冷たい
私が絶望している傍で、悟も二人の様子を固唾を飲んで見守っていた。
とうとうこの時がきた。来てしまった。
私は、二週間ほど前に盗み聞いた、裕也君と悟の会話を思い出す。
――そろそろ女の子と付き合ってみた方がいいかもね。次誰かに告白されたら、すぐに断らないでちゃんと考えてみるよ。
裕也君が誰かと付き合ってしまうかもしれないのだ。
それも、今から裕也君が告白されるであろう麗華様は、裕也君の幼馴染みで最有力候補である。
ここまで来たのだ、もう麗華様が裕也君に告白しないだなんて幻想は捨てる。
受け入れよう、麗華様が裕也君に告白するという現実を。
「裕也ってさ、好きな女子とか気になる奴って、いる……?」
麗華様の声が、少し震えているのがわかった。
位置的に二人の顔は見えないけど、麗華様の耳が少しだけ赤い。
麗華様が恥ずかしがり屋だという都子先輩の言葉は本当らしい。
その声を聞いて思わず応援したくなるけど、麗華様が告白する相手は私が好きな裕也君。
付き合ってほしくないのが本音だ。
麗華様の告白染みた問いに対し、裕也君はほんの少し間を取る。
きっとこの間で、麗華様が告白してくるということを察したはずだ。
「……いないですよ」
心なしか、暗い声。
裕也君はクラゲを見ている振りをして、麗華様の目を見ようとはしていなかった。
照れている風ではない、その目は麗華様もクラゲも見ていない気がした。
……まるで、告白される前から、その告白を拒絶するように。
「なら、裕也……私と付き合わない?」
麗華様の口から徹底的な一言が告げられる。
ああもうおしまいだ! 私が一番に告白するはずだったのにクソっ、悟のせいでぇ!
なんて思って恨みの矛先をぶつけてやろうと悟を睨んでやろうとした、その時。
「……ごめんなさい、龍宮先輩」
裕也君のその答えに、麗華様も、私も、悟も、息を飲んだ。
――裕也君が、麗華様の告白を断った……?
いや、まあ普通にタイプではなかったのかもしれないけど……考える間もなく断ったことには、何か理由がなければおかしい。
「……私のどこが気に入らないわけ?」
「気に入らないとかじゃありません。龍宮先輩の正直な所とか、気が強い所とか、自分に自信のある姿はとても魅力的だと思います」
「それじゃあどうして」
私も麗華様と同じ疑問を持つ。
麗華様は確かに我が儘だし目付き怖いし裕也君に付け入る女子とか悟を毛嫌いする自己中心的な……いやちょっと言い過ぎだとは思うけど、でもそんな麗華様は、なにより可愛い。
見た目もそうだけど、遠目から見ていても裕也君のことが大好きなのだと伝わってくるし、悟に言い負かされて涙目になる姿も愛らしい。これは完全に私の意見だけど。
「さっきは嘘を吐いてごめんなさい」
裕也君が謝る。嘘? 裕也君の言う嘘とは、なんだろう。
……まさ、か。
「――俺、好きな子がいるんです」
裕也君の声音はいつもと変わらず落ち着いており、ここからは見えないけれど、表情もいつもと変わっていないような、そんな予感がする。
時間が止まったような気がした。様々な考えが脳内を巡り、目が回りそうになる。
え……え? 裕也君に好きな人?
そんな噂も聞いたことないし、裕也君と距離の近い女の子なんて、麗華様くらい……。他に誰が……。
いや、都子先輩とも考えられる。麗華様と同じく幼馴染みだし、優しいし美人だし。
いや待て都子先輩は親戚でしょ? えっ、えっ、禁断の恋!?
もしそうなのだとしたら、超絶モテモテの裕也君が未だに告白できていないことにも説明が付く。
だって裕也君を振る女子がこの世にいるとは思えないもん!(※個人のイメージです)
だけど他の子の可能性だって……。
都子先輩と話している時の裕也君は、麗華様と話している時となんら変わらない裕也君だった。
もし好きな人が相手なら、もう少し緊張したりするのではないだろうか?
裕也君は私と違って、好きな人の前でも平静を装える人だったりするのか……。
「……誰、それ」
麗華様の冷たい声が、薄暗いクラゲドームに反響した。
動揺を悟られない為か、先程まで真っ直ぐに裕也君を見詰めていた麗華様の瞳は、今では前方に広がるクラゲの水槽を映している。
可愛い声を作る余裕さえ、なくなっているようだった。
裕也君は麗華様からの問いに対し、なかなか口を開かない。
言い淀む裕也君に痺れを切らした麗華様が、目線をクラゲから離さないまま「うちの高校の奴?」と聞くと、裕也君は少しの間の後に小さく頷いた。
私は今まで止まっていた息をなんとか吐き出し、力が抜けてしまいそうになった足に再び力を入れる。
完全に裕也君は麗華様と付き合ってしまうと思っていたから、断ってくれた時は驚きと同時に少し安心したけど……まさか、こんな爆弾を投下してくるとは思わなかった。
誰なの好きな子って。その子はちゃんと女の子ですか?
悟の例があるから一概に好きな子が女の子だとは言い切れない。
悟を見る。きっと私と一緒で混乱しているだろう――そう思っていたのに、悟のその表情を見て、私の動揺はどこかへすっ飛んでしまった。
悟は、小さな溜め息を吐きながら、どこまでも冷たい目で裕也君を見ていた。




