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なぜか私は恋敵と付き合っています  作者: 多美橋歌穂
第一章
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始まりの会話

 放課後。私はその会話を、たまたま耳にした。



「――そう言えば裕也先輩って、彼女とか作らないんですか?」

「なんだ、どうしたんだよいきなり」

「ほら、今日部活で、本田先輩が彼女できたって騒いでたじゃないですか。裕也先輩はどうなんだろうなって思いまして」

「うーん、誰かと付き合うなんて考えたことないなぁ。イマイチ想像できないんだよ」

「裕也先輩、だったら……」

「でも、そろそろ女の子と付き合ってみた方がいいかもね。次誰かに告白されたら、すぐに断らないでちゃんと考えてみるよ」

「え、告白されたら誰かと付き合うことになるかもってことですか?」

「そうだな。あ、でもこのこと言いふらすなよ? 久元辺りに聞かれたらからかわれるだろうし。二人だけの秘密な」

「……」



 ――今しかない。


 神はそう告げている。



     ※  ※  ※



 叶裕也かのうゆうや君へ


 あなたの事が好きです。

 いつの頃からか、頭の中に浮かんでくるのはあなたのことばかり。

 いつもあなたを見ていました。

 明るくて、優しくて、あなたの笑顔にいつも助けられています。

 あなたの太陽のような笑顔を見ると、私はヒマワリのように上を向くことができます。

 あなたは私にとってとても大切な存在です。

 一度私のこの想いを伝えさせて下さい。

 放課後、部活の後で構いません。一階の空き教室で待っています。

 

                         亘理優里わたりゆりより



     ※  ※  ※



「……ああああああっ!」

「姉ちゃんうるさい!」


 デジタル化が進む今日、ラブレターなんて古風な物、恥ずかしいと感じる人もいるという。

 だが私はそう思わない。

 古来よりラブレターを書く女の子は、愛しい彼の笑顔を思い浮かべながら、可愛い便箋を店頭で厳選し、何時間も頭を抱えて机と向き合い、不安と期待に胸を躍らせながら、布団の中で奇声を上げてきたに違いないのだ。

 私のように。


 私は布団からゾンビのように這い出て、部屋の扉をぶち開けた中学一年生の弟、ヒビキ君の腰に抱き付いた。弟が引いてる。


「ぶへぁああ! ヒビキ君、どうしようお姉ちゃんラブレター書いちゃった! 愛の文! ラ、ブ、レ、タ、ぁ!」

「今何時だと思ってんだよゾンビ女。あとその間抜けな声どこで覚えてきたわけ?」

「お姉ちゃん、緊張して寝れない……一緒に寝よ?」

「姉ちゃんの部屋臭いから嫌だ」

「実のお姉ちゃんにそんな事言うんじゃありません!」

「自分の部屋で七輪使うような頭いかれた人間と血が繋がってるなんて考えたくもないよ!」

「それはごめん!」


 ああ、三日前は大変だったな。一人焼肉してみたくて部屋にこもって七輪使ったけど、あれはやめた方がいい。自殺行為だ。

 一酸化炭素中毒で意識が朦朧としたし、近所の人に火事だと勘違いされたし。部屋も未だに臭いし。


「ヒビキ君、お姉ちゃんの背中を見て賢く育つんだよ」

「反面教師の自覚あるなら、バカなことやめてくれない? そんなことばっかりしてるから、この間の中間考査の点数酷かったんだよ」

「うっ……」


 それを言われると言い返せない。

 確かにテストの順位は下から数えた方が早いし、むしろバカ共とビリを争えるレベル。笑い話にでもしないと涙が出るから気にしてない風を装ってネタにしているけど、実は結構気にしている。


「だ、だって私の高校頭いいから。別に私が特別バカなわけじゃないから。私の周りが頭いい人達ばっかりなだけだから……」


 そう。私の通っている雨野宮高校は、県内でも偏差値の高い進学校なのだ。家からは三駅とわりと近いけれど、同じ中学校の同級生達はもっと近くの無難な高校に進学してしまい、同じ中学校出身の人は本当に少ない。


「だったら尚更、姉ちゃんは他の人達より勉強頑張んなきゃいけないんじゃないの? 休みの日に部屋で七輪焚いてていいの?」

「よくないです、誠に申し訳ございません……」


 だけど私は、勉強がしたくて進学校に通っているわけではない。

 辛い事情があるのだ、察してくれ弟よ。


 いい大学に行きたいわけでもないので、多少学校内で馬鹿のレッテルを貼られても、私の人生設計は狂わない。


 いや、もう狂ってしまったのでこれ以上悪くはならないと言った方が正しいか……。


「天地がひっくり返っても絶対無理だと言われてたのに、受験は何の間違いか奇跡的に受かったんだから、もっと真面目に勉強しなよ」


 それはちょっと言いすぎではありませんか? 少し心が傷付きました……。


「勉強勉強って言われるとやる気なくすからやめて」

「最初からやる気なんてないくせに。こんな不真面目なバカ女にラブレターを渡される相手もかわいそうだね。いや、失笑ものかな」

「裕也君はそんな人じゃないもん!」


 私の想い人で、絶対的正義、叶裕也かのうゆうや君。

 成績優秀、スポーツ万能、眉目秀麗の完璧超人。剣道部に所属しており、あまりの人気からファンクラブだってある。バレンタインの時はチョコレートが机に山積みにされているし、教室の外にまで長蛇の列ができるほど。


 あの時はさすがの私もチョコレートは渡せず、家で自分で食べたという虚しい思い出がある。


 学年問わず人気のある雨野宮高校のアイドルである彼とは、高校一年生の時にクラスメイトとして出会った。


 特に印象的な出会いがあったわけではないけれど、当時色々あって元気の無かった私を癒してくれていたのが、裕也君の爽やかな笑顔だ。

 ラブレターにも書いたが本当に明るくて優しくて太陽みたいな人で、見ているだけで元気が出て何度も救われた。

 あの温かい陽だまりのような安心感を忘れることは、一生ない。


 そんな裕也君が、ラブレターを渡されて失笑ですと?


 ないない! きっと真っ赤になって反応に困っちゃって照れちゃった後、申し訳なさそうに「今は誰とも付き合う気はないよ」とか言うんだ!

 ……。


「……妄想の中の私、振られた……」

「現実でもそうだろうね。ていうか、裕也ってもしかして叶裕也?」

「なに、ヒビキ君もファンなの?」

「この前、雨高に超絶なイケメンがいるって学校の女子が話してた」


 さすが裕也君、他所の中学校でさえ噂されるなんて尋常じゃない。


「姉ちゃんとは別次元の人じゃん。諦めて身の丈にあった人探しなよ」

「私と同等の人間があの学校にいると思う?」

「それは周りを見下しているのか自分を卑下しているのか」


 勿論後者です。


「でも姉ちゃん、なんで今ラブレター? その人、告白してくる女の人全員振ってるって噂だよ。望みないでしょ」

「ふっふっふ……実は私、裕也君と一年の男子が話してるの聞いちゃったんだよね……」

「なにが?」

「裕也君、今度誰かに告白されたら付き合う気でいるみたいなんだよ! あの鉄壁の裕也君が!」

「え、本当に?」


 まあ正確には、すぐに振らずにちゃんと考えてみるってことだったんだけど。

 だけどそれだけでも裕也君と付き合える確率は以前よりずっと高いはずだ。

 なにせ今までは、無条件で全ての女の子を振ってきたのに対し、今度はちゃんと考えると言っていたのだから。


 そしてその情報を知っている女子は、私だけ。

 裕也君自ら「彼女募集中☆」なんてこと言わないだろうし、裕也君からそのことを聞き出した一年生の男子も裕也君から口止めされていたから、誰かに言いふらすことはしないだろう。


 ああ、私も裕也君から「二人だけの秘密な……」なんて囁かれてみたい!

 耳元で!


「まあでも、叶裕也にも選ぶ権利はあるんだよな……」


 なんだその「どうせこいつ無理だろうな」的な目は。


「え、私そんなにダメ……?」


 ヒビキ君があまりにも辛辣だから心配になってきた。


「ダメっていうか、アウト」

「アウト!?」


 アウトなんて言われたの初めて……。

 確かに最近夜中に炭水化物摂ったりして太ったし、女優さんみたいな美人でもないし、学力もうちの学校じゃ底辺だし、性格も可愛くないかもしれないけど……。


 あれ、ひょっとして私、アウト?


「告白したとして、頭悪いバカ女と付き合うような人なの? その人。周りの目もあるしさ、俺だったら周りからバカにされるような人間とは付き合いたくないよ」

「生々しい話やめて……」


 普段目立たない平凡なヒロインが王子様と結ばれるご都合主義少女漫画、私好きだから。夢壊さないで。


「……でもね」

「なに?」

「裕也君は、周りの評価とか視線とか気にするような人じゃないよ」


 そう。裕也君は周りの視線を気にしない。

 一年の頃、周りの目も気にせず、嫌がらせを受けていた私を庇ってくれたことがある。嫌がらせをしていたのは自分の友人達であったのにも関わらず、だ。


 彼は本気で嫌がっていた私のために、自分が孤立しても構わないと判断し、その友人達をきつく叱ってくれたのだ。


 誰も助けてくれないだろうと思っていた私を、絶望の淵から救ってくれた裕也君。

 思えば、私が裕也君のことを「好き」だと感じたのは、その瞬間からだったかもしれない。

 裕也君は私のことなんて覚えてないかもしれないけど、その時私は、裕也君が世界中の誰よりもかっこいいと思った。感謝と同時に、尊敬した。


 でも、そう思ったのはきっと私だけじゃない。その件があってから、裕也君は孤立するどころか「めっちゃいい奴」と評価され、男子の間でも女子の間でも好感度がうなぎ登りとなり、ちょうどその頃ファンクラブが結成されたのだ。


 この人なら信頼できる、困っていても助けてくれる、だから自分も彼を助けよう――叶裕也という人間には、周りの人間にそう思わせるようなカリスマ性があった。

 だから周りには自然と人が集まり、彼の周りはいつも賑やかなのだろう。


 私はあの日のことを思い出して、懐かしく穏やかな気持ちになった。

 ああ、裕也君は本当に素敵な人だなぁ……。


「ヒビキ君、裕也君は損得で人を選ぶような人じゃないんだよ」

「……自分と付き合えば損であることの言い訳じゃない?」


 ヒビキ君の的を射た言葉は否定できません。

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