龍宮麗華
そういえば今日は悟がいないから、裕也君の姿を思う存分堪能できるのか。
よきかなよきかな。
「あら優里ちゃん、今日も来たのね」
「都子先輩!」
今日もお美しい都子先輩が、私に笑顔を向けてくれる。
私は昨日優しくして貰ってからすっかり都子先輩に懐いてしまったので、すぐに座る場所をずらして『ここに座ってくださいアピール』をする。
思惑通り私の隣に座った都子先輩は、ここで悟の姿がないことに気付いたらしく、長い髪を小さく揺らして首を傾げた。
「あら、名取君はどうしたの?」
「はい、今日は日直で日誌を書いてから来るそうです」
「そうだったのね」
長身でイケメンの裕也君とスタイルのいい美人な都子先輩が並ぶと絵になるんだろうなぁ。
なんて考えては、自分と都子先輩の差を感じて悲しくなる。
何食べたらこんなに大きくなるんだろう……。
「そう言えば都子先輩って、剣道部のマネージャーとかだったりするんですか?」
昨日の都子先輩を思い出して、思わずそんなことを聞いてしまう。
「あら、どうして?」
「昨日、部員のために飲み物持ってきたり、タオル持ってきたりしてたので、マネージャーみたいだなぁと思って。みんなのお姉さんみたいで格好いいです!」
「ふふ、ありがとう。でもね、剣道部のマネージャーは別にいるのよ」
「え?」
昨日は見なかったけど。
今周りを見渡しても、いるのは部員達だけでマネージャーらしき人は見当たらない。
「あの、剣道部のマネージャーって……」
誰なんですか?
そう聞こうとした時、道場の入り口付近にいる部員達の声が聞こえてきた。
「こんにちは、麗華様!」
「今日も美しいっす!」
私も声に釣られて顔を向けると、剣道場の入り口から一人の女子生徒が入ってくる姿が見えた。
男子生徒から麗華様と呼ばれている彼女は、金髪の縦ロールを揺らし、堂々とした足取りで道場の床を踏む。
私は彼女を見たことがあった。この高校にいれば誰でも一度は目にしたことがあるだろうこの学校の女王、龍宮麗華。
見た目通りの自信家で、口は悪いが華やかな容姿と風格から人気も高く、男女問わず『麗華様』と呼ばれ慕われている三年生。
「麗華様は愛でるもの」とは朋子の言葉である。
そんな女王様がこんな所になんの用だろうか。
目線を感じたらしい麗華様は私に気付いたようで、元々鋭利な瞳を更に尖らせて、私を睨み付けてくる。
そして周りの男子達をスルーして、私の目の前に立った。
……え、なんで目の前に?
「ちょっと、なんで部外者が入ってるのよ」
座っていた私の前に立った麗華様は、仁王立ちで腕を組み、ゴミを見るような目で私を見下してきた。
麗華様を見ていた男子達からは「美しい……」「俺も見下されたい」「鞭で叩かれたい」といった薄汚い欲に塗れた言葉が飛び交う。
心の準備もなく、話したこともない年上の先輩に冷たい目で睨まれた私は、思わず目を逸らしてしまった。
その鋭い眼光から逃れたいという気持ちもあったけれど、最大の問題は、麗華様の短いスカートから覗くソレだ。
……れ、麗華様も水玉とか穿くんですね……。
「……」
「ちょっと、なに無視してんのよ、なめてんの?」
言うべき、だろうか。いやでも、怒っていらっしゃる麗華様にパンツの話なんて火に油だ。
それに座っている人間にはスカートの中が見えるようにという麗華様なりのサービスかもしれないし、わざわざ口に出して言ってしまったら恥ずかしい想いをしてしまうに決まっている。
私にとっても麗華様にとっても、ここは黙っておくべきだろう。
よし、ファイナルアンサー!
「龍宮さん、少し落ち着いて……」
「ここをどこだと思ってるわけ? 遊び場じゃないんだけど」
隣にいた都子先輩が麗華様を宥めてくれるが、私が何も言わないことに麗華様はご立腹なされていた。
私はいつまでも座ったままでは失礼だと思い、その場で立ち上がる。
同性とはいえ他人のパンツを視界に入れたまま会話するなんて道徳的じゃない。
「えっと、初めまして、二年生の亘理優里です」
「名前なんて聞いてないんだけど」
聞いて下さいよぉ……。
「優里ちゃん、この子が剣道部のマネージャーの龍宮麗華さんよ。昨日はたまたま用事があって来られなかったそうなの。そうよね、龍宮さん」
「気安く話し掛けないでくれるかしら? 私、あんたがここにいるのだってまだ認めてないんだけど」
「口が悪いわよ、麗華ちゃん」
「誰が麗華ちゃんよ!」
同じ三年生同士なのだからちゃん付けで呼んでもいいじゃないかと思ったけれど、どうやら麗華様は都子先輩のことも気に入らないらしく、都子先輩が間に入ってからも終始尖った態度を続けていた。
「部外者は早く出て行って貰える? 部活始められないから」
「わ、私はただ人を待っているだけで、部活の邪魔をしたりしません!」
「存在自体が邪魔なのよ」
存在否定されたのなんて初めて……。
「浮ついた奴がいるだけで部員の集中力が落ちるでしょう」
浮ついてる髪型してるくせに!
……とはさすがに言えず、目を泳がせてなんとか言い訳を考える。
と、考えるために逸らした目線の先。剣道場の入り口で今来たらしい悟が、制服のまま他の部員と何か話している姿が目に入った。
こちらを指さしているところを見ると、この状況の説明をして貰っているらしい。
想像よりも早い到着だ。てっきり部活が始まってからゆっくり来るものだと思っていた。
裕也君は着替えに行ってしまってこの場にはいないので、このタイミングで来てくれた悟が少しだけ救世主に見える。早く私を助けて!
ようやく私が助けを求めていることに気付いた悟が、無表情のまま歩いてこっちに向かってきた。メロスじゃないけど走れよ。
「龍宮先輩、それ俺の彼女なんです、俺の部活終わるまでここで待ってて貰う予定なんで」
こいつ今私のこと『それ』って言わなかった?
「は? なに勝手なことしてんの、一年生が。誰の許可があって女子を道場に入れてんの?」
あんたも女子だろうが!
案の定悟に対してもきつい態度の麗華様。剣道部のマネージャーと言っていたので初対面では無いだろうが、仲が良さそうには到底見えなかった。
むしろ麗華様は悟のことを親の仇でも見るような敵意の籠った目で睨み付けている。
悟、麗華様にまで喧嘩売ったことがあるのか……。
「部長と顧問、両方に許可を貰っています。龍宮先輩こそ、ただのマネージャーにどんな権限があると思ってるんですか?」
「は? 意味わかんない」
「龍宮先輩って話してるといつも意味わかんなくなっちゃうんですね、頭弱いんじゃないですか?」
「は?」
「なんですか?」
やめて! 仲良くして! 私の間で争わないで! 他所でやって!
悟と麗華様の相性は最悪と言ってもいいほどだ。
なにが二人をそこまで駆り立てるのだろう……。
「ちょっと二人ともストップ!」
着替え終わった裕也君がすぐさまこちらに気付いてくれたようで、慌てて走り寄って来てくれる。
さすが裕也君、悟とは大違い! 裕也君こそメロス!