究極の選択
「……脅されてるわけじゃ、ない……」
「……!」
静かに発した私の言葉に、悟も驚いたような顔をする。
ここで私が脅されていると言えば、恐らくみんなはこの雰囲気から私の言葉を信じるだろう。
悟の立場は悪くなり、私は圭介によって救われることになる。
でもそれだけは勘弁してほしい! それだけは!
私は悟の腕を抱き寄せて、ぴったりとくっつくと、キッと圭介を睨み付けた。
「私、悟と付き合ってるの! 変な妄想を押し付けないで!」
「……!」
あああー、とうとう言ってしまったあああ……。
周りからは「なんだ、やっぱりあの二人が付き合ってるんだ」「女の方ドMかよ」「楽しんでんじゃねーか」というヒソヒソ声が至る所から聞こえてくる。くっそうこの状況私が損しかしない!
悟は私と圭介の関係なんて知らないから、いきなり自分に抱き付き他の生徒達の前で付き合っていると大声で宣言している私を、「俺が叩いたせいで頭が……」みたいな罪悪感半分ドン引き半分の眼差しで見ていた。
こんなところで罪悪感感じるくらいなら普段から殴ったり叩いたりしないでよ!
「……本当……なのか……」
悟にぴったりとくっつく私を前に、俯いてふるふると肩を震わせる圭介。
その意外な反応に、やっと圭介を説得できる日が来たと歓喜に震えた。
すかさず畳みかける。自分の首を絞めていることにも気付かずに。
「本当だよ! 私悟が大好きだから! 悟一筋だから! 悟がいないと生きていけないくらいぞっこんだから! 悟に全部捧げるつもりだから! 悟以外は考えられないから!」
もう死に物狂いで悟が大好きだということを廊下のど真ん中で叫ぶ私。
もう自分が何をしているのかわからなくなってきたが、圭介のストーカー行為にも公開告白にももう堪えられない! 今日! ここで! 決着を付ける!
「悟は普段素直になれなくてこんな感じだけど、結構優しい所もあるし、ちゃんとお礼も言えるいい子だし、頑張り屋さんなの! 圭介とは違うの!」
「俺はそいつの何倍も優里ちゃんを愛してる! 愛だけは負けない!」
「愛なら私と悟の間にある愛だって負けないから! ねえ悟!?」
そう言って悟に同意を求める。
悟だって今までの私を見ればこれが演技だと気付いているだろう。
目線で訴えればきっと合わせてくれる! 他の生徒達が見ているのだから、私達の恋人関係が偽者だと思われることは避けたいはず!
だが。
「……」
……え。
シュッと音を立て風を切ったのは、悟の拳。
何度目だろうか、悟の拳が肺を変形させる勢いで私の体に食い込み腹腔神経叢に悲鳴を上げさせる。
「ふっ……ぐ……」
……あのさ、なんでいつも私が苦しむ的確な位置を攻撃するの?
なんてそんな文句を口に出す余裕もなく、私は情けない呻き声を吐きながらその場に両手両足を付いた。あまりにも突然のことで、私だけでなく周りの野次馬達でさえ呆然としている。
何やってんの悟! いくら私に引っ付かれるのが嫌だったからって、こんな大勢の前でこんなことしたら恋人関係疑われるよ!? それでもいいの!?
私にとっては好都合だけど、それは圭介がいない場合の話だし!
何考えてんのかと、私は苦痛で涙の張った瞳で悟を見上げる。そして、気付いた。
「――あの……悟……?」
見上げた先。そこには――頬を上気させ、わなわなと口を震わせる、見たこともない悟の表情があった。
握ったままの拳もガタガタ震えて、完全にいつもの余裕がなくなっている。
「……優里先輩」
どこか力の抜けた悟の声が、静まり返った廊下にポツンと落ちる。
その震えている拳から二撃目がくるのかと身構えながら、私は悟を見上げた。
「な、なに」
「……俺、そういうの慣れてないんで……やめてもらえますか……」
「慣れてないって?」
何の話をしているのか、本気でわからなかった。
慣れてない? 今私、悟に何か変なことしたかな?
……うーん、変なことをした記憶しかない。
私の方から悟に抱き付き、悟と付き合っていると声高々に宣言し、悟を――
「あ……」
――まさか、慣れてないって。
「……褒められるのが?」
数秒の沈黙後。こくん、と、私の言葉を肯定し首を縦に振る悟。
若干赤みを帯びた自分の顔を隠すように、ふいっと横を向いている。
……え、え、なに、私ひょっとして照れ隠しで殴られた? それはちょっと理不尽すぎじゃない?
てかお前誰だ!?
理不尽な暴力には私だけでなく、圭介も黙っていなかった。
「貴様! 優里ちゃんに暴力を振るうとは許せん! 優里ちゃんから離れろ! そんなんで愛し合ってるなんて嘘だろうッ!」
「う、嘘じゃないし! 悟だって私のこと大好きだから! ねえ悟!?」
殴られた苦しみが持続する中で、私は必死に圭介の言葉を否定する。
マズイよ悟、ガチ照れしてる場合じゃないよ。
早く私のいいところ頑張って考えて! ものすごく大変だろうけどお願い!
「……優里先輩のことが好きな理由は、特にありませんが……」
諦めないでよ……。
「でも……」
もうダメだと私が諦めかけた時、悟はいつもの無表情を取り戻して一歩踏み出す。
そして苦痛に堪えて蹲る私の前に背を向けて立ち、自信を持って断言するようにその言葉を言い切った。
「この先何があろうと、俺は優里先輩のことを愛し続ける自信があります」
悟の堂々としたその言葉に、野次馬の女子達が「キャー!」なんて騒いでる。
当の私は「それなんのキャラの台詞だろう」なんて冷静に捉えていた。
少女漫画かな? どうでもいいけど、その立ち位置だとまるで悟の方が圭介の暴力から私を守っているように見える……。
だが悟にしてはいい演技をしてくれた。
その言葉の「優里先輩」の部分は「裕也先輩」に変換されるんだろうけど、彼氏にこれを言われてときめかない女子はいない! 野次馬男子達も何故か拍手喝采! あなた達もうすぐ授業始まるけど大丈夫?
「……ふ、ふはは……!」
悟の台詞に衝撃を受けていた圭介が、肩を震わせ笑い始めた。
一定のダメージを食らって覚醒した、ゲームのラスボスのようだ。
「なるほど、優里ちゃんを愛する気持ちは本物らしいな……」
簡単に騙されてる。何を感じ取って本物だと思ったのか……。
「だがッ! 俺の愛はそれすら凌駕する!」
圭介は持っていた木刀の尖端を、悟に向けた。丸く尖った先端が光を反射してきらりと光る。
あ、なんだかこの図……。
「――決闘だ!」
言うと思った。




