お似合い
「さーとる!」
待合室の長椅子に座っている悟に後ろから近付いて、私は驚かすように突然声を掛けた。
ヒビキ君が無事で仲直りも出来た私は、眠気も吹っ飛んでご機嫌である。人間眠すぎると逆に目が冴えるものだ。テスト前の一夜漬け然り。
時間はもう朝の十時を回りそうで、静かだった待合室は、今では一般利用者達の話声で少しだけ騒がしい。
「……あなたは元気ですね」
「へへ、お陰様で」
「弟さん無事でよかったですね、ちゃんと話せましたか?」
「……うん」
やはり悟は、私とヒビキ君に仲直りの機会をくれたらしい。ヒビキ君の無事を祈っている間、ずっと一緒にいてくれた悟には感謝してもしきれない。もしあの時一人だったら、不安と恐怖と後悔で、押し潰れていたかもしれない。
「悟、ありがとう。ずっと手握っててくれて……」
私が素直に礼を言うと、悟は寝不足で疲れ切った瞳を伏せて、思い出すようにポツリポツリと話し出した。
「……俺の母なんですが」
「え? 悟のお母さん?」
確か悟が幼い頃に病死したと聞いた記憶がある。
「病死って言いましたけど、本当は事故死だったんです」
「……え」
「一緒に横断歩道を渡って、信号無視のトラックに二人で撥ねられました。母さんは幼かった俺の頭を抱きかかえる形で即死だったそうです、守ってくれたんでしょうね」
そんな過去が、あったのか。
私はヒビキ君が撥ねられた瞬間を思い出して、胸が苦しくなった。悟はどんな想いで、ヒビキ君の無事を祈る私の傍にいたのだろう。事故で亡くなった自分の母を思い出していたのだろうか。
「……だから俺、ずっと罪悪感がありました」
罪悪感――母を犠牲に生き残った罪悪感だとでも言うのだろうか。
「父も、そんな俺にどう向き合っていいかわからなかったそうです。昔は家でも会話とかなくて、あのぬいぐるみだけが俺の家族でした」
小さい頃に母が買ってくれ、裕也君が縫い直してくれたという、あのクマのぬいぐるみ。
「……家族が無事で、よかったですね」
疲れ切ったように溜め息を吐く。
――責める必要、ないですよ。
悟の口から洩れた、私を慰めるための言葉。けれどその言葉はきっと、悟自身にも向けられた言葉だったのだろう。
自分を庇った母だけが死んでしまい、その罪悪感から父親とも上手く付き合っていけずに。
父親に愛されたくて、いつか許されると信じて。けれどその罰に堪えられなかった悟は、一度自殺する道を選び、そして裕也君に救われ、裕也君と共に生きることを決めた。
……それはとても、危うい想いではないだろうか。
「こんな話をしたの、裕也先輩以外じゃ優里先輩だけですよ」
「ああ、そうなの」
「そうです、信頼の証です」
「はぁ……信頼ですか……」
きゃるんとした仕草でウインクする悟に、私は冷めた目を向ける。ほう、信頼ですか、自分がやった恐喝のことは忘れちゃったのかな?
「信じてますよ、優里先輩――優里先輩は裕也先輩に、手出しをしないって」
「……」
念を押された気分。今更そんなこと言われなくても、今の私の目的は、裕也君の恋の応援だ。
私の方こそ悟に言いたいことがあった。
「悟は裕也君の恋を応援しようとかは思わないの?」
「は? なんでそんな理解不能な行動取らなきゃいけないんですか?」
「理解不能って……好きな人が一生懸命恋してるんだよ? 応援したいなぁとか思わないの?」
「微塵も思いません。そんなことしたら裕也先輩、一生その人に尽くして二度と俺の隣に戻ってこないじゃないですか」
まあ、悟ならそう答えるか。何せ、裕也君に彼女を作らせないためだけに、好きでもない私にキスをしたほどだ。捨て身の術を使ってでも裕也君を独り占めしたい悟は、裕也君の恋の応援なんてしないだろう。
……ん? あれ? そもそも裕也君に好きな人がいることを知ってた悟なら、私を邪魔する必要もなかったのでは……?
「悟、裕也君の好きな人知ってるんだよね?」
「教えませんよ」
「知ってたなら、裕也君が私の告白を拒否するとは思わなかったの?」
やだ、悟ひょっとして本当に私のこと好きで裕也君が好きとか言うのは全部私と付き合うための口実で――
「バカですか? 裕也先輩は『彼女作るかも』って言ってたんですよ? いくら可愛いげも女子力もないおバカな優里先輩からの告白だろうと、受けていたかもしれないじゃないですか」
――裕也先輩の恋は終わったんだと思ったんです。
そう言って拗ねたように俯いてしまう悟。
なるほど。悟にとっては裕也君の片想いが持続されている方が、都合がいいのか。告白できない理由もあるみたいだし、裕也君が片想いを続けている限り、裕也君に彼女は出来ず、仲のいい後輩である自分が裕也君を独占できる。
だから、裕也君が誰かと付き合うかもと言い始めたあの日、悟はあんなにも動揺して私の邪魔をしたのだろう。片想いを終わらせた裕也君が誰と付き合い始めるか、想像もできなかったから。
けど裕也君の恋は終わっていない。そのことに気付いたのは、麗華様と裕也君のデートを尾行したあの日だろう。麗華様を振った裕也君は、好きな人がいるのだと打ち明けていた。あの時の衝撃は今でも忘れられない。
――でも、悟のあの時の冷たい目は、なんだったのだろうか。
「悟は裕也君の好きな人のこと、嫌いなの?」
「……どうなんでしょう。裕也先輩を取られるという点では大嫌いですけど」
でも、と、悟は続けた。
「……お似合いだとは思いますよ」
「……!」
さ、悟がそこまで言う相手……!?




