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なぜか私は恋敵と付き合っています  作者: 多美橋歌穂
第五章
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突然の噂

 その噂は突然だった。


「今度の日曜日、麗華様が叶君とデートするんですって」



     ※  ※  ※



 私のお金を吸い込んだ自動販売機が、ガシャンと音を立ててココアの缶とイチゴ牛乳のパックを吐き出す。


 一週間お世話になったこの自動販売機とも、今日でおさらばだ。

 なぜなら今日は金曜日。悟にこうしてジュースを奢るのは、これが最後なのだ。


 今日一日頑張れば明日から二日間家でだらだらできるので、いつもだったら気が楽な曜日のはずだった。

 だが私の気は「楽」なんてものとはかけ離れており、授業もまともに耳に入ってこない。


 ――今度の日曜日、麗華様が叶君とデートするんですって。


 まさか朝からあんな噂を耳にしてしまうなんて。

 昼休み。私は壁に両手をついて絶望の姿勢をとっていた。


 麗華様と裕也君が、デート? デートってことは、二人きり? なぜ?

 確かにあの二人は幼馴染みだしこの前だって二人でクレープ食べに行ったりしたけど、それは悟と麗華様のギスギスした喧嘩を止めるために裕也君が仕方なくって感じだったし、どうしてわざわざ休日に二人でデートする必要が?


 まさか裕也君、麗華様と付き合い出した、とか……?


 裕也君は麗華様のことが嫌いというわけではないだろうし、付き合い始めたとしてもあの二人ならみんな納得の組み合わせだし、なによりあの二人なら見た目が華やか……って待って待って待って待って。

 私と悟がアホみたいな恋人の振りをしている間に私達の大本命が麗華様に取られてたとか、笑えないよ? どうするんですか悟さん?


 昼休みにこの自動販売機の前に来るのがすっかり定着してしまい、私と悟は打合せをしたわけでもないのに緊急会議を始めた。


「ちょっと悟さん、この事態どうすんの……」

「そんなに焦らないでくださいよみっともない」

「悟、それ缶だよ。ストロー刺さんないから」


 ココアの缶にイチゴ牛乳のストローを刺そうとしている悟を見るに、どうやら悟も相当焦っているようだ。


 まさか朝からこんな調子なのだろうか。悟がどうなろうと構わないが、部活の時のドジっ子アピールがわざとではなく素になると怪我人が出る可能性もある。もうちょっとしっかりして欲しい。

 裕也君に怪我でも負わせたらどうするつもりだ。


「でも、なんで裕也君が麗華様と休日デートなんて……」

「知りませんよ、裕也先輩に聞いて下さい」

「悟が聞いてよ後輩でしょ」

「優里先輩はクラスメイトじゃないですか」

「……」

「……」


 結局ギスギスしたまま解決策は見付からず……というより、すでに起こってしまったことを覆すすべなど見付かるはずもなく、私と悟はそれ以降口を開かなかった。


 悟が部活を休んだ為、私だけ道場に行くわけにも行かず、何も出来ない金曜日は静かに幕を閉じた。



     ※  ※  ※



 立ち止まれば確実に誰かとぶつかるほど、日曜日の駅には沢山の人々が闊歩していた。


 会社に向かう大人や、休日に友達と一緒に遊びに来た学生や、ヒーローショーを見に来た親子連れ。

 性別も年齢もバラバラの人間が、広い駅にびっしりと詰まって行動している。


 私もそのうちの一人で、駅内の売店で買い物をしているふりをしながらある人を見詰めていた。


 そう、私は今、裕也君を尾行している!


 ストーカーを嫌悪していた過去の自分が今の私を見たら、どう思うだろう……なんて想像は無駄だ。

 なんの得にもならない、考えるだけ時間の無駄。ストーカーは犯罪だって? 愛する人の為なら仕方ないと思います、はい。


 今はまず、裕也君と麗華様がどんな理由で休日デートをすることになったのかが気になって仕方がない。

 裕也君は今までに沢山の女子から遊びに誘われているが、「女子と二人きり」で遊びに行くことだけは絶対にしなかった。

 女子からの告白を全て断り続けて来た裕也君だ、誰とも付き合うともりはないと周りに察して欲しかったのだろう。


 だが今日はどうした?

「麗華様と二人きり」でしかも休日に遊びに来るなんて、絶対何かあるに違いない。


 私が裕也君に告白しようと思い至った言葉を思い出す。


 ――そろそろ女の子と付き合ってみた方がいいかもね。次誰かに告白されたら、すぐに断らないでちゃんと考えてみるよ。


「……うぬぬ……」


 あの言葉はつまり、余程嫌いな女子からでない限り、告白されたら付き合うという意味だろう。

 だからこそ私はチャンスだと思って裕也君に告白しようとしたのだし、悟は危機だと思って私に……ダメだ思い出すと疲れる。

 もうあの日のことは忘れよう、覚えていたって私の心の傷がますます深くなるだけだ。


「あっ」


 裕也君が麗華様と合流した。

 黒いストッキングに短いスカート、ヒールのある靴はいかにも麗華様というイメージにぴったり。金髪の縦ロールには、いつもとは違う青いリボンが付けられている。

 雨野宮高校の校則はゆるゆるで有名で、一応ダメということにはなっているのだが、成績さえ良ければピアスを付けていても何も言われない。スカートが短くても注意されない。

 それ目当てで受験した人もいるのではないだろうか。


 案の定成績が良いことでも有名な麗華様は、学校でもアクセサリーに身を包み、制服を改造し、自身を煌びやかに飾り付ける。

 そしてそれが似合っているのだから、自分の美しさを熟知しているのだということがわかる。


 そんな麗華様の私服姿は完璧だ。フランス人形のような芸術的美しささえ感じる。

 一度視界に入れるとしばらく目を離せないほど、その姿は美しかった。

 あれで性格がお淑やかだったらと悔やまれる。


 周囲の人々が麗華様に目を奪われているのが確認できて、私は思わず拳を握りしめた。

 くっそう麗華様黙っていれば可愛い! ものすごく! 黙っていれば!


 裕也君もそんな麗華様に向かって、何か一言言っている。

 それを聞いた麗華様が、少し照れ臭そうに俯いて、指先で縦ロールをくるくる弄っていた。 

 好きな人の前では立派な乙女なんだなぁ。


 きっと「その服似合ってるよ」とか「可愛いね」とか言われてるんだろうな。

 いいな、羨ましい……。


「……うーむ」


 近くのガラスに映った自分の服を見ると、ぱっとしない私服をきつね色のコートで隠しただけの地味な姿。顔を見られないようにと、普段は被らない帽子を被っているが、なんだか頭が重い気がして早く脱ぎたい衝動に駆られている。

 帽子を深く被ったその姿は、まさしく不審者。圭介の二の舞な気もするが、圭介のように相手の邪魔をしたり迷惑は掛けないように心掛ければ大丈夫だろう。


 しばらくその場で会話をしていた二人は、時計を見て移動を始める。どうやらここからまた電車に乗るようで、二人して時刻表を見ていた。

 何気ないその動作さえ、私には眩しく見える。周囲の人達も二人に道を譲り、麗華様の華やかな姿に見惚れていた。


 あの分じゃ見失ってもすぐに見付けられそうだが、私は一応二人を見失わないように目を凝らし、二人の行く先を追った。


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