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なぜか私は恋敵と付き合っています  作者: 多美橋歌穂
第二章
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帰り道

「礼!」


 礼に始まり、礼に終わる。

 夕日に照らされた剣道場で、剣道部員達はそそくさと帰り支度を始めた。


 時刻は夕方の六時。着替えてから真っ先に帰る生徒もいれば、剣道場備え付けのシャワールームに寄ってから帰る生徒、シャワー待ちの間に談笑している生徒など、様々な生徒がいる。


 でもその中で、着替えもせず談笑もせず、竹刀を持ったまま練習を続けている生徒達の姿があった。

 悟と裕也君だ。


「悟はまだ初心者なんだから、跳躍素振りはできなくて当たり前だよ。他の基礎的な動きを覚えてから、徐々に慣れていこう」

「はい、すみません」


 どうやら個人授業が始まったらしい。

 他の部員達も何も言わず、打合せもなく始まったので、この自主トレーニングは日常的に行われているようだ。


「まず、竹刀の握り方は、こうな」


 裕也君が後ろから覆いかぶさる形で悟の手を取って、竹刀の持ち方とやらを正している。小学生に箸の持ち方を教えてあげているお母さんみたいだ。


 見ると、悟も部員達の前で子供のような扱いを受けて恥ずかしいらしく、ほんのちょっと頬を赤らめていた。


 でも悟、いくら初心者の一年生だからって、竹刀の持ち方くらいは普通一日で覚えられるよ……。


 悟って意外と不器用なんだなぁと思いながら、裕也君に構って貰える悟がとても羨ましく思えた。

 見ている限り裕也君と仲がいいのは事実のようだし、裕也君と同じクラスの私よりも沢山会話ができている。


 ……三年も一緒にいれば、あんな風に親しい仲になれるのかな。


「優里ちゃん、このお水二人に渡してきてくれないかしら」

「はい、わかりました」


 私は都子先輩からペットボトルを二本受け取って、裕也君と悟の元に走った。

 多分都子先輩は、私が二人に交ざりたそうにしていたから、機会をくれたのだろう。なんていい人なんだ。女神。


「裕也君、悟、お疲れ様。はい、都子先輩から」

「ありがとう、亘理さん」

「……どうも」


 私に失態を見られていたことに今気付いたのか、悟は私を見るとあからさまに嫌な顔をした。今にも舌打ちが聞こえてきそうなほど。


 でも悟の弱点を知れた私は上機嫌で悟に水を渡した。


「いきなり転ぶからビックリしちゃったよ。悟、運動音痴だったんだね!」

「うるさいです、剣道部は元々運動音痴の集まりなんですよ」


 悟がそう言うと、会話が聞こえていたらしい剣道部員達の「うっ」という呻きがあちこちから聞こえてくる。

 無意識にも人を傷付けることができるなんて、悟のソレは才能としか言い様がない。


「こらこら、他の奴ら傷付いてるからやめろ……」


 裕也君も否定しないあたり、剣道部が運動音痴の集まりだということは事実らしい。剣道部……。


「でも、裕也君は運動得意だよね。体育でもいつも大活躍だし」

「中途半端なのが嫌いなだけだよ」


 なにその格好いい理由……。


「俺だって毎日こうやって頑張ってるんですよ。ね? 裕也先輩」

「そうだな。全然上達しないけどな」

「だって裕也先輩の説明、擬音語が多くて意味わかんないんですもん」

「教えて貰ってるくせにそういうこと言うなよ」


 二人は本当に仲がよさそうに笑い合っている。

 裕也君も悟を信頼しているようだし、後輩というより親友のような態度で接していた。

 本当に可愛がっているんだということが伝わってくる。


 その後三十分ほど個人練習は続き、悟が上達することなく帰る時間になった。

 シャワーを浴びてさっぱりした顔の二人と一緒に剣道場を出る。


「お疲れ様、二人とも。忘れ物はない?」


 剣道場の鍵を持っていた和樹部長の優しい声が、夕暮れの中で響く。都子先輩も一緒だ。


「すみません、いつもいつも」

「活動熱心な一年生がいるだけで、部長としてはすごく嬉しいよ。これからも一緒に頑張ろうね」

「はい」


 和樹部長、いい人すぎる。気弱な雰囲気があるけど面倒見もいいし、部員達からはとても信頼されているのがわかった。親しみやすいというべきか。

 ファンクラブの子達に囲まれていた時助けに入れなくてごめんなさい。


 私達は五人で並びながら校門へ向かって歩く。

 なんかこういうのいいなぁ、青春みたい。私は部活に入っていないから、こんなふうに日が落ちる時間帯に帰ることは珍しく、とても新鮮だった。


「亘理さんも、今日はお疲れ様。正座疲れたでしょ」

「え、いや、まあ、はい、あはは……」

「優里ちゃん、途中で足を崩していたものね」


 都子先輩、それは言わないでください……。

 裕也君にも笑われて恥ずかしい思いをしながらも校門へ辿り着き、別方向だという和樹部長と都子先輩とはすぐに別れることになった。

「また明日」なんて言われると、昨日から今日一日に掛けて長かったなぁとしみじみ感じて、遠い目をしてしまう。


「俺達も行こうか」

「そうですね」


 三人で歩き出す。沈み掛けの夕日を見ながら、オレンジ色に染まる通学路に三つの影を伸ばして。


 私と悟はまだ二人きりが恥ずかしい初心な恋人の設定を作っているので、並び順は私と悟で裕也君を挟んでいる。


 そう、今私は! 裕也君の隣を歩いている……!


 これは裕也君とお喋りをする最大のチャンスであり、神が私に与えた最初の試練。


「ゆ、裕也君、剣道着すごく似合ってたね! 本場の武士みたいでかっこよかったよ!」


 本場の武士って何だ私。自分で言っておいて意味がわからない。


「え、本当? ありがとう」


 ありがとう。爽やかな天使のような微笑みを向けられた私の心臓は、本当に一瞬止まった。


 裕也君の笑顔は破壊力がやばい。背景にラナンキュラスの美しい花が見えた。西洋での花言葉は、あなたの魅力に目を奪われる――まさに裕也君のことだ。


 そんなこと悟に聞かれたら語尾に星マーク付きで「ポエム先輩」とか呼ばれそうだから、絶対口には出さないけど。


「優里先輩優里先輩、俺はどうでした?」


 折角裕也君と二人きりの空間を作っていたというのに、反対側から悟が割って入ってくる。私が裕也君と話しているのが気に入らないらしい。

 こっちも天使のような爽やかな笑顔だが、悪意しか感じないし別の意味の破壊力がある。

 男の嫉妬もなかなか怖いな……。


 悟の剣道着姿かぁ。危なっかしくてそんな感想抱く余裕も無かったけど、今思い返してみれば、容姿はいいんだし悪くはなかったと思うけど。


「……悟は、まあ、七五三みたいで可愛かったよ」

「ふっ……!」


 裕也君が噴き出す。裕也君のツボに入ったようで、なかなか笑いが止まらず涙目になって肩を震わせていた。裕也君が楽しそうでなにより。


「……」


 その横で悟が私を睨み付けてきたが、裕也君の前で本性は出せないのか「可愛いなんて、そんな褒めないで下さいよぉ」なんてあざとい声を出している。


 声と表情のバランスがおかしいよ、なんでそんな怒りに冷え切った氷みたいな表情でそんな可愛い声が出せるの? 表情筋と声帯、別居中なの?


 まあ悟とは家も遠いし、このまま行けばすぐに悟とお別れできるので、このまま逃げ切ろう。


「あ、俺優里先輩を送っていきます」


 あの世までとか言わないでね。


「わかった、じゃあ俺はここで」


 ん? 雲行きが怪しいぞ?


 裕也君は「また明日ね、二人とも」と爽やかな笑顔で手を振り、十字路を曲がって行ってしまった。

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