秘密
「み、三上君!?」
ゆ、裕也君、さすがにそんな乱暴しなくても! 私のためと言われたらときめいちゃうけど!
三メートル程吹っ飛んだだろうか、三上君が一瞬私の視界から消えた。
車でも突っ込んできたのではと思うほどだ。
「優里ちゃん、無事か」
「三上君が無事じゃないよ……」
現れたのは、先週悟と決闘騒ぎを起こした本人、滝富圭介。
圭介は私の肩に腕を回していた三上君の首根っこを掴んでは、ゴミ捨て場にゴミを捨てるように投げ飛ばした。
「総司、大丈夫か……?」
と、道路に転がる三上君に手を差し伸べる裕也君やっぱり優しい!
なんて思いながら、私は当たり前のように現れた圭介に疑問をぶつける。
「いつから見てたの?」
「四六時中」
答えになってないのに答えになってる。
あれ以降、周囲に怪しい気配を感じなかったから、てっきり反省して真っ当に生きてるんだと思ってたのに……。
私がそう言うと、圭介は悪人面のまま「何を言ってるんだ優里ちゃん」と優しげな微笑みを見せた。
「一昨日も昨日も、俺はずっと優里ちゃんを見守っていたぞ」
「……えっ?」
今まで視界の隅にちょろちょろ映り込んでいたが、一昨日も昨日も圭介の気配は感じなかった……どういうこと?
「優里ちゃんの要望通り、優里ちゃんに存在を関知されないよう気配を消すことにした」
「気配ってそう簡単に消せる!?」
消すことにしたって……そんな今日の夕飯カレーにしようかみたいに簡単に言われても……。
私が驚いているのをどう勘違いしたのか、圭介は嬉しそうに頬を緩ませた。
お願いだから察して? 引いてるんだよ?
「いてててて……酷いぜ滝富……」
三上君が、ぶつけたらしい頭を擦りながら起き上がる。
ぶっ飛ばされたのを「酷いぜ」で済ませるなんて、見た目によらず寛容な人なのかな?
圭介は起き上がる三上君には一瞥もくれず、私を見詰めて微笑んだ。
少しは自分がふっ飛ばした人間を気にかけてくれませんかね……。
「ふふ、気付かなかっただろう優里ちゃん、優里ちゃんがグソクムシの前でニヤニヤしていた姿は微笑ましかったぞ」
「あああああ!」
それ一昨日! 水族館での話!
裕也君の前でこの話題はまずい。
私は裕也君に水族館でのことを悟られないように、慌てて別の話題を考えたが、意外にも裕也君がグソクムシという名前に反応を示してきた。
「グソクムシ? グソクムシって、深海生物の?」
「なに亘理~、休みの間水族館行ってたの~?」
懲りもせず三上君が私の表情を覗き込みながらニヤニヤしてくる。もう一度吹っ飛べ。
「お、弟と一緒にね! 弟がどうしてもって言うから……!」
「何故嘘を吐く優里ちゃん。優里ちゃんは名取と一緒だっただろう」
「あなたは黙っててぇ……」
時すでに遅し。嘘を吐くことがない圭介は、空気を読むことができない。
昨日私と悟が裕也君達を尾行していたことは、私を尾行していた圭介には筒抜けの事実である。
ややこしいなこの野郎……。
「亘理、名取と水族館デートしたんだぁ、どうだった? キスとかした?」
「し、て、な、い!」
「そのまま名取の家行ったんじゃないの」
「行ってないから! 行ってないからね裕也君!」
真剣な顔で悩み始めた裕也君に、食いぎみに事実(言い訳)を説明する。
何想像してるの裕也君、そんなこと絶対ないからね!
私と悟はそんな関係じゃないから、と言えたらどんなに楽だろうか。
私が好きなのはあなただと大声で言いたい……。でも私のラブレターが人質……いや文質に取られている今はそんなことできない……。
しかも好きな人の後輩と付き合ってるこの状況、私に告白する余地がない……。
「優里ちゃん! 名取に何かされたのか!?」
「されてないから!」
「またまた恥ずかしがっちゃって~」
いや、あの、この人ほんとなんなの……?
私が三上君の攻撃と圭介の天然攻撃に耐えていると、真剣な顔をしていた裕也君が我に返ったようではっと息を飲んだ。
「総司、亘理さんをからかうのはやめろ。二人はまだ付き合い始めたばっかりなんだから」
「裕也はそういう順序とか気にするんだな。手を繋ぐのは最初のデートで、キスは三回目のデートとか?」
「いや俺の話はいいから――」
「えーいいじゃんいいじゃん、裕也のそういう話、普段聞けないからさぁ。ここだけの話でいいから!」
三上君はいつも通りの軽い調子で、標的を私から裕也君に変えていく。
「だからなんでそんな話になるんだよ」
「亘理と滝富だって、気になるよなぁ?」
「お、俺は別に……」
え、裕也君の恋バナ? 私は超絶気になるんですけど……。
「優里ちゃん、知らない人が俺に話し掛けてくるんだが……」
圭介は、初対面なのになれなれしくしてくる三上君に苦手意識を抱いてしまったようで、引き気味で私の後ろに隠れている。突然自分から現れたと思ったら何なのこの子……。
裕也君が私を庇ってくれたように、私も裕也君を庇わなければならない所だったが、裕也君の恋愛観や理想の彼女像、今私の中で大問題になっている裕也君の好きな子を知るチャンスだと思うと、私の口は動くことを放棄した。
「……」
「わ、亘理さん? なんでそんな真剣な顔してるの……?」
「裕也の好みのタイプ、亘理だって興味あるよなぁ~?」
誘惑の声が、私の心を揺さぶる。
だが裕也君の困った顔を見た私は、なんとか心に住む悪魔を撃退。地獄に落ちろ悪魔め!
「本人が嫌がってるのに無理やり聞くのはダメだよ? 三上君だって、自分のことを根ほり葉ほり聞かれたら嫌でしょう?」
「俺はべっつにぃ? 二人と違って俺は、聞かれて困ることとかないし?」
そう言って意味深に笑う三上君。意味が分からない私と裕也君は、揃って首を傾げた。
二人と違って、とは、どういう意味だろう。
確かに私には、裕也君に聞かれて困ることが盛り沢山だ。
だが三上君は、私の裕也君に対する気持ちなんて知らないはず。
それに「二人」ということは、裕也君も……ということだよね? 圭介のことではないと思うし……。
「ねえ三上君、それってどういう――」
「――なんの話をしてるんですか?」
朝から異様な空気を醸し出す私達四人に話し掛けてきたのは、私の彼氏(笑)こと名取悟。
手には特徴のない透明のビニール傘をぶら下げており、私は悟を待っていたことを思い出した。




