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私の名前は、ジャスミン・マーキュリー。
ダスカイダ王国の五大公爵家の次女として産まれた。お父様とお母様の、とても大きな愛に包まれて育った。
私が3歳の時に行われた魔法適正審査で、ひどい結果を出してしまった。
黒く塗り潰された、しかし妙な安心感のある審査の場に白く描かれた魔法陣の中心に立った時だった。白かったはずの魔法陣が黒く染まり、お湯が沸騰するように陣がグツグツして、すぐに止んだ。
いつもは気にならない左肩の重みが何故か気になった。
結果を見たお母様が、息を飲んで佇んでいた。お父様が私の側に来て、頭を撫でてくれた。
「そうか、ジャスミンは闇属性か。水属性でないのは少しだけ残念だが、ジャスミンが愛しいことに変わりはないよ。おめでとう、ジャスミン」
優しい顔をして、おでこにキスをくれた。お母様も私を抱きしめて、愛しているわ、と言ってくれた。
担当してくれた神官様が言っていた。
私の産まれたマーキュリー家は水属性に優れているけど、私にはそれは使えない。闇属性は、影を操ったり、精神に干渉できたり、隠密に長けているんだそうだ。
だけど、私の魔力はとても弱い。将来魔法を生業にはできないでしょう、と。
審査を受ける前にお父様とお母様が、
水属性かな?
水属性だといいね
どれ位の才能があるかな?
私たちの娘だから、、、
そう言っていたのを思い出して怖かった。さっき、愛していると言われたばかりなのに。
私には物心ついた時から友だちがいる。でも、誰にも見えないらしい。お父様にも、お母様にも、侍女のセシルにも。ちゃんとここにいるのに。見えて、お話できて、ちゃんと触れるのに。
彼は自分のことを、ロトと言った。私の左肩がお気に入りの、喋るカラスだ。
物心ついた時からいるこのロトの話を、お母様にしたことがある。みんなにも見えていると思って話したのだ。
お母様は私が遊んでいるのだ思ったようで、ジャスミンは面白いのね、と鈴のなるような声でふふふと笑った。
ロトが言うには、私にしか見えないのだそうだ。みんなには秘密の、2人だけの友だちだな、とニヤリと笑っていた。
そして、ロトは魔法が使えた。部屋を真っ暗にして、夜にしか見えないはずのお星様を散りばめたり。お菓子やお気に入りの髪飾りや鏡を、いつでも取り出せたり。ロトはきっとすごい魔法使いなのだ。
幼かった私は、愚かにも願ってしまったのだ。
マーキュリー家に相応しい水属性の素晴らしい才能を持つ姉。
マーキュリー家に相応しくない闇属性と才能のない私。
いつか、両親や使用人たちが私を捨てる日が来るのではないかと、不安に駆られ、願ってしまったのだ。
「ろと、じゃすみんは、こわいわ。おとうさまも、おかあさまも、じゃすみんのことがすきじゃ、なくなってしまうかもしれないわ。おねぇしゃまのことのほうが、たいせつになってしまうかもしれないわ。
ろと、こわいわ」
「けけけけけ。ジャスミン、両親に愛されたいか?あの姉よりも?
けけけけけ。ジャスミン、俺の1番はお前だ。叶えてやるさ、安心しろ。お前はなにも心配いらないさ。けけっ」
ロトは楽しそうに口を開けて笑っていた。ロトの1番は私だと思うと安心できた。
次の日、姉は別館に移された。
私は6歳になった。
姉のことが嫌いなわけではなかった。ロトの魔法で部屋にいても真っ黒なモヤで姉のことをよく見ていた。
いつもニコニコと笑っていて、楽しそうだ。お父様のこともお母様のことも、まるで気になんかしてないようだ。そして、私のことも。
この人と仲良くなったら、一緒に遊べたら。
幼い私の愚かな願いを、私はうまく消化できていない。
そんなある日、お母様のお腹の中に赤ちゃんができた。この子とはちゃんと、仲良くしたい、一緒に遊びたい。