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なぜか私は恋敵と付き合っています  作者: 多美橋歌穂
第九章
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悟のお父さん

「どうぞ、ゆっくりしていって」

「お、お構い無く……」


 紅茶からゆらゆらと立ち上る湯気。その横には、有名な洋菓子店のケーキが置かれている。


 見慣れぬ部屋に、他人の家の匂い。緊張で冷えた手足を、程よい暖房が温めてくれる。


 そう、ここは私の家ではない。名取悟の家である。

 そして私に紅茶を出してくれたのは、悟のお父さん。カフェでそっとお金を置いていった、その人だ。

 あの時は帽子を深く被っていたから顔までは見えなかったけど、こうして間近で見るとどこかの俳優のような整った顔立ちをしている。優しい雰囲気があるからか、悟とはあまり似ていない感じがした。


 なぜ私が日曜日の真っ昼間から、悟のお父さんに紅茶を入れて貰っているのかというと……。


「昨日はうちの悟がお世話になりました。なんと礼を申し上げればいいものか。その傷も本当に――」

「い、いえ、本当に私は大丈夫ですから! これくらいすぐ治りますし、私の方こそ変な気を遣わせてしまって申し訳ない!」


 昨日の件は悟のお父さんにも筒抜けだったらしく、直接礼を言いたいからと、電話で悟に呼び出されたのだ。

 最初は親子揃って私の家に来るとか言っていたのだが、家族を巻き込み大事にしたくなかった私は、一人でここまで来たのである。

 私の両親には顔面から転んだ傷だと言ってあるし、余計な心配は掛けさせたくない。

 ただでさえ私の特殊な恋愛事情で余計な涙を流させてしまったのだし……。


 悟はどこか落ち込んではいるが、変に気まずいということもなく、毒舌はいつも通り。

 電話でもいつも通りの様子だった。


「いやいやそんな怪我をしてまで息子を護っていただいて感謝しております本当にありがとうございます責任は取ります!」

「いやいや私が勝手にしたことですから責任とかそんなんいいですからそんなつもりじゃありませんから!」

「優里先輩唾飛んでます汚いです」

「いたっ」

「いてっ」


 自分の部屋から戻ってきた悟が、いつもの調子で私の脳天を叩いた。

 そしてついでのように自分の父親の後頭部も叩く。こいつ父親に対してもこんななのか……今考えてみると、裕也君への態度が特別なだけで、他の人には大体こんな感じなのかも。私にだけ辛辣とかそういうわけではないらしい。

 でも父親を殴るのはダメでしょう……。言ってやらねば。


「悟、実の親に向かって暴力はダメだよ?」


 私がそう言うと、悟は目を伏せて暗い表情をした。

 え、なに。私何かまずいこと言った……?

 私が不安になっている中、悟は重い口を開く。


「俺達、血は繋がってないんです……」

「……えっ、あ、そうなの、ごめん……」


 とんでもないことサラッと言われた……。

 と思ったら、悟のお父さんが勢いよく立ち上がった。


「いやいやいや繋がってるからな! 父さん達繋がってるよ悟君!?」

「うるさい!」

「いだいっ!」


 じょ、冗談かよ、もっと笑える冗談言ってよ!


 悟に調子を崩された悟のお父さんは、コホンと咳払いをして冷静さを取り戻す。


「取り乱してしまってすみません。しかしこの度は本当にご迷惑をお掛けしました」

「いや本当、大丈夫なんで……ケーキご馳走さまです」


 そういや最近毎日ケーキ食べてない? 都子先輩にも御馳走して貰ったし、誰か私のこと太らせて食べる計画でもしてるのかな?


「悟も気にしなくていいからね、悟のせいじゃないから」

「別に気にしてませんよ、あなたのことなんて」

「こら、悟」


 お父さんに静かに怒られた悟だが、平然とした顔で洗い物を始めてしまった。

 カチャカチャと皿のぶつかる音だけが響き始める。


 私とお父さんは悟に聞こえないくらいの声量で話し始めた。


「……すみませんね、なんか」

「いえ、悟君っていつもあんな感じですし」

「学校でもあんな感じ? 学校の話全然してくれないんだよぉ……」

「教室ではどうなのかわからないですけど……部活では、大好きな先輩と一緒にいる時楽しそうですよ」


 そりゃあ幸せそうです。


「あ、叶君でしょう」

「え、知ってるんですか?」

「あの子の作る料理、ホントに不味いんだよ! オムライスなのにゴムの味すんの、悟に食べさせられて本当辛かった……でも叶君は美味しいとか言っててさ、味音痴に料理はさせられないよなぁ」


 裕也君が料理下手だと……!?


 確かに裕也君って、トウガラシの鷹の爪が本物の鷹の爪だという悟の嘘を、未だに信じてるんだっけ……。


 悟のお父さんはその時のことを思い出したように、声を出して笑う。

 裕也君にも苦手なことってあるんだ……。


 一方会話に入っていなかったはずの悟にもお父さんの言葉が聞こえていたらしく、こちらを見ずに声だけ返す。


「誤解しないでください優里先輩。裕也先輩の名誉のために言いますけど、あの時はこの人が勝手に失敗作を食ったんですよ。裕也先輩はレシピ通りに作れば常識の範囲内です」

「悟が父さんに食べてみたらって言ってきたんだろ! あの時は美味しいって言うのにどれだけの精神的苦痛を味わったことか!」

「青ざめてんのめっちゃウケたわ」

「父さんの苦しむ姿がウケただとっ!」


 悟のお父さんは子供のように喚き、皿を洗う悟の後ろから、ちょっかいを出す。親に構って欲しい子供……いや、子供に構って欲しい親の図だ。一見クールな人に見えて緊張してたけど、息子と会話する姿はとてもいいお父さんに見える。


 ――小さい頃から、家庭というか、家族関係というか、そういうので悩んでて暗かったんですよ。


 ふと、悟の言葉を思い出した。家庭環境、家族関係。悩んでいて暗かったと言っていたが、こんなに温かい家庭に何か問題でもあったのだろうか。


 聞かない方がいい気がするし、触れないでおくか。


 ……ていうか。


「悟、触れちゃいけないのかと思って黙ってたんだけどさ」

「なんですか?」

「……あのぬいぐるみ、趣味悪すぎない?」


 私が指を指したのは、クマのぬいぐるみ――を、一度滅茶苦茶に切り裂いて後から繋ぎ合わせたようにしたボロボロのぬいぐるみ。目の黒いボタンが片方だけ取れかけて、見ていると不安定な気持ちになる。

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