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なぜか私は恋敵と付き合っています  作者: 多美橋歌穂
第二章
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悟のはなし

 私がキラキラした目で裕也君を見ていると、都子先輩がふふふと上品に笑った。


「優里ちゃんは、名取君と付き合い始めたらしいわね」


 知られていたか。不本意だが頷いて肯定する。


「どういう所が気に入ったの? よければ聞かせてくれないかしら」

「えっと……」


 これはアレだろうか、恋バナとかいう奴。

 私は今朝朋子にも話した内容を、そのまま都子先輩にも話した。

 悟から告白してきて、あまりに真剣だったから一ヶ月は付き合ってみようという話になったのだ、と。


 すると都子先輩は「あらそうなの」と優しく笑って竹刀を振る部員達に視線をやった。

 その視線を追うと、裕也君の隣に隠れていた悟を見付ける。


 やっべ、小さくて全然気付かなかった。長身の裕也君と並ぶと尚更。


「名取君はね、叶君を追ってこの高校に来て、この部活に入ったの」

「え、わざわざ裕也君を追って、ですか? 中学の頃からの付き合いだとは聞いてましたけど……」


 余程仲がよかったから、離れたくなかったのだろうか。

 それにしたってこの高校は進学校だ、元々頭がよくない限り、相当の努力をしなければならなかったはず。

 私も相当努力してこの高校に奇跡的な入学を果たしたので、なんだか親近感が沸いてしまう。


 ……いや、悟の場合は、最初から頭がよかった可能性もあるけど。


 そんな私の心を読んだのか、都子先輩は私の考えを否定した。


「名取君、相当勉強を頑張ったらしいわ。叶君から聞いたのだけれど、中学の時は成績も悪かったみたい」

「え、悟がですか?」


 ナイフのように人の心を抉る辛辣な言葉を短時間で考えられるくらい頭の回転が速い、あの悟が? 頭の回転と頭のよさは関係ないのだろうか。

 ふふふ、ああ見えてバカなのか。いいことを聞いた。


「でも今は勉強に着いていけているみたいで、叶君もホッとしていたわ」


 前言撤回、余裕ぶっこいてる場合じゃない。授業に着いて行けていない分、私の方がバカだ。


 都子先輩の口調はとても優しいものなのに、なぜか私の心に深刻なダメージを与えてくる。恐ろしい。


 でも、なんで都子先輩が私にこんなこと――主に悟のことを話してくるんだろう。


「あの、なんで私にそんなことを……?」


 言ってしまってから自分の言葉を思い返し、受け取り方によっては失礼にあたる聞き方だったと慌てて別の言い方を考える。

 しかしその間に都子先輩は、特に気にした様子もなく柔和な笑みを浮かべて答えてくれた。


「名取君、自分のことは話さないから。優里ちゃんにもきっと、何も話していないのでしょう?」


 言われて、悟と会った時から今までの会話を思い返す。


 確かに、悟は私のことが好きだと言うわりに、自分のことはなにも話していないように思えた。


 というか、お互いのことを何も話していない。

 話したことといえば、裕也君の話やら謝罪要求やら脅迫やら……。


「……そう、ですね。考えてみれば」


 まともな会話をしていない。


「怒らないで欲しいのだけれど、正直に言うとね、名取君が優里ちゃんを選んだ理由がわからないわ」


 普通なら失礼な人だと思うような言葉だったけれど、全くその通りなので当の私も都子先輩の言葉に同意してしまう。


「はい、私もです。理由聞いたら、とりたてて言うほどのことでもないらしいですよ」


 私がそう言うと、都子先輩は口元を隠して小さく噴き出した。美人で大人びた雰囲気だから勝手にクールな人だと思い込んでいたけれど、都子先輩は意外とよく笑う人だ。


「名取君らしいわ。でも優里ちゃん、本当に愛されているのね」

「え、そう思います?」


 とりたてて言うほどでもないって、大した理由はないって酷い意味なんだけど……。


「実は私も名取君や叶君と同じ中学出身なの。学年はバラバラだったし接点もあまりなかったけれど、見た限り、名取君は中学の頃に比べてよく喋るようになったと思うわ」

「ああ、よく喋りますよね」


 主に悪口をね。


 私が今まで受けてきた残虐非道な行為や、浴びせられた罵詈雑言。それらを思い出して笑顔を引き攣らせていると、都子先輩は私とは正反対に穏やかな笑みを浮かべた。


「名取君に優里ちゃんみたいな恋人ができて、本当によかったわ。もし一ヶ月後に別れることになったとしても、友達でいてあげてくれないかしら」

「……友達くらいなら、いいですけど」


 まるで悟のお母さんみたいだ。

 友達になるのも正直嫌な人種だけど、ここは大人しく頷いておこう。


 きっと一ヶ月後に別れることができたとしても、私が裕也君のことを好きでいる限り、裕也君と仲のいい悟とは切っても切れない縁が続くだろうから。


「ありがとう、優里ちゃん」


 そう言って微笑む都子先輩の横顔は、何度見ても綺麗だな――と、思ったその瞬間。



 ――ドンッ!



 前後にぴょんぴょんと飛んで素振りをしていた剣道部員達の方から、誰かが倒れるような音が聞こえてきた。

 ほとんどの剣道部員はそのままぴょんぴょんと跳躍を繰り返したままだったが、列の後ろ、一部の人間だけ動きを止めて苦笑いをしている。


 どうやら跳躍素振りに着いて行けずに、誰かが盛大に素っ転んだらしい。

 見ると裕也君が素っ転んだ部員に手を差し伸べて立たせてあげている。

 やっぱり優しいなあ……なんて見ていた私は、立たせて貰っている部員を見て目を丸くした。


「……は……?」


 跳躍素振りに着いて行けず、盛大に尻餅をついた間抜けな部員の正体は、なんとあの悟だった。

 重力に逆らうことなく降ってきた自分の竹刀に、頭を叩かれて。


 ……え? なんで? 性格に似合わずドジっ子なの?


「悟―、またかよー」

「お前毎回笑わせんなよ」

「運動音痴にも程があるって!」


 悟を気遣い動きを止めていた先輩達が、けらけらと笑って悟の頭をガシガシと撫でまわす。

 悟は無表情のまま目を逸らしつつ「すみません」と謝って、吹っ飛んだ竹刀に手を伸ばしていた。


 私は隣で微笑ましそうな顔をしている都子先輩の表情から、これが日常的な光景であることを察して、口を半開きにしたまましばらく。


「……都子先輩、悟って運動音痴なんですか?」

「そうねえ。跳躍素振りでは毎日一回は転んでいるわね」

「毎日!?」


 さすがに足腰脆弱すぎやしませんか、悟さん……。


 その後も悟だけ竹刀をふっ飛ばしたり、何もない所で転んだりして、見ているこっちが冷や冷やするような練習が続いた。


 無意識に悟にばかり目がいって、貴重な裕也君の剣道シーンを拝むことができなかったのは、本日最大の誤算だったと思う。

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