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なぜか私は恋敵と付き合っています  作者: 多美橋歌穂
第三章
18/102

手を引いて

 学校を出てしばらくが経つが、悟は一言も喋らず、通学路をトボトボ歩いている。

 トボトボ歩いているように見えるのは、先程の一件があったせいだと思うけど。

 元々小柄な体が更に小さくなっているように見えた。


 何度か話し掛けたが無視されたので、私も無理して話し掛けることはせずに、無言で悟の三メートル後ろを歩く。

 折角部活が終わるのを待っていてあげたのに、先に帰るとはどういうことだ。まあ別に悟を待ってたわけじゃないけど。


 私達は一昨日に出会ったばかりだ。しかも、最悪な形で仕方なく付き合いを続けることになっただけで、仲良くなりたいとか好かれたいなんてことは微塵も思っていない。

 だからこうして会話がなくても、私は何も気にしなくていい。別に気まずくない。どうでもいい相手だから、気にするも必要ない。


 ――中学一年生の頃に戻ったら? バケツの水被ってるのがお似合いよ。


「……」


 麗華様の言葉が、頭の中でぽつんと蘇った。


「気になりますか?」

「……何が?」


 心でも読めるのか、悟は私に背を向けたまま突然切り出した。

 何がなんて聞き返したけど、きっと中学時代のことだろう。


「龍宮先輩が言ってたことですよ。バケツの水がってやつです」

「話したくないなら別に聞かないよ」


 そういうデリケートな話苦手なんで……。


「俺中学一年の頃までイジメられてたんです」


 別に聞かないと言っているのに、悟は勝手に喋り出した。


 普段の私なら「だろうね! 性格悪いもんね!」と言ってやるところだったが、今の落ち込んだ悟に追い打ちを掛けるのも酷だったので、その言葉を飲み込む。

 代わりに「へー」と適当な相槌を打っておいた。


「小さい頃から、家庭というか、家族関係というか、そういうので悩んでて暗かったんですよ俺。だからイジメられてました」


 どうして今私にそんなことを教えてくれるのだろう。イジメられていた話なんて、普通誰にだって話したくないはずなのに。

 ここで話さなかったら隠しているみたいで嫌なだけかもしれないけど。


「でも裕也先輩のおかげで家庭の悩みが解決して、それからはイジメもなくなりました。その頃から俺は裕也先輩のことが好きなんです」

「……そっか」


 ちゃんと裕也君を好きになった理由があることに、少しだけ驚く。

 イジメから救ってくれたなんて、裕也君がヒーローに見えても仕方ない。


 だからって同性を好きになる理由にはならないと思うけど。

 敬愛する先輩とか、親友とかじゃ駄目だったの?


「どうです、俺に譲る気になったでしょう」

「え」

「少しでも同情したなら、俺に裕也先輩を譲るのは当然です」

「その理屈はおかしい」

「どうせ優里先輩は裕也先輩の顔がかっこよくて性格がいいって理由だけなんでしょ」

「私だって一年の頃、裕也君に助けて貰ったし……」

「そうですか。裕也先輩は優しいですからね」

「そうだね」

「……」

「……」


 それから私と悟は一言も喋らないまま、悟と別れる十字路に辿り着いた。

 案の定悟は私に一言もなくさっさと十字路を曲がってしまったので、私も何も言わず真っ直ぐ帰ろうとした。


 その時、ポケットに入れていた携帯電話がメールの着信を知らせてくる。

 いつもの調子で画面を開いた私は、そこに表示された名前を見て携帯を落としそうになった。


 ゆ、裕也君からだ! まさか今から私を遊びに誘って……いや、そういえば裕也君は今麗華様とクレープを食べに行っているんだった。それはない。


 期待が砕け散ったところでメールの内容を確認し、私は「ほーん」と呟いて納得する。


 なるほど、悟があんなに意気消沈していた理由がわかった。


 私はメールを閉じてから、小走りで悟を追い掛ける。

 トボトボ歩いていた悟を簡単に追い抜いて、「モンスターが現れた!」てな感じで悟の行く手を阻んだ。

 貸しを作っておくのも悪くはない。


「……なんですか?」

「今から駅前に行く」

「は?」


 怪訝な顔をする悟の手を無理矢理引っ張って、私は町中に繰り出した。



     ※  ※  ※



「なんですか、強制連行なんて何様ですか」

「欲しい物あるの! 彼女の買い物に付き合うのは彼氏の役目でしょうが!」

「俺そうやって男は女に尽くすのが当たり前みたいな考えの女嫌いです」

「う、うん、ごめん……」


 私もそれはどうかとは思うけど、別に奢って貰おうとか考えてないからいいじゃん……。


 私と悟は、県民から「町」と呼ばれている駅前のショッピングセンターに来ていた。美容院や飲食店、書店や雑貨店など、複数の店が混在する建物を、ひたすら突き進む。


 言葉以外では大した抵抗もされなかったおかげで、悟をここまで引っ張ってくることができた。後は用を済ませてさっさと帰ろう。


「私買い物してるから、ちょっと待ってて」

「はあ」


 普段の悟ならここで「帰ります」と言ってさっさと帰りそうなものだが、今の悟は大人しく待っててくれるつもりらしく、すぐ近くの熱帯魚コーナーに歩いて行くと、一人で熱帯魚観賞を始めた。

 彼女のお買い物より熱帯魚観賞とか、普通の彼女だったら確実に振ってる。


 そろそろ時間かな、というところで買い物を切り上げて、戦利品を鞄にしまった後に熱帯魚コーナーで悟と合流。

 今度こそ帰ろうとする悟の腕を慌てて掴み取り、がっしりとしがみ付く。


 ここで逃がしてなるものか! 私には、裕也君から託された使命があるのだ!


「ちょっと、なんか今日の優里先輩怖いんですけど……」

「お腹すいたし、カフェ寄って行こ!」

「嫌ですよ、さっさと帰ります。もう外暗いですから」

「わ、私家まで送ってあげるし!」


 普通逆だと思うけどね!


「たった一人の家族である父が、一人寂しく広い部屋の隅で凍えながら最愛の息子の帰りを待っているんです……」

「必要以上に悲しい言い回しをしないで!」


 あと凍えるぐらいならなら暖房つけて!


「ていうか悟、元々今日は遅くなる予定だったんでしょ!?」

「それに俺、お金ないんで」

「私奢るし!」

「じゃあ行きます」

「……う、うーん!」


 次はどんな理由を付けて断って来るかと身構えていたのに、奢ると言った途端に手の平を返しやがった。随分現金な奴だな。お財布の中身間に合うかな……。


 私は本人の了承を得たところで、悟を近くのカフェへと連行した。

 そのカフェはテレビで紹介されたこともあるくらい人気のカフェで、こんな時間でも数人が順番待ちの為に並んでいる。


「優里先輩、並ぶなんて言わないで下さいよ? もう諦めて帰りましょう」


 そう言う悟の手を引いて、私はレジにいる店員さんに声を掛けた。


「すみません、予約してた『叶』です、先に三人来てると思うんですけど……」

「いらっしゃいませ、叶様ですね。ご案内致します」


 そのまま店員さんが案内をしてくれる。

 悟は驚いた様子で私に手を引かれたまま珍しく動揺していた。


「ちょっと、予約なんていつの間に……ていうか、いつからあなたは叶になったんですか? 裕也先輩の名字を騙るなんて図々しいですよ」


 お洒落なカフェの中で大声を出すわけにはいかなかったので、私はイライラしつつも適当に「はいはい」と返事をしながら店員さんに教えて貰った通りのテーブルまでやってくる。

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