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なぜか私は恋敵と付き合っています  作者: 多美橋歌穂
第一章
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空振りの告白

 結局その日、裕也君の様子はいつもと一緒だった。

 私に対しても特に変わった様子はなく、ラブレターについても放課後についても、何も聞かれない。


 ひょっとしてラブレターに気付かなかったのかと心配になって裕也君の下駄箱を確認しに行ったけれど、そこにラブレターはなかった。

 何度も確認したから、他の人に下駄箱に入れ間違えたということはない。


 誰かに見付かったのだとしても、裕也君が女子の告白を百パーセント断ることは周知の事実だ。

 わざわざ邪魔をする必要なんてないはず。


 気を遣っていつも通りを装ってくれていたのだろうか。

 それとも女子からの告白なんて慣れ過ぎて今更ドキドキするようなことでもなかったのか。


 ……それはそれでちょっとショックだけど。


 まあ、指定した空き教室で待っていればわかることだ。

 裕也君は今まで女子からの呼び出しを無視したことはないし、ラブレターを読んでいてくれれば必ず来てくれる。


 私は図書室で時間を潰して、剣道部の部活が終わる頃に指定した空き教室へ向かった。


「お邪魔しまーす……」


 誰もいないことはわかっているが、私は一応そう挨拶をして空き教室の扉を開けた。


 普段こんな時間まで学校に残っていることは少ないけど、この時間は夕日が綺麗だ。

 幻想的な赤みを帯びた夕日の色が教室全体を包み込み、肌寒いはずの空気に確かな温かみを与えている。


 普段は何も感じないはずの教室が一変し、自分が一つの絵の中に迷い込んだような美しい景色を前に、思わず足が止まった。


 これほど美しい場所で好きな人に告白ができるなんて、理想的にもほどがある。ロマンチックだ。

 いけるかも、なんて期待が沸き起こる。私が男なら落ちる!


 無造作に置かれた予備机に寄り掛かって、私は深呼吸をした。

 まだかなぁなんて悠長に待っていたけれど、いざ時間が近付いてくると、心臓の鼓動が確かにその存在感を強めてくる。

 心なしかお腹の調子が……。


 そろそろ部活も終わって帰り支度も済ませた頃だ――私がそう思った時、一人分の足音が遠くから聞こえてきた。


 廊下と上靴が擦れる音。

 それは確かにこの空き教室へ近付いてきている。


 ――き、来た……!

 やっぱり、ちゃんとラブレター読んでくれてたんだ!


「っ……」


 落ち着かなきゃ、大丈夫、一年間ずっと好きだったんだ、適当な気持ちで告白するわけじゃない、真摯に告白すれば裕也君だって真摯に応えてくれる。

 裕也君はそういう人だ。


「……よし」


 私は気合を入れ直し、教室の扉をじっと見つめて裕也君が入ってくるのを待った。足音が止まる。扉の目の前だ。コンコン、とノックをされる。


「……どう、ぞ」


 緊張で掠れた声で、私はそのノックに返事を返す。とうとう、この時が来た。

 私は我慢できなくなって、思わず扉に背を向けて窓の外に広がる夕焼け空を見ることにした。

 優しい赤色を見ると少しだけ心が安らぐ。


 ――ガラッ。


 背後で扉が開かれる音が耳に届く。


「き、来てくれてありがとう……」


 まずは来てくれた事にお礼を言う。ここまではシミュレーション通りだ、始まったばかりだけど。


 でもこのまま顔を見ずに告白はさすがに失礼だし、ラブレターで呼び出した意味がなくなってしまう。

 私が裕也君をわざわざここに呼び出したのは、逃げずに真正面から裕也君に告白をするため!


 ええい! こうなりゃ自棄だ!

 私は体の震えを振り払うように勢いよく背後を振り返り、一世一代の告白の言葉を彼にぶつけた。



「――裕也君、好きです! 私と付き合ってください!」


……。

…………。


 静寂に包まれる。先ほどまで温かいと感じていた夕日の赤が、一瞬にして青に変わってしまったのではと錯覚するほど、私の頭はサアッと冷めていった。


「……」


 ……あ、れ……?


 振り返った先――そこに裕也君はいなかった。

 代わりにいたのが、そこにいるはずのない人間。


「――もっと捻った愛の言葉は見付からなかったんですか、先輩」


 顔もわからない、名前さえ知らない、だけど声だけはちょっと聞き覚えのある一年生の男子生徒が、そこに立っていた。


 綺麗な黒髪で、背は低いが顔立ちも整っている、童顔の男の子。


 突然のことすぎて頭が追い付かない。

 こんなのシミュレーションになかった。


 私はぽけーっとした間抜けな顔で、見知らぬ男子生徒の突然の登場に呆然と口を開けたままになる。


 しかし男子生徒がこれ見よがしに手に持っていた物を視界に入れた途端、私の頭は現実世界に引き戻された。


「そ、それ、私のラブレター!」


 桜の模様が施された、淡いピンク色の可愛らしい封筒。

 私のお気に入りの封筒で、裕也君へのラブレターに選んだ物だ。


 それをなぜ、目の前の彼が持っているのだろう。

 それに、私が告白した時、彼はなんと言った?

 私は短い記憶を遡って先程言われた言葉を思い返す。


 ――もっと捻った愛の言葉は見付からなかったんですか、先輩。


 そうだ。彼は確かにそう言った。

 しかしどういう意味だろう、意味がわからない。

 そもそもなんで裕也君に渡したはずのラブレターを、見知らぬ彼が持っているのか。

 なぜ、どうして、わけわからん。


 私は聞きたいことがありすぎて何から聞けばいいのかわからなくなり、最終的に魂が抜けたように無言となった。


 そんな私の間抜け面を見て、男子生徒はおもむろにラブレターの中身を取り出すと便箋を開く。


「ヒマワリのようにって……手紙の中身はこんなにポエムチックなのに、告白は普通なんですね。拍子抜けです」

「あの……君誰? なんでここにいるの? なんで私のラブレターを君が持ってるの? 裕也君は?」


 そうだ、思い出した。

 この声、昨日裕也君の会話を盗み聞きした時に聞いた、一年生の男子の声だ。

 一体どうしてこの子が私のラブレターを持っているのだろう? どうして中身を読んでいるのだろう?

 そして裕也君は?


「裕也先輩なら来ません」

「え、なんで?」

「このラブレター、裕也先輩は読んでいないからです」

「なんで!?」


 さも当然のように言い放った男子生徒に、私は食い気味に叫ばずにはいられなかった。


 裕也君がラブレターを読んでない?

 それって、つまり……。


「裕也先輩が読む前に俺が回収して、代わりに読んでおきました」

「なんで!?」

「なんでなんでって、少しは自分で考えたらどうですか?」

「わかんないよ! なんで私のラブレターを回収したの!?」


 なんでそんなにキレてるんですかと言いたげな男子生徒。

 え、え、私がおかしい? この状況を理解してない私がおかしいの!?


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