傷
「優里先輩、まだ顔おかしいですよ」
「え、嘘」
「あっ……すみません、優里先輩にとってはそれが普通でしたね」
「言いたいことはわかった」
顔を洗ってお手洗いから出ると、先に出て待っていた悟が当たり前のように喧嘩を売ってくる。
が、売られた喧嘩をいちいち買っていては仕方ない。
私は年上らしく冷静に応対し、「頬っぺたにアイス付いてるよ」とデタラメを言いながら悟の頬をハンカチでグリグリした。あら柔らかい、マシュマロマシュマロ。
その後一発殴られてから、私と悟は三上君が言うような進展は何もないまま、二人のいるテーブルに戻ろうとした。
進展も何もない。
悟も私もそんなの望んでないし、むしろ裕也君を独り占めしている三上君に殺意を覚えるほど。
悟も同じなのか、さっさと裕也君の元へ戻ろうと若干早足である。
「ちょ、ちょっと待って悟……」
人混みの中を彼女放って歩いていってしまう悟。
すごい悟、人と人との間を最小限の動きで切り抜けてる。
運動神経関係あるのかわかんないけど、圭介の木刀攻撃を最小限の動きで避けていた時のことを思い出した。
人を避けるの得意なのね、さすが裕也君以外受け付けない人間嫌いのプロ。
私が必死で悟に追い付こうと人混みにチャレンジしていた時、肩が誰かに強く当たってしまった。
これだから休日は……。
「す、すみません……」
私はぶつかってしまった人に小さく謝罪をする。
人混みでぶつかってしまった場合、普段ならこれで済むのだが……。
「あ?」
私がぶつかってしまったその人は、未成年に見えるが柄の悪いヤクザのような凶暴な顔をしていた。
背も私より……長身の裕也君よりあるかもしれない。まるで大木。
私はそんな人にぶつかってしまったのを死ぬほど後悔した。
謝ったのはいいが、睨まれてその場を動けない。蛇に睨まれたカエルみたいになっている。
更に近くには仲間もいたようで、柄の悪い人達が新たに三人現れた。エンカウント率ぅ。
「んだよこいつ」
「ぶつかってきやがったんだよ」
「権藤さんにぶつかるとかいい度胸じゃねえかああん?」
ぶつかるのに度胸も何もないです!
「あ、いや本当すみません急いでいたもので……」
私が先程よりも深く頭を下げると、私がぶつかった権藤という男――恐らく高校三年生だと思うが、彼は意外にも「そうか、気を付けろよ」なんて言ってくれた。
や、優しい……。
仲間達は気に食わないようで「許していいんですか!」なんて詰め寄っている。
その時。
「優里先輩、何やってんですか、早く行きますよ」
「悟!」
なんだ戻って来てくれたのか。
悟は今日私がしたように私の手を取って、その場から遠ざけようとしてくれる。
ぶつかっておいて無責任だとは思うが、不良達とあまり関わりたくはなかったので、私は悟と一緒にひっそりとその場を離れようとした。
だが、不良共の一人がこちらに気付き、意外なことを口にする。
「――名取じゃん、ひっさしぶり~」
一年生、だろうか。不良達の間では一番下っ端に見える男子が、悟の名前を呼んだのだ。
知り合いなのかと悟を見ると、少し顔色が悪くなったのがわかる。
「……悟、知り合い?」
「知りません。早く行きますよ」
「んだよつめてぇな、俺達友達だろ?」
悟に友達!? そんな馬鹿な!
私が驚いて固まっていると、その男子生徒は飲んでいたジュースを片手に悟に近付き、フレンドリーな態度で肩に腕を回した。
親しい友人同士のようなその光景に、私は思わず少し距離を取る。
「……人違いです」
「名取悟だろ? 俺だよ、林田将! 中一の時よく一緒に遊んだよな?」
ん? 一年生の時……?
……それって確か、悟がイジメられていた――
嫌な予感がした時には、既に遅かった。
林田という一年生は、手に持っていたジュースの中身を、悟の頭にぶちまけたのだ。
「……」
悟の前髪からポタポタと滴るジュースが、コンクリートの地面に吸い込まれていった。
周囲の人達はチラチラこちらを見ながらも、明らかに私達を避けているのがわかる。
「わっりぃ、手ぇ滑ったわ」
「お前そりゃねえわー」
「ジュース勿体ねえ」
「……お前らなぁ――」
下品な声で笑う三人に、私の心は冷めていく。
たったさっきまで不良にぶつかってしまったことに後悔したり、睨まれて怖くて固まったりしていたのが、嘘のように。
固まっていたはずの身体が動く。怖くて上がっていた心拍数が落ち着く。
権藤という男子が何か言おうとしていたのを遮るように、私は一番側にいた不良男子生徒からジュースをひったくり、その中身を――林田目掛けてぶちまけた。
悟にジュースをぶちまけた、その男に。




