ラブレターの行方
「ふあぁ……」
私はラブレターを裕也君の下駄箱に入れるために早起きをして、欠伸をしながら人気のない静かな校舎に足を踏み入れていた。
鞄に付けているてるてる坊主君のストラップが揺れる音がやけに大きく聞こえるほど、校舎は静まり返っている。
まだ春だと言うのに、雪の降っている冬のような静けさだ。
なぜ人のいない時間を狙っているのか説明しなくてもわかるだろうが、裕也君の下駄箱にラブレターを入れるところを誰にも見られたくないからである。
むしろ見られたい人はいないだろう。
これだけ早く来れば人気はないし、誰かに見られる心配もない。
それに私が一番乗り!
裕也君に「付き合ってもいいかな」と思わせることができれば、私は裕也君の隣にいられる!
私は逸る気持ちを抑えきれず、鼻歌を歌いニヤニヤ笑いながら、裕也君の下駄箱の扉を開ける。
勿論裕也君はまだ登校しておらず、裕也君が普段履いてる上靴がちょこんと置かれているだけだった。
……やだ、私ニヤニヤしながら裕也君の下駄箱開けてる……我ながら気持ち悪い……。
「……ちゃんと裕也君に届きますように」
私は鞄から取り出したラブレターを両手で掴み、目を瞑って神様に祈る。
周りには誰もいないのだから、祈るくらいの余裕はある。
私は封筒が指の汗を吸い変形する前に、ラブレターを下駄箱に投入。
後は放課後に空き教室で待機して、裕也君が来たら改めて直接この想いを伝えよう。
「うわぁ、ドキドキするぅ!」
妙にテンションの上がった私は、誰もいないのをいいことに踊りながら自分の教室へ走って行った。
「……」
――物陰からその様子を見られていたなんて、気付きもせずに。
※ ※ ※
……失敗した。
失敗した、失敗した!
「っ……」
なんで私、朝にラブレターなんか渡しちゃったんだろ!?
同じ教室だから、裕也君とは一日中顔を見合わせるのに!
しかも隣! こんなの拷問だよ!
私放課後まで裕也君の動向を気にしながら授業受けなきゃいけないじゃん!
朝のホームルーム前、普段通り登校してきた裕也君と顔を合わせた瞬間、私は真っ先に自分の愚行を悔いた。
私の隣の席には、裕也君が座っている。
私からのラブレターを読んだ裕也君が、今、私の隣に座ってる!
私の心臓は寿命が縮むほど暴れ回り、嫌な汗が全身から吹き出て身体をがちがちに硬直させていた。
裕也君と顔を合わせられない。
いつもなら「おはよう」と可愛く爽やかに挨拶を返すところを、裕也君を見た瞬間自分の過ちに気付いて「お、ふょ!」なんて挨拶を返してしまった。
どこの民族の言葉だよもはや日本語ではない。
変な人だと思われたらどうしようと焦ったが、優しい裕也君は「具合でも悪いの? 大丈夫?」なんて心配をしてくれた。
大丈夫、私の頭の具合が悪いのはいつものことだ、心配には及ばない。
だがいつもと変わらない様子の裕也君を見ていると、なんだか拍子抜けしてしまった。
すぐに友人達と楽しくお喋りを始めてしまったし、私を見てもいつも通りの優しい笑みだ。
もしかしたら、ラブレターをまだ読んでいないのかもしれない。
裕也君が登校してきた時間帯は、最も登校してくる生徒達が多い時間帯だ。
下駄箱でラブレターを見付けたが、周りに人がいたので一旦諦め、後で読もうと鞄にしまった――そんなところだろう。
ああよかった、朝から気まずい思いなんてしたくないからね。
裕也君がラブレターを読むとしたら、時間があって周りに人がいない瞬間……昼休みとかかな?
ああやめて、いつ読まれるかわからないこのスリル、堪ったものじゃない。
「はい、みなさん座ってください。授業を始めますよ」
一時間目が始まるチャイムが鳴った。
私は強い緊迫と興奮を胸に、彼の隣で放課後を待つ。
※ ※ ※
「優里ちゃん、今日どうしたの?」
昼休み。友人の要朋子が私の机に弁当を広げながら、首を傾げて聞いてくる。
「なんかいつもより変だよ。体操着の着方は間違えるし、移動教室で薬中みたいに変な所ふらふらしてるし、数学の時間に当てられた問題正解してたし……」
私の挙動不審な行動は、教師に保健室を勧められるほどにまで悪化していた。
今日の私はマズい。
こんな調子ではいざ裕也君に告白するという時、ちゃんと口が開くかどうか怪しい。
「私体操着の上下間違える人初めて見た」
私だって初めてだよ。
「悩みがあるなら聞くよ? どうせ大したことじゃないでしょ?」
「朋子……」
私はなんていい親友を持っているのだろう。
今度七輪焚く時は朋子も呼んであげよう。
「あの、実はね――」
私は昨日聞いた裕也君と一年生の会話を、朋子にも話した。
朋子は裕也君のことが好きというわけではないので、ライバルではない。
だからこれは朋子への裏切りではない。
全校の女子生徒からは罵詈雑言ものだろうけどね!
朋子は「あの叶君がねえ」なんて不思議そうな顔をしている。
小学生の頃から超絶モテているのにも関わらず、一度も女子と付き合ったことのない裕也君が誰かと付き合う気でいるなんて、そりゃ朋子でなくとも全校の女子が聞いたら意外に思うだろう。
何か信念染みたものさえ感じていたから。
「でもさ、叶君にも選ぶ権利はあるんだよ?」
朋子が諭すように私の肩に手を置く。
この子ヒビキ君と打ち合わせでもしたの?
「告白したら無条件で誰とでも付き合うわけではないだろうし、振られる覚悟はしておいた方がいいよ」
「う、うん……」
親友が好きな人に告白するって言ってるんだから、無難に「頑張って! 優里ちゃんならきっと大丈夫! 私応援してる!」って言ってくれればいいのに……。
私ってやっぱり男子から見たらアウトなのかな。
人に相談すればするほど自信がなくなってきた私は、お弁当のタコさんウインナーの脳天をフォークで突き刺して、大きく溜め息を吐いた。