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なぜか私は恋敵と付き合っています  作者: 多美橋歌穂
第三章
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登校タイム

「ヒビキ君、男の人好きになったことってある……?」


 帰宅して早々二日連続でベッドに身を投げた私は、心配してというより不気味がって姉の様子を覗きに来た弟ヒビキ君に、そんな質問を投げ掛けた。


「な、なに急に……」


 予想通りの反応。「何言ってんだこの姉、とうとう頭いかれたか」という顔をしている。

 むしろこの質問によって私への不信感を募らせた様子のヒビキ君は、部屋の扉から顔を出すだけで、部屋に入って来ようとしなかった。部屋にゴキブリが出た時と同じ対応するのやめてくれませんかね……。


「ううん、いや、なんでもない……」


 ヒビキ君に聞いてもわからないよね、ごめんね。

 そう言って再び布団に潜り、今日の下校中に発覚した衝撃の事実について思案する。


 ――なんで俺が、顔も名前も知らなかった優里先輩を好きになってなきゃいけないんですか。


 あの後悟の口から吐かれたその言葉が、事の全てだった。

 どうりで私に対しては辛辣で人を殺す勢いの眼光をぶつけてきたわけだ。

 もともと私は悟にとって「邪魔なライバル」以外の何者でもなかったのだから。


 それは理解しよう。恋のライバルなんて、漫画やドラマの中では燃える展開になるだろうけど、現実で自分の前に現れても心底邪魔なだけだ。

 それは理解できる。


 けど、どうしてよりによってライバルの性別が異なったのか、そこが理解できない。「ライバルはホモ」って認識でいいのかな? 私場違いじゃない?


 最初は「信頼」という意味での好きなのかとも疑ったが、どうやらLikeではなくLoveの方らしい。

 もうそれしか現実逃避の仕様がなかったから何度も確認した。確認した結果ダメだった。無念。


 いつの間にかヒビキ君はいなくなっていて、下の階から「父さん、母さん! 姉ちゃんが女の人好きになっちゃったかも!」「なんだって!?」「あらあらまあまあ」なんて会話が微かに聞こえてくる。

 あらぬ誤解を受けているみたいだが、誤解を解きに行く元気はなかった。



     ※  ※  ※



 高校二年生になってからまだそう時間は経っていないように思うのに、カレンダーは五月のページを捲り、既に六月。


 動かずとも汗をかく日もあれば、急にどうしたのだと思うほど肌寒い日もある、そんな忙しない季節。

 電車の窓から差し込む朝の陽光を浴びながら、窓の外を規則正しく流れる景色を目で追って、その見慣れた景色に確かな時の流れを感じた。


 猛勉強の末に雨野宮高校に入学してから、一年ちょっと。

 裕也君のことが好きになってからも、それくらいだ。


 一年以上もの間、私は裕也君の笑顔に勝手に癒されてきただけで、裕也君との距離を縮めようとしなかったし、私の方から話し掛けることもなかった。

 二年生になってから席が隣同士になり、ようやく私の方から挨拶をするようになっただけだ。


 でも、今は。

 挨拶だけじゃない。裕也君が部活に励む姿だって見ているし、帰りも途中まで一緒だ。しかも隣を歩いてる。

 望んだ形でないとはいえ、私にとっては大きな前進。

 悟の件は誤算だったけど、裕也君と少しでも距離を縮められるなら、一か月間の地獄さえ耐えられるような気がしてきた。


「よし、今日は裕也君の前で噛まないようにするぞ……」


 今日の目標を立てる頃には、既に電車は目的地へ到着。

 生きる上で目標は大切だね、うん。


 そういえば、今朝は家族みんな妙にギクシャクしてたけど、昨晩何かあったっけ?


 ……まあいいか。

 と、思い出せないまま通学途中の学生達と一緒に電車を降り、高校へ向かう。


「――勘違い先輩、おはようございます! 今日もいい天気ですね!」


 いつも通りの通学路の途中、昨日と同じ場所に悟が立っていた。

 昨日と違う所を上げるとするなら、顔面に張り付いて取れそうもないその満面の笑顔だろうか。太陽の光を反射した海のように、キラキラと光っていた。


 悟は私がどんな勘違いをしていたのか知ってから、終始馬鹿にするようなニヤニヤ顔で私を見ている。

 今だって実に愉快そうにニコニコと人懐っこい笑みを浮かべていた。


 私も「ホモのくせに!」と言いそうになったけど、悟の横に立っている彼の姿を見て言葉を飲み込む。

 いきなりそんなことを叫んで変な子だと思われたくない。


「おはよう、亘理さん。お邪魔しちゃってごめんね」


 裕也君だ。悟と違って悪意のない純粋な笑顔に、心癒される。

 こんな朝っぱらから裕也君の顔を見ることができるなんて、今日はいいことありそう! でも多分ないっ!


「おはよう裕也君! 邪魔なんてそんなことないよ、すっごく助かる!」


 私は今日一番の笑顔を浮かべる。昨日は先に行ってしまったらしい裕也君だが、今日は悟が頑張って引き止めていたのだろう。

 今日の登校は学校のアイドルと一緒だ。


 思い返せば、昨日悟が言った「折角さっきまで裕也先輩が一緒に待っててくれてたのに、勿体ない」というセリフは、私に対して言ったのではなく、ただ自分が本当に残念がっていただけだったんだろうな……。


 それにしても裕也君がいてくれて本当によかった。

 悟と二人きりにされたら、昨日までの勘違いをどうからかわれるか……考えただけで億劫だ。


「そうですよ裕也先輩。俺達まだ二人きりじゃ恥ずかしいんです。優里先輩ったら昨日の帰り道でも、恥ずかしさのあまり夕日に向かって何か変なこと叫んでましたし」


 無理矢理昨日のことぶっこんできやがった。

 裕也君も驚いている。


「え、叫んだの?」

「はい。ね? 優里先輩」

「う……そ、ソウデシタッケ……?」


 裕也君がいる時にそんな話をされるとは思わなかった私は、片言で返すことしかできなかった。

 裕也君がいる時にやめてよ……と、視線だけでなんとか伝えようと、私は裕也君にばれないように悟を睨み付ける。


 だが悟は私に睨まれたところで何も怖くはないのだろう。

 昨日の七五三発言の仕返しと言わんばかりに、私にニコニコ笑顔を向けてきた。

 優しさを伴っていない笑顔程薄気味悪いものはないのだが……。


「あはは、そうでしたよ。もう忘れちゃったんですか?」


 鼻歌が聞こえてきそうなほど上機嫌な悟。私は裕也君の手前愛想笑いを浮かべることしかできず、冷や汗を垂らしながら悟の攻撃から身をかわす。


「あ、ああ、えっと、ちょっと昨日は頭混乱してて覚えてないかなぁ……」


 悟の好きな人の正体が、同性の叶裕也君だなんて想定外の事実、頭が混乱しない方がおかしい。


 ……まさかとは思うが、今日裕也君を引き止めていたのは、遠回しに私の勘違いをからかう為……?

 いやいやそんな、悪魔じゃあるまいし。


「なんて叫んだんでしたっけ?」


 悪魔だ。

 ねえこれ答えなきゃダメ?


 やけに機嫌のいい悟は、私をからかうのに昨日以上の全力投球を見せていた。なに、あんた今日誕生日か何かなの?


 持っていた学校鞄の取手を引き千切りそうになった時、私に救いの手が差し伸べられる。


「こら悟、あんまりからかっちゃ亘理さんが可哀想だろ」


 神様だ!


「あと、いちゃつくなら俺がいない時にしてくれ」


 神様、傷をこれ以上広げないで……。


 裕也君の純粋な目から見れば、私達のやり取りは恋人同士のイチャイチャに見えるらしい。

 イチャイチャというよりイヂャイヂャって感じなんだけど……。


 結局悟からの言葉の攻撃をかわすことに必死で、裕也君と仲良くなれるような会話は一切できなかった。

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