言いかけた想い
「――そ、そんなこと言うなんて、裕也君らしくないよ!」
「え?」
突然の私の大声に、裕也君は少し吃驚したように背筋を伸ばした。
「裕也君はもっと自信持っていいと思う! その人も裕也君のことが好きかもしれないし、誰に嫌われようと、その人が裕也君を好きなら、結果オーライだよ! それに、どんなことになっても、私は絶対裕也君のこと嫌いにならないから!」
きっと、悟も。
だからそんな悲しい顔で笑わないで。
私にとって、裕也君の幸せは一番。
裕也君が幸せになれるなら、私はこの恋を……。
「私、裕也君のその恋応援するよ! 私に出来ることがあるなら何でもするからね!」
応援する……そう口には出したものの、心の底で期待していた。
……裕也君の恋が、失敗に終わることを。
自分の心の中にこんなに醜い感情があったのかと驚くくらいだ。
裕也君だって好きな人に振られたらきっと悲しむ。泣いてしまうかもしれない、心に深い傷を負ってしまうかもしれない。
それなのに、それを願う私。
私は裕也君が好きだ。でも、裕也君が悲しむ結末を望んでいる。なんて最低なのだろう。
「……そっか。ありがとね亘理さん、でも俺、もういいんだ」
「っ……」
「その人がいる高校ではもう、彼女は作らないって決めたから。他に好きな人がいるのに誰かと付き合うなんて、相手の人に対して失礼だし。その人のことを完全に忘れることができたら、改めて始めようって思ったんだ」
別の恋を、ということだろう。
でも裕也君は本当にいいのだろうか。裕也君の話では、その人に想いを伝えないまま諦めてしまうということだろう。
一度も伝えずにいていいのだろうか、裕也君はそれで苦しくないのだろうか。
私にとっては好都合かもしれない。
裕也君は絶対に無理だと思っているようだが、その人とうまくいく可能性だってゼロではないだろう。
真剣な顔の裕也君。きっとその人のことが本気で好きなのだ。
「……そんなの、嫌だよ」
「え」
私が裕也君のことを好きなら。
本気で幸せを願っているのなら。
付き合って欲しくない、他の誰かと幸せな恋人生活を送って欲しくない――心でなんと思おうと、矛盾が生じようと、私が取るべき行動は一つではないか。
「諦めるなら、それこそちゃんと想いを伝えないと。ちゃんと返して貰わないと。裕也君、一生後悔しちゃうよ」
私みたいに。
「……」
裕也君がこの言葉をどう受け取ったかはわからない。
ただ遠くを見詰めて、膝の上の拳を強く握りしめている。
何か大事なことを決断しようとして、けれど躊躇いを抑えきれず、息ができない苦しさにもがくように。
「……亘理さん、俺――」
そんな裕也君が何か言おうとした、丁度その時。
「――裕也っ!」
突然校舎裏に響く女性の声。
私と裕也君は吃驚して、揃って肩を跳ねさせた。
その声の主は、一年生の女子生徒達が去っていった方からずかずかと近付いて来て、私を一睨みした後に、裕也君さえ睨み付けた。
涙目で金髪の縦ロールを揺らした美少女――龍宮麗華。
「私っ、私! 裕也のこと諦めたわけじゃないから!」
日曜日のデート(仮)での告白を振られ、一昨日の朝、裕也君とまともに挨拶も出来ないほど消沈していた麗華様。
その麗華様が今、裕也君の胸倉を掴んでカツアゲを……じゃない、涙目でなにやら叫んだ。
諦めたわけじゃない――ということは、これは宣戦布告。
「りゅ、龍宮先輩、どうし――」
「私、一度や二度振られたって諦めないから! 私そんな弱い女じゃないし!」
「あの、わかったのでネクタイを……!」
丁度制服のネクタイを掴まれた裕也君は、首が絞まっているらしく青白い顔をしている。
私はあまりに突然の出来事に頭が混乱するばかり。
「裕也の好きな奴よりいい女になってやるから! 後で裕也の方から告白させてやる……!」
「は、はい……」
取りあえず麗華様手を離してあげて! 裕也君が死にそう……!
「まずは私を振ったことを謝って貰うわ!」
「ご、ごめんなさ――」
「いいえ許さないわ! 私のことはこれから『麗華先輩』って呼びなさい! さあ!」
「え、なんで急に」
「いいから呼びなさい! 早く呼ばないと落とすわよ!」
え、意識を?
裕也君は無我夢中で「麗華先輩苦しい……」と呟く。
すると麗華様はその応えに満足したようで、ようやく裕也君の首を解放した。酷い恐喝現場を目撃してしまった……。
「ふん、それでいいのよ。明日から部活出るから覚悟しておきなさい」
言い捨てて、麗華様は来た道をさっさと戻っていく。
と、その途中、ばっとこちらを振り返った麗華様は、ほんのり顔を赤らめながら私を真っ直ぐに見詰めて言い放った。
え、裕也君じゃなくて私……?
「き、昨日はありがとね!」
「え?」
「プリントっ!」
そのまま麗華様は走り去る。
昨日、プリント……麗華様が落としたプリントを、私が拾ってあげた時のことだろうか。
麗華様に礼を言われるなんて思っていなかった私は、麗華様の意外な一面を前に心が温かくなる。
麗華様にありがとうなんて言われた人類、私が初めてなんじゃない?
嵐が通り過ぎたような気分だ。
私は苦しさから解放され咳き込む裕也君の背中を撫でてあげながら、何が起こったのか考えた。
「……」
結論。麗華様が元気になってよかったよかった。




