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なぜか私は恋敵と付き合っています  作者: 多美橋歌穂
第四章
24/102

裕也の想い

 ――決戦は今日の放課後、剣道場で行う。どちらが優里ちゃんの隣に相応しいか、剣で証明しようではないか。


「……はあ……」


 昼休みでの圭介とのいざこざを思い出して、私は大きな溜め息を吐いた。


 決闘なんて受ける必要もないし受ける意味もわからないと反対した私とは逆に、悟は「いいですよ」なんて言ってあっさりとその決闘を受けてしまった。

 正常な判断を下せないほど、私の適当な褒め言葉が効いてしまったのか。


 真っ白な灰になる私に「優里先輩ジュース残したんですか? だったら俺に下さい」と言って飲みかけの私のつぶつぶ白ブドウを奪っていた辺り、もういつもの調子に戻ってはいたみたいだけど。


「優里ちゃん、男どもが優里ちゃんを取り合って決闘するって話本当?」


 ほんの数時間前の昼休みにあった出来事なのに、決闘の噂は全校生徒に広がってしまっていた。多分滝富圭介という無駄に有名な不良のせいだろう。


 私から話したわけでもないのに、朋子にまで決闘の噂は行き届いていた。

 野次馬がそこそこいたし、仕方ないと言えば仕方ないのだが……。


「滝富君って、実際のところどうなの? 強いの?」


 私と圭介が幼馴染みの関係で、圭介が一方的に私を好いているということを、朋子は知っている。

 私が今までどれほど圭介のせいで苦労してきたのか、一番理解してくれているのはきっと朋子だろう。


 だからそんなワクワクした目で私を見ないで。朋子への信頼ゲージが赤くなっていくから……。


「まあ、弱くはないよ……小さい頃から悪人面だったから喧嘩もよくやって全部勝ってたし、小学から中学まで柔道習ってたし」

「なんで高校では柔道部じゃなくて剣道部?」

「さあ。刀かっこいいとかそんな理由じゃない?」

「ああ、なんかそういう感じする」


 圭介をよく知らない人間ですらこの評価。


「でも、名取君大丈夫なの? 一年生で背も小さくて小柄な感じだけど」


 そう、問題はそこなのだ。

 本人が決闘を受けた以上悟がこの決闘に四苦八苦しようがどうでもいいのだが、この勝敗次第で私の命運が決まってしまう。


 悟が負ければ、私は悟と別れなければいけない。

 別れること自体は構わないしむしろ万々歳のことだが、悟と別れられる代わりに圭介と付き合わなければいけない。

 なにしろ「この勝負に勝った者が優里ちゃんの正式な彼氏だ、異論はないな?」「ありまくりだよ私は嫌だ!」「いいですよ、優里先輩の彼氏として許可を下します」という会話があったのだ。

 そしてその会話はその場にいた野次馬達から全校生徒におもしろおかしく伝わっている。

 今更撤回できない。


 悟が決闘に負け私が圭介と付き合うことになる事態は、私にとってあまりにも残酷な末路であり、最も忌避すべき結末だ。

「あのチビが大怪我しないように祈ってるんだな!」とは圭介の捨て台詞。完全に悪役のそれである。


「……ダメかも……」

「そうだね、諦めた方がいいよ」


 朋子の励まし方が残酷すぎる……。


「優里ちゃんが嫌なら滝富君と付き合わなくたっていいじゃん。そんな一方的な口約束破っちゃいなよ」

「いざとなったら、そうするしかないよ。圭介と付き合うって選択肢は最初から私の中にない」

「え、他にどんな選択肢が?」

「……遺書は、もう書いてるから……」

「今一生懸命書いてるそれって遺書なの!? やめて優里ちゃん早まらないで! 胸糞悪い!」


 胸糞悪い言われた……。


 でも私にはこれしかない。

 圭介はこちらが何を言っても話を聞かない。それどころか、都合のいいように解釈して、どんな否定の言葉も私からの好意だと受け取る。どこまでも純粋に、子供の頃と変わらずに。


 いい加減付き纏ってくる圭介が嫌になり始めた小学校高学年の頃、私は圭介にはっきりと「学校でも家の近所でも付き纏ってくるのはやめて欲しい。やめないなら絶交」と言ったことがある。

 そしたら「俺のことは気にしなくていい。優里ちゃんは俺が守る」とかよくわからない変化球を返された。その時私は「あ、こいつ会話できねえ」とそれ以上の会話を諦めたのだ。


 気にしなくていいと言われても、男一人の優里ちゃん優里ちゃんコールを完全に無視することができず、いつも何かしら反応を返してしまっていた。多分それがダメだった。


 小さい頃から悪人面のせいで一緒に遊んでくれる子供が私しかいなかったから、唯一遊んでくれた私に依存しているだけなのだ。それか、友情を恋と勘違いしているか。


 高校生になればいい加減目が覚めるだろう、と思って軽く見ていた私が愚かだった。


「私の全財産はヒビキ君にあげてください、っと……」

「優里ちゃんの全財産って四百円でしょ?」

「うん……なんで知ってるの……」


 私は家族宛ての遺書を鞄にしまい、帰ってしまいたい衝動に駆られながらも、約束の場所である剣道場に向かうことにした。


 私を心配してくれたのか、朋子も一緒に着いて来てくれることになった。

 楽しそうなのはどうしてだろう? 私達親友よね?



     ※  ※  ※



「あ、亘理さん! あの、ちょっといい?」

「……はい……」


 憧れの裕也君から呼び止められたというのに、私の顔は沈んだまま。

 どんな理由であれ裕也君と話せるなら大喜びだろうと思っていたのに。


 私は朋子に少し離れた場所で待っていて貰い、裕也君と廊下の隅で向かい合う。


「あの噂って本当なの?」


 裕也君からの問いに、私は小さく頷いて「ごめん」と謝った。

 私のせいで悟という大切な後輩が危ない目にあうのだ、きっと心配だろう。


「え、なんで謝るの?」

「……私のせいで、悟が危ない目にあうから……裕也君も心配でしょ……?」


 悟が決闘なんていざこざに巻き込まれたのは私の責任だ。

 裕也君に嫌われたら嫌だな。これで裕也君に嫌われたら、圭介を殺して私も死んでやろうか……。


 だがそんな私の心配は、裕也君の微笑みにより杞憂に終わる。


「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。亘理さんが謝ることじゃないし、それに……どっちかというと、俺は嬉しい」

「え……なんで……?」


 嬉しい? この決闘により嬉しいと感じる人間がいるとは思わなかっただけに、私は裕也君の言葉にとても驚いた。

 裕也君そういうの好きなの……?


 意外だなあ……と思っていたら違った。


「悟がこんなに苦労して誰かと一緒にいようとする姿、初めて見るから」

「……」


 悟の話をする時の裕也君はどこか切なげで、笑っているのにどこか悲しそうな顔をする。

 その哀愁が示す意味は分からなかった。


「……だから、嬉しいんだ」


 そうか。裕也君は知らないのか。

 悟が裕也君と一緒にいるために、必死に勉強してこの高校に入学したということを。


 裕也君が見ていないだけで、悟はもう、裕也君と一緒にいるために十分苦労している。

 この決闘だって、きっと私と一緒にいるために受けたわけではないだろう。

 考えたくはないけれど、わざと負けて私と別れるつもりだという可能性だってある。


 悟は私と恋人関係になりたかったのではなく、私が裕也君に告白するのを防ぎたいだけだったのだ。

 私が裕也君に告白できない状態になれば、わざわざこんな面倒な恋人関係を続けたいとは思わないはずで、それはつまり、悟にとってはこの決闘で勝たなければいけない理由自体ないということ。


 私、終わった……。


「亘理さん、悟と一緒にいてくれてありがとう」

「え、どうしたの裕也君、急に……」


 今いい話を始めても、私の未来がいい方向に向かうとは思えないのですが。


「悟は今まで、俺以外に親しい友人とか心を開ける人がいなかったから……亘理さんと楽しそうに話しているのを見ると、すごく安心するんだ」

「……」


 楽しそう、だと……。


「折角話し掛けてきてくれた子にも憎まれ口ばっかりで……人との付き合い方がわからないんだろうな。それで結局みんなから避けられて、一人になってから後悔するんだ」

「まあ、あの性格じゃ避けられても仕方ないよね」


 きょとん。私の言葉を聞いた裕也君が、目をぱちくりさせる。

 しまった、ただの本音を言ったつもりだが悟に対する悪口に聞こえてしまったかもしれない。


 慌てて訂正しようとわたわたする私を見て、裕也君は笑った。


「はは! そうだね。でも、亘理さんはそれでも悟と一緒にいてくれるんだね」

「う、うん……」


 私の本意ではないけれど。


「これからも仲良くしてやってね。今日の決闘、悟と亘理さんを応援してるよ」

「ありがと……」


 早く圭介と縁を切って、悟と別れて、裕也君にこの恋心を伝えたいのに……。

 裕也君と話せば話すほど、悟と別れ辛くなっていくのは気のせいでしょうか?


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