忘れられない
柔らかくて温かい、キスの瞬間。
一生忘れることはできないであろう、唇の感触。
放課後の教室で好きな人と交わす、甘く幸福に満ちたロマンチックな口付け。
……だったなら、どれほど幸せなものだったか。
「どういうことなの……」
――さて、なぜこんなことになったのだろう。
教室の冷たい床に跪き、女子高生らしからぬ体勢で首を垂れることになった私は、自分の身に起きた不幸により、頭の中が真っ白になっていた。
身も心も灰になってしまいそう。
悲劇? 惨劇? そんな言葉で片付けられるようなものじゃない。
十六歳にして必死に守ってきたファーストキスを、見覚えのない初対面の男子にあっさりと奪われ、さらにそれを好きな男子に目撃された――そんな状況の悲惨さを的確に表現できる人が、この世に存在するだろうか。
なぜ。どうして。それ以前に――あなた誰?
ぐちゃぐちゃと音を立てて混乱しきった私の頭の中には、疑問符が飛び交っていた。
教科書を開いたとしても、ネットで検索をしたとしても、今の私にその答えを教えてくれる存在は一人しかいない。
私に突然キスをして、それを私の好きな人に見せ付けて、「俺達付き合い始めました」なんて嘘八百を宣言した、名前さえ知らなかった一年生の男子生徒。
当のそいつはといえば――
「――いつまでそんな所で項垂れてるんですか? 床好きなんですか? 変わった人ですね。先輩の胸にも立派な床が付いてますし、それで満足したらどうです? ほら、ヒマワリのように上向いてくださいよ」
どこからそんな毒舌が沸いて出るのか。
教室の床に跪く私を、呆れたような表情で見下ろしてくる最低男。
「……あのさぁ……」
本気の殺意というものを、十六歳で覚えてしまった。