届く
ヒビキ君の目が覚めたのは、翌日の早朝だった。
両親が病院に到着してからも、悟は震える私の手をじっと握っていてくれた。悟の手も冷えきっていて、私と同じように震えていたと思う。声を押し殺して夜通し泣き続ける私を抱き寄せて、落ち着かせようと何度も背中を擦ってくれた。
何かに怯えたような悟の呼吸音が、耳元に残っている。
いつの間にか寝てしまった私を起こしたのはずっと隣にいた悟で、ヒビキ君の無事を一番に伝えてくれたのも悟だった。
ヒビキ君が目を覚ましたことを聞いた私は、両親とヒビキ君がいる部屋に恐る恐る入っていく。
「……姉ちゃん」
両親と会話していたヒビキ君が、私の姿に気付いて気まずそうな表情を浮かべた。事故に遭う直前に私を突き放したことを気にしているのだろうが、私はそれどころではなく、戸惑うヒビキ君を余所にヒビキ君に抱き付いた。
「ヒビキ君、よかった……!」
「……姉ちゃん、ごめん……」
夜中ずっと泣いていたと言うのに、涙は枯れることなく、再び溢れ出した。けれどそれはもう、不安による涙ではない。
抱き付いた私の頭を撫でて、ヒビキ君は再び「ごめん」と呟く。抱き付いたヒビキ君からは確かな温かさを感じて、私は安心して力が抜ける。
ヒビキ君は病室の扉の方にチラリと目をやると、小さくお辞儀をする。私もそちらを見ると、私達家族に気を遣って病室の外にいた悟の姿が見えた。
※ ※ ※
入院の準備で一時帰宅した両親。私と悟は病室の椅子に座って、目が覚めたヒビキ君と一緒にいた。
「……ごめんね悟、付き合わせちゃって。お父さん心配してない? 今更だけど、連絡した?」
「え、してません……」
「して!?」
「はいはい、それじゃあ俺は連絡してきますね」
そう言うと、悟は椅子から立ち上がって病室から出ていく。連絡をしていないというのは、私とヒビキ君を二人きりにするために吐いた嘘かもしれない。悟のことだから本当に連絡していないということもあり得るが……。
「……あのさ」
「うん、なに?」
悟が病室の扉を閉めてしばらく、ヒビキ君が静かに話し出し、私は寝不足でヒリヒリする瞳を優しくヒビキ君に向けた。
「……俺、姉ちゃんは一生彼氏もできなくて結婚もしなくて実家暮らしで独身のままでいるんだって思ってた」
「お姉ちゃん泣いていい……?」
実の弟からそんなこと言われたら普通泣くよ。
「……でも、違うんだよな。姉ちゃんにだっていつか将来のパートナーができるし、ずっと俺だけの姉ちゃんってわけじゃない……」
「ヒビキ君……」
ヒビキ君が怒っていた理由。女だろうが男だろうが関係ない、その理由。
ヒビキ君は、私が誰かと付き合ってしまうこと自体、嫌だったのだ。遠くに行ってしまうことが。
……バカだなぁ。
「……お姉ちゃんが誰と付き合ったって、お姉ちゃんの弟はヒビキ君だけだよ」
「……」
「もし私が誰かと結婚して家を出たって、私の大切な弟はヒビキ君だけだから」
「……本当?」
「うん」
世界で一番の自慢の弟。可愛い可愛い、たった一人の弟。
「ヒビキ君が望むなら、私一生実家暮らしの独身でいるよ?」
「……うわ、迷惑」
「その代わりヒビキ君もずっとお姉ちゃんの側にいてね」
「……仕方ないな」
お互い本気にしているわけではないが、そんな冗談を言い合える程には、私達も余裕を取り戻していた。よかった、ヒビキ君が無事で本当によかった。仲直りも出来たし、再びヒビキ君の温かい手に触れられて、本当によかった。
神様ありがとう。
普段は私の願いを聞いてくれない神様だけど、今回ばかりは感謝する。
窓の隙間から流れる風が、病室の白いカーテンを揺らした。




