まるでそれは
校舎裏のベンチに座り、物理的やら精神的やらいろいろな意味で真っ赤になりながら、貰ったティッシュを丸めて鼻に詰める。
未だかつて、恋愛成就の木の下で好きな人と一緒に座りながら、好きな人から貰ったティッシュを鼻に詰める女子高生がいただろうか……。
なんて呑気に考えている場合ではない。
裕也君は鼻血を滴らせる私を発見した途端に慌ててティッシュを取り出して、流血を止めつつベンチに座らせてくれた。
けど、盗み見していたことは完全にばれてしまった。言い訳のしようがない。
だが魚拓よろしく窓ガラスに張り付いた私の突撃顔面跡はバレていなかったようなので、一安心……してもいいのか、どうなのか……。
「上向かない方がいいよ、鼻摘まんで前向いてて」
「ご、ごめんね、もう大丈夫……」
「そっか、よかった」
「……」
「……」
気まずいよねぇ、そうだよねぇ。
私達は見られたくないところを見られてしまい、お互いにどう切り出していいものか悩みに悩んでいた。
私が盗み聞きしていたことはもうバレているだろうが、わざわざ嫌なことを蒸し返す必要はない。
だがこのまま無言なのも、今後の関係に支障を来してしまう気がしてならない。
時間だけが過ぎ、実際一分も経っていないと思うけど、ただの十数秒がとてつもなく長い気がした。
風に揺れ擦れ合う葉の音さえも、耳元で鳴っているように大きく聞こえる。
私は、なんとなく血の味がする唾を飲み込んだ。なんとなくではなく本当に血の味だとは思うけど。
そして今が昼休みだったことを思い出して、一緒に昼ご飯でもどうかと裕也君を誘おうと、口を開き掛けた時。
「――俺って、やっぱり無責任かな」
ぽつり。
誰に対しての言葉でもないような呟きが、裕也君の口からひっそり零れる。
校舎裏に立つ桜の木を見詰めたまま、自分に問うように。
酷く落ち着いた声の裕也君は、数週間前まで満開の桜を咲かせていたその木の見上げ、息を吐いた。
寂しそうに、悲しそうに。
地に落ちた鳥を見るような、そんな目で。
「……優しさに責任なんて、ないと思うよ」
私は裕也君の突然の言葉に驚きながらも、裕也君の問いに応えることにした。
誰かに言われたわけではないだろうに、自分の優しさが無責任だと感じるのなら、それは自分が長年心の底で思っていたことなのだろう。裕也君が長年背負ってきた弱さなのだろう。
先程の一年生の女の子のように、優しさを「特別」と感じる人達にしてみれば、誰にでも優しいというのは、ある意味残酷なことなのかもしれない。
でも。
「裕也君が優しいのは、裕也君自身が『みんなから愛されたい』って思ってるからでしょ?」
もし裕也君が自分の優しさで傷付くのなら、私がその傷を癒してあげたい。
愛されたいと願うのは、人間の本能だ。
「愛されたいって感情、人間なら持ってて当然の感情だよ」
だから。
「裕也君はそのままの裕也君でいいと思う。私は……」
裕也君が悲しむ顔は見たくない。
その優しさを無責任だなんて思って欲しくない。
その優しさで救われている人間が、少なくともあなたの周りに二人はいるんだよって、伝えたい。
私は迷子の子供のように弱々しく俯く裕也君の手を、半ば強引に掴んだ。
驚いて私の目を見る裕也君。やっと目を合わせてくれた裕也君に、私は今の想いを力強く伝えた。
「――私は、今のままの裕也君が好きだよ」
一陣の風が吹く。まるでそれは、愛の告白のようで。
目を見開きこちらを見る裕也君の顔が、至近距離に見えた。
裕也君を励ますことに必死だったけど、これは非常に……マズい。
今更ながら、顔が赤くなっていくのがわかる。
だって傍から見たらいいこと言ったように見えるかもしれないけど、私これ、最初から最後まで鼻声だからね? 鼻に詰めたティッシュから血が滲み出てるからね?
ただでさえ今、他人に見られたくない顔ナンバースリーに入るほどの間抜けな顔だというのに、こんなに裕也君と顔を近付けて、私は一体何をやっているのだろう。
私は慌てて裕也君から離れて、ベンチの一番端まで遠ざかる。鼻血が噴射しそう。
あああああ、私何やってんだろおおお……。好きとかもうこれ告白じゃないですかぁ!
頭を抱える私。裕也君と顔を合わせられない。
「……俺も」
「……え?」
思わず顔を上げると、ほんのり顔を赤らめた裕也君が、私に柔らかい微笑みを向けていた。
そして改めて口を開く。
「――俺も、今のままの自分が一番いいと思う」
そう言って裕也君は苦笑いを浮かべたが、無理をしている笑顔ではないことはなんとなくわかった。
そうだ、今のままの裕也君だって十分素敵な人だ。
人のために悩むのことのできる、心の温かい人。
私はそんな裕也君が大好きなのだ。




