あなたがそんなんだから
決闘が終わり、圭介が保健室に運び込まれ、勝ち方について裕也君にこってり叱られた悟から散々八つ当たりを受けて帰宅した昨日。
決着が付いた瞬間に周囲に生まれた、あのどんよりした雰囲気が体を離れず、朝から私の体はだるかった。
そして決闘の後味を最大限に悪くした張本人の悟が、「勝ったんだからいいじゃないですかなんで俺が裕也先輩から怒られなくちゃならないんですかぷんぷん!」と遺憾の意を込めて私の脇腹を殴ってきたせいで、脇腹が今筋肉痛みたいになってる。
昨日、保健室で目を覚ました圭介から「迷惑を掛けてすまなかったな優里ちゃん。俺、恥ずかしくない男になって戻ってくる!」と宣言を受けた。
ストーカーを止めて一般常識を学んでくれるだけで、普通に幼馴染みとして接してあげるんだけど……。
「あ、おはようヒビキ君」
「……」
ヒビキ君と部屋の前でばったり顔を合わせたのだが、すぐにふいっと顔を逸らされ背を向けられる。
相変わらずヒビキ君は誤解したままらしい。いつも私と一緒に家を出るのに、あの日からずっと一人で家を出て行ってしまう。
私は溜息を吐いて、一人で玄関の扉を開けた。
「――どうだ優里ちゃん!」
玄関前で私を待ち伏せしていた圭介。その目には、メガネが装着されていた。
「……そのメガネ何?」
「知的な男、好きだろう?」
「今更容姿を変えることになんの意味が?」
中身は問題ないとでも思っているのだろうか。
※ ※ ※
なんだか機嫌の悪い悟は自動販売機の取り出口からココアを取り出して、私を睨んできた。
機嫌の悪い理由は大体想像できるけど、ココア奢って貰っておいてなんだその態度。舌打ちもやめろよ。
「昨日は優里先輩のせいで散々でした。優里先輩の為に勝ってやったのに裕也先輩に怒られるし、部活の先輩達からも恐ろしい子とか言われるし」
それは少し可哀想だったとは思う。
私と圭介の問題だったのに悟を巻き込んでしまい、今回に至っては悟に損ばかりさせてしまった。
「ん、ごめん」
あの勝ち方で裕也君に怒られたのは自業自得とは言え、元はと言えば私の責任だ。ここは素直に謝る。
が、一つ疑問が残っていた。どうして悟は勝ってくれたのだろう。
負けていれば私は圭介の彼女にならなければいけなくなって、悟としてはそっちの方が好都合だったはずなのに。
「ねえ、どうして悟は決闘で勝ってくれたの? わざとでも負けてたら、私と別れられたのに」
「俺と別れたら優里先輩、裕也先輩に告白しちゃうでしょう?」
「悟のこと散々大好きって言っておいてそれはちょっと難しいでしょ」
私の言葉を聞くと、悟は「そういえばそうだな」みたいに納得したような顔をした。
え、今更そこに気が付いたの? 私の為に勝ってくれたのかなって少しでも考えた自分が恥ずかしいよ?
「それもそうでしたね。負けておけばよかったです」
「おい」
「でも、もし俺が負けてたとしても……」
チラッと私の顔を見る悟。
「……なんでもないです」
悟が何を言おうとしていたのか。少しだけ気になったけれど、悟の顔を見れば簡単には話してくれなさそうだったので、私は深追いせずにそのまま聞かなかったことにした。
ジュースを奢る役割も果たした私は、悟と一緒に教室へ戻るために廊下を歩く。
そういえば、てっきり悟は裕也君と昼休みも会うために私にジュースを奢れなんて言ってきたのだと思っていたけれど、そんなことはなかった。
悟は自動販売機の前で私を待っているだけで、決して教室まで私を呼びにはこなかったのだ。
だから結局、悟は本当にジュースを奢って貰いたかっただけらしい。
裕也君に会うためだとか勝手に想像していたのだが、そんな想像をするのは私だけだったようだ。
「優里先輩、少し聞いてもいいですか?」
「なに?」
私と目を合わせることなく、悟は廊下の先を見詰めたまま切り出した。
「……なんであの時、滝富先輩を庇ったんですか? 嫌いだったんじゃないですか?」
「悟があまりに容赦なさすぎるから……」
容赦のない攻撃の嵐でボロボロになった圭介に、躊躇いなく竹刀を振り上げた悟の姿が脳裏に蘇る。
むしろなんで攻撃を止めなかったのか、聞きたいのはこっちだけれど。
「あの時俺は滝富先輩の木刀を狙ったんですよ。武器から手を離したら負けのルールでしたから」
「いや、これ以上はマズいと思って思わず」
「滝富先輩のこと好きなんですか?」
「好きじゃないけど……」
「だったらどうしてあそこで助けに入ったんですか? 嫌いな人間のことなんて放っておけばいいじゃないですか。俺がうっかり優里先輩に攻撃を当てていたらどうするつもりだったんです? 優里先輩だって一応生物学上では女なんですから、怪我でもしたら大変でしょう」
心配してくれたのか遠回しに貶されているのかよくわからないが、悟はどうやらあの決闘で私が圭介を庇ったことが気に入らないらしい。
気に入らない、というか、理解できなくて気になっている、というのが正しいか。
うーん、圭介を庇った理由か……。
改めて聞かれると、なんか困るな。反射的とでも言えばいいのか。
「確かに圭介には沢山恥をかかされてきたし、クソ野郎だとは思ってるよ。でも、例えその人が嫌いだからって、傷付くのを黙って見てるのは嫌じゃない?」
「俺は嫌いな人間がどうなろうとかまわないですけど」
悟に同意を求めたのが間違いだった。
「悟はともかく私は嫌なの」
「……俺、優里先輩のそういう所気に入りません」
突然何を言い出すのやら。
私は悟に気に入られたいなんて微塵も思っていないのだ、悟に気に入らないと言われたところで私が自分の行動を悟好みに正す理由なんてない。
悟だってそんなこと分かり切っているだろうに、なぜそんな話をしてくるのだろう。
「あなたがそんなんだから……」
「ん、なに?」
よく聞こえなかったから私が聞き返すと、一拍置いて腹を殴られた。見た目より重い一撃だ。
だから結局悟が何を言ったのかわからなかったし、「もういいです」と拗ねたように歩き出してしまった悟の後を着いて行くのがやっとだった。
悟と別れる階段の辺りで、私はそういえばと思い出す。
決闘中に、圭介の動きが鈍った理由。悟が圭介に囁いた内容。
「そういえば悟、決闘中圭介に何か言ってたよね、なに言ってたの? 動き鈍ってたし、やっぱり脅し?」
「負けてくれたら優里先輩の飲み掛けジュースをあげますよって言ってました」
私を餌にするのやめて……。




