何もできない
まさか悟の教室に行く途中に「人混みが面倒」という理由で通った人通りのない廊下で、運悪く告白現場に居合わせてしまうとは、夢にも思わなかった。
裕也君が彼女を作る気が無いことは全校生徒が知っていることだが、入学してきたばかりの一年生の中には、「もしかしたら」なんて期待に突き動かされて、こうやって裕也君に告白をする子達がいる。
勿論全部振っているみたいだけど、振るごとに裕也君が傷付いているのだということは、麗華様との件を考えれば容易に想像が付く。
モテない男子からしてみれば羨ましい限りだろうが、モテ過ぎるというのも色々と大変なのだと、裕也君を見ていると同情したくなってしまう。
大変だね裕也君……何もできなくてごめんね……。
「叶先輩、好きです! 私と付き合って下さい!」
可愛らしい声の女の子が、裕也君に想いをぶつける。
私自身が隠れているから顔は見えないけれど、きっと今頃真っ赤になっていると思う。
が、裕也君の答えは、やはり想像していた通りのものだった。
「……ごめん、今は誰とも付き合うつもりはないから」
今まで何十回も言って来たのだろう。裕也君のその言葉は、なんとなく心を感じなかった。
優しい裕也君しか知らない私は、若干冷めた裕也君の言葉に、少しばかり息を飲む。
裕也君が女子からの告白を片っ端から振っているのは噂で知っているだろうし、一年生のその子も「やっぱりか」みたいに納得して去っていくだろう。
……なんて甘い考え、私だけだったようで。
「……叶先輩、私知ってるんですよ」
震えている声。涙目であろうことは想像できたが、その震え声には若干怒気が含まれているように感じた。
裕也君を責めているような、そんな冷たい感情が。
「好きな人がいるんですよね? だったらどうしてその子に告白しないんですか? こうやって告白してくる女の子を片っ端から振るのが楽しいんですか……?」
「そんなこと――」
「ありますよ! みんなに平等に優しくして……私が叶先輩にとって何なのか、わかりません! 叶先輩が私に優しくしてくれるのは、私が叶先輩にとって『その他大勢』だからですか!? どうでもいい存在だからですか!? 叶先輩、私に優しくしてくれたから、だから私特別だって勘違いしちゃったんです! 誰にでも優しくして、他人に興味がないから、関心がないから、だからみんなを平等に扱っているだけなんですか!? 私、叶先輩が何考えてるのかわかりません――っ!」
そこまで言った女子生徒は、着いて来ていた二人の友人に止められた。泣き始めてしまった女子生徒を、一人が慰めながら連れて行く様子が聞こえる。
私は思わず、窓からひっそり顔を出し、外の様子を確認した。
友人の一人はその場に残り、二人が遠ざかったのを確認してから、裕也君に頭を下げる。
「叶先輩すみません! あの子本当はすごくいい子で、さっきのは本心じゃないと思うんです。ただあの子、数週間前に彼氏に浮気されて傷付いちゃってて……そんな時に叶先輩に優しくして貰ったみたいで、すごく元気よかったんです! だから私達も、告白しちゃいなよとか無責任なことを言ってしまって……本当にすみませんでした……!」
叶先輩が誰とも付き合わないって、噂で知ってたのに――そう言って再び深々と頭を下げる女の子。
きっとこの子は、先程の女の子を本当に大切な友人だと思っているのだろう。
傷付いていた友人が元気になるのが嬉しくて、舞い上がらせてあげたくなった――その気持ちはなんとなくわかる。
だがその言葉で再び友人が失恋を味わってしまうことになるのは、なんというか……悲劇的だ。
その女の子が何度もペコペコ頭を下げながら、他の二人が去っていった方向へ小走りで走っていった。
裕也君はその子に「気にしないで」と言って困ったように笑っていたけど、裕也君自身、さっきの女の子の言葉を忘れられないようだった。
一人になった裕也君は途端に俯いてしまって、私は思わず「裕也君が泣いちゃう!」と思って形振り構わず立ち上がってしまう。
が、しゃがんでいた時スカートの裾を踏んでいたらしく、見事顔面から窓ガラスに激突し、激痛を味わった。
そしてその音に気が付かないほど、裕也君も難聴ではない。
あまりの痛みに再びしゃがみ込んでしまっていた私を、半ば恐る恐るといった体で、窓ガラス越しに覗き込んでくる。
そして私の顔を見た瞬間、驚愕の表情を浮かべた。
「亘理さん! 鼻血!」
鼻取れたかと思った……。




