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なぜか私は恋敵と付き合っています  作者: 多美橋歌穂
第八章
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 騒然となる周囲は私達を避けるように更に離れていく。


 その中心で、私は空のコップを近くのテーブルに置きながら頭を下げた。


「ごめんなさい、手が滑りました」


 しばらくの間、彼らは呆然と私を見る。

 林田は最初何が起こったのかわからないといった顔をしていたが、状況を把握した途端、顔を真っ赤にして私に詰め寄ってきた。


「――てめぇなめた真似してんじゃねえぞ!?」

「私は頭を下げて謝りました。あなたも頭を下げて悟に謝りなさい」

「はっ、誰がそんな奴に頭なんか下げるかよ!」


 下っ端三人のうちのもう一人も、にこやかな顔ではあるが完全に笑っていない目で私を睨んできた。

 二年生くらいだろう、ひょろひょろした身体つきをしている。


「彼女さ~ん、ちょっと調子乗ってね? 彼氏が助けてくれるとでも思ってんの?」

「名取っつったっけ? 彼女の不始末はお前の責任だよな、かわいい後輩の服どうしてくれんだよ?」

「……それは」

「頭を下げろって言うのが聞こえませんでした? そんなピアスばっかり付けてるから耳が悪くなるんですよ」

「……」


 何も言わずに私の胸ぐらを掴んで、目を見開きながらじっと私を見詰める男。

 苦しい。身長差のせいで少し足が浮きそうになりながらも、その目を睨み返す。


「お前何様だ?」

「あなたは関係ありません、そこの一年に言ってるんです。早く前に出てきたらどう? 先輩達に守られてないと歩くこともできないわけ?」

「はあ? なんで俺がよりによってそいつに謝んなきゃいけないわけ? 頭おかしいんじゃねーのブス」


 ブスとまで言われて黙っておくわけにはいかない。

 こちとらあの圭介の悪人面を何年見て来たと思ってるんだ、こいつらの悪人面なんて序の口である。


 だが私がまた何か言い返そうとすると、私の後ろで静かにしていた悟が小さく私の服を引いた。


「優里先輩、俺はいいですから行きましょう……」

「逃げんじゃねーよ! 靴舐めて土下座しろ! 土下座!」

「……」


 それを聞いて弱々しく前に出ようとする悟の腕を、私は無理矢理引っ張った。

 土下座なんてふざけてる。


「どうしたの悟、いつもの悟はどうしたの」

「いいんです、俺は慣れてますから。悪いですけど優里先輩、今日はもう先に帰ってて貰えますか?」


 それはつまり、こいつらの相手を一人でするという意味だ。

 あの林田とかいう男、中学生の時に悟をいじめていた主犯格だろう、そんな奴がいる場所に悟を置いて行くなんてことできない。


 私の憧れる裕也君だって、そんなこと絶対しない。


 絶対。


「……帰んないよ」

「俺はいいですから」

「っ……私がダメなの!」


 俺はいいですから――そう言った悟の表情。

 それを見た私は、悟に対して怒鳴っていた。単純に悟に対して怒りを感じたのだ。


「うるせぇ女だな、そいつが土下座すれば許してやるっつってんだろうが」

「あなた達に土下座する価値なんて微塵もない! 謝る気がないならさっさと消えて!」

「……女だからって殴られないとでも思ってんのか?」


 その瞬間、左頬に走る熱。

 男の拳が直撃し、僅かに口の中で血の味が広がった。


 ブスだと言われようが殴られようが、私は睨み付けるのをやめない。

 腹が立つ、ここまで来たら徹底的に謝らせないと気が済まない。

 いっそ昔のイジメについても謝らせてやりたい。


 私が怯まないのを見た三人が、未知の物を見たような、そんな顔をする。


「って、てめぇ……!」

「っ優里先輩――」


 再び振り上げられる拳。悟が私を呼ぶ声。

 再び来るだろう痛みに耐えるために歯を食い縛ると、予想外のことが起きた。


 私を殴ろうとしていたひょろい男が、横から殴られて吹っ飛んだのだ。


 圭介……? いや、圭介は今日、都子先輩に捕まっているのだ。そんなはずはない。


 何事かと見る。するとそこには、憤慨した様子の権藤という男がいた。


「てめえら女の顔殴るんじゃねえぶっ殺すぞ!」

「で、でも権藤さん! こいつ――」

「男が四の五の言うんじゃねえ! この姉ちゃんに謝れクソ野郎が! 全員だ!」

「あの、私じゃなくてこっちに……」

「おう、林田ぁ! 謝れ!」

「す、すいやせん!」

「俺じゃねえこっちだ!」

「すいやせんッ!」

「そっちじゃねえあっちだ!」

「すいやせぇぇんッ!」


 もはや誰に謝っているかもわからないし、私がさせたかった謝罪と微妙に違う……。


 私が何か言ってやろうと口を開きかけた時、その声は響いた。


「――ちょっとちょっと君達! 何してんの! 君達どこの高校!?」


 突然野次馬の中から発せられたのは、若い男の人の声。

 どうやら騒ぎに気付いた親切な人が、止めに入ってくれたらしい。

 更に。


「おまわりさーん! こっちです!」


 遠くで誰かが叫ぶ声。

 それを聞いた権藤という男、警察には関わりたくないらしく、舌打ちをした後「行くぞ」と言って他の三名と一緒にその場から逃げてしまった。


 追い掛けようかとも思ったが、私の後ろで青ざめる悟を見て、深追いはやめることにした。

 ぶちまけたジュースの跡が、地面に虚しく残っていた。

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