれたんです、裕也先輩が俺に死ぬなって言ってくれたから」


 まるで、依存。


「だから俺は裕也先輩のためだけに今も生きているんです。もし裕也先輩が俺以外の人間といることを選んだら、俺、これからどうすればいいんですか、裕也先輩が必要としない俺に存在価値なんてあると思いますか」


 ――何もわかってないですね、優里先輩は。


 悟の言葉を思い出す。裕也君と悟の関係。

 悟にとって裕也君は、自分の命を繋ぐ存在価値の証明なのだ。

 裕也君に「死なないでくれ」と言われなければ、きっと悟は今、ここにいない。その言葉があったからこそ、裕也君がいたからこそ、悟は自分の存在価値を信じて今まで生きてきたのだろう。

 だが。


「裕也先輩がいないと、俺は――」


 それが、どうした。


「その想い、裕也君には言ったの?」

「……言えるわけないじゃないですか」


 それはつまり、告白。あなたがいないと生きていけないという宣告。


「それって、逃げてるみたいで嫌じゃない?」

「……それは優里先輩だって同じでしょう。告白せずに恋の応援なんて……」

「するよ、告白」

「……」


 そりゃ勿論しますよ? 悟さえよければ、一ヶ月経つ前に告白して、正々堂々振られた後に裕也君の恋の応援しますよ?


 きっと私の想いは、裕也君を困らせるし、傷付ける。私だって苦しい想いをするだろう。


 でも。


 傷付けない傷付かない恋なんて、存在しない。


「私の気持ちを伝えた上で、裕也君が好きな気持ちは変わらないから。裕也君の恋を応援するって、伝える」


 驚いたような顔をしてから、悟はどうしても知りたいという目を私に向けた。


「振られるってわかっているのに想いを伝える意味って、なんですか? その後その人と気まずくなったり、もう友達にも戻れないかもって思わないんですか?」

「そりゃ考えるよね」

「怖くないんですか?」

「怖いよ。でも本当に怖いのは、その想いが誰にも伝わらずに自分の中で消えちゃうことだから」


 好きだという想い。大事な大事な宝物。冷凍保存できたならどれだけ便利だろう。

 だけど心というのは、時間と共に廃れてしまう。これほど輝いていて大事にしている想いを腐らせてしまうなんて、未来の自分に申し訳ない。

 甘酸っぱくても綺麗な思い出で終わらせたい。それが答え。


「……優里先輩は強い人ですね。そんなんだから……」


 そんなんだから、なんだろう。悪口を言われる気がするから聞かないけどね……。


 窓から見える木の枝に小鳥がとまっている間、悟は一切口を開かなかった。ただ眠たそうな目で一点を見詰めて、何か考えているようだ。

 小鳥が空に飛んでいった瞬間、悟は静かに息を吸う。


「……裕也先輩がいないと生きていけないって、当時は本当にそう思っていたんです」

「へえ。今は?」

「今も、確かに裕也先輩がいない生活は考えられません。でも、昔ほど裕也先輩だけが大好きなわけではないんですよ」


 大切な人が増えたということだろうか。

 それにしてもこんなにベラベラと自分のことを話してくれるなんて、私のこと、結構信頼してくれているのだろうか。それなら少し嬉しいなあ……なんて思いながら悟の顔を見ると、目尻に涙を溜めるほどの大きな欠伸をされた。


 あ、これ寝不足のせいで寝惚けてるだけだ。ごめんね、私は気付いたら寝ちゃってたけど、悟は起きててくれたみたいだもんね……。

 温かい日が差し込む待合室の中、悟は目を擦り眠そうにしながら、隣に座っていた私の肩に寄り掛かってきた。

 うーん、これはかなり眠そうだ。引き剥がすのも可哀想だしこのままでいてやるか。

 悟はその体勢のまま、ぽつりぽつり話を続ける。


「今の俺には父もいますし、部活の先輩達も賑やかで楽しいですし、クラスにも一応、話し掛けてくれる奴がいますし……あ、一番は勿論裕也先輩ですけどね」

「私は?」

「優里先輩ですか……?」


 今の寝惚け眼の悟からならなんでも聞き出せる気がするぞ、しめしめ……。


「うーん……」

「ほらほら悟、私は何位くらい?」

「……これから決めます」

「ずばり、裕也君の好きな人は!?」

「それは――」


 その質問をした瞬間、意識を手放そうとしていた悟は口を開きかけた。しかしすぐに質問の意味を理解して、慌てて口を押さえ私の肩から離れる。じとーっと軽蔑の入り混じった瞳を向けられるが、普段からその目で見られることは慣れているので、何も感じません。


「……優里先輩って意地汚いというか、卑怯なところありますよね」

「悟には言われたくない」


 私がそう言うと、悟はまた拗ねたように目を背けた。が、再び私の肩に乱暴に頭を預けてくる。

 どうしたの悟、寝ぼけてんの……?


「卑怯ですもんね、俺は……」


 ……あれ、落ち込んじゃったかな?

 そう思って何か慰めるような言葉を探していた私の耳に、悟が呟いた言葉が届いた。


「……裕也先輩に気付いて貰おうとしたって、無駄なのに」

「……」


 前にも悟は、そんなことを言っていた。


 ――気付いてくれるのを待っていたって、駄目なんでしょうね。


 あの時は、寂しそうな瞳で遠くを見ていた悟。でも今は、その目は閉じられていた。


「無駄、です……から……」


 すっと消え入る悟の声。

 待合室の窓から、朝日が差し込む。病院の白い廊下と白い壁が、それを反射して眩しいくらいに私達を照らしていた。すぐ隣から聞こえてくる小さな寝息からは、微かな空気のそよぎを感じる。

 小さく聞こえた悟の最後の言葉に、私の頬は自然と綻んだ。


 ――ちゃんと、自分の口で言わないと。


 瞼の裏で、悟は何を見ていたのだろう。何を見ているのだろう。


「……そうだね、悟」


 いつになるか、わからないけれど。

 それでも私達は歩こう。足踏みするだけの恋は、終わらせよう。

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