嫉妬
私の声に振り向いたヒビキ君は、私の隣にいた悟を見て怪訝な表情を浮かべる。悟にはヒビキ君のことを話したことがあったが、ヒビキ君に悟の話をしたことはない。
よし、これは私が女の子好きではないことをアピールするチャンスだ、ここで悟を彼氏として紹介してやる! もうすぐ別れることにはなると思うけどね!
「何買ってきたの?」
「……アイス」
「お姉ちゃんの分は?」
「あるわけないだろ」
機嫌の悪いヒビキ君だが、私がノーマルだとわかればきっと普通に接してくれるだろう。私が悟を紹介しようとする前に、ヒビキ君は「この人誰?」と言って悟を指差した。
悟だからいいけど、他人に指を差すのは基本的にやめようね、ヒビキ君。
「ふふん、よくぞ聞いてくれた……」
「は?」
私は無い胸を張って得意げに鼻を鳴らし、大きく息を吸って宣言した。
「お姉ちゃんの『彼氏』だよ! れっきとした男の子!」
「……」
悟の腕に引っ付いて、仲良しアピール。前までは悟が裕也君の前で私にしてきたことで、まさか自分からこんなことをすることになるとは思わなかったが、ヒビキ君の機嫌を直すためにはこれくらいしなければ。
悟も、前に私が言っていたことを覚えていたらしく、弟であるヒビキ君の前で大人しく彼氏の振りをしてくれた。
「この人の彼氏で名取悟です、男です」
うーん、なんて不自然な自己紹介。いや、ここは彼氏だと言ってくれたことだけでも喜ぼう。憐れみの目を向けられたくないからという理由で私の家族に紹介されるのを嫌がっていた悟が、自ら私の彼氏だと自己紹介してくれたのだ。
でも彼女のことをこの人って言うのはやめようね?
「ね、お姉ちゃんはちゃんと男の子と付き合ってるから。誤解は解けた?」
そもそも姉が女の子好きなんて誤解をする私の家族がおかしいのだけど、その原因を作ってしまったのは私の失言だ。
弟にいきなり「男の人好きになったことある?」なんて意味深な質問をしてしまったのだ、私にも責任がある。あの頃は丁度悟の好きな人が裕也君だったと判明して、頭が真っ白だったなぁ。
悟を彼氏として紹介したことで、ヒビキ君の誤解も解けて機嫌も直った――そう思って安心していた私だったが……。
「……女だろうが男だろうが関係ないっつの……」
「……え?」
ヒビキ君の言葉に声が漏れる。
女だろうが男だろうが関係ない……? え? ヒビキ君、私が女の子好きって勘違いをしてたから、今まで家でも避けてきたんじゃないの?
訳がわからず私が呆然としていると、ヒビキ君は益々機嫌を悪くして歩き出した。
私も首を傾げる悟と一緒に、その後ろを歩く。
え、どうしたのヒビキ君。機嫌が悪い理由、私が女の子好きだと思ってたからじゃないの? 勘違いしてたのは、私……?
悟を彼氏として紹介すれば確実にヒビキ君と仲直りできると思っていた私は、思わぬ展開に混乱する。
ヒビキ君の「女だろうが男だろうが関係ない」という言葉の意味も、私達を睨んできた理由もわからない。
「……さ、悟、これどういうこと……?」
「さすが優里先輩の弟ですね、不可解です」
「私が不可解だとでも言いたいの!?」
姉である私が知らないのに、悟が知るはずないか。
ヒビキ君の機嫌が直らない理由がわからず、ヒビキ君に直接聞いてみようかと悟に提案した時、悟から驚いたような表情を向けられた。ん? なに?
「え、優里先輩、マジですか……?」
「は? なにが?」
悟は信じられない物を見る目で、私を凝視する。
え、なになに、私何か変なこと言った?
「あなた本当に姉ですか? むしろ人の子ですか? 感情あります?」
「あるよ!? 感情あるよ!?」
失礼な奴だな! 言ってる意味もわからんし!
私と悟がヒソヒソと話していると、前方を歩いていたヒビキ君の歩く速度が上がった。
機嫌がどんどん悪くなっている気がする。
「ちょ、ちょっと待ってヒビキ君!」
私は思わずその後を追って、ヒビキ君の腕を掴む。渋々立ち止まったヒビキ君だが、その目は抑えきれない何かを訴えるように火照り、私に向けられていた。
「お、お姉ちゃん何かしちゃった? ごめんね、何か気に障ることしちゃったなら謝るから……」
「ッ別に、姉ちゃんに関係ない……!」
「ヒビキ君!」
ヒビキ君は私の言葉を聞くと歯を食い縛り、私の手を振り払って踵を返した。そして逃げるように走り出すヒビキ君の背を、私は慌てて追い掛ける。
「ま、待って! ヒビキ君、そっちは――!」
一陣の風が吹く。ヒビキ君が走り出し、飛び出した先。
青信号の青が点滅し、夕日に照らされオレンジ色に染まった横断歩道。
見渡しが悪く車の姿は見えないけれど、車の音が聞こえていた私は、信号が変わりそうになる横断歩道に飛び出したヒビキ君に手を伸ばした。
「優里先輩――ッ!」
ぐん、と強い力で腕を引かれた私は、私の腕を引いた悟と一緒に後ろへ倒れ込んだ。
その瞬間、耳を劈くようなブレーキ音と、重い衝突音が響く。
――見開いた目の視界の先で、ヒビキ君が力なく倒れていた。




