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「ニール!あのね!.....あれ?」
ジャネットは庭に出て、雑草を土魔法で抜いていくニールに声をかけた。
呼びかけに応じて振り返ったニールも元気がなさそうだった。垂れ目な目がいつもより更に下がっている様で、私のことを見つめる瞳は悲しみに満ちていた。
「ニールも、どーしたの?とっても悲しそう」
「いや、そんなことないよ、お嬢ちゃん。
そう言ってニールが悲しそうに顔をクシャッとして笑った。辛そうだった。今日はみんな、元気ない日なのかしら。
「さっきね、レイラにあったんだけどね、レイラも元気なかったの。だからお花を摘んでプレゼントしようかと思ってここに来たんだけど、ニールにもなにか必要みたいね。
あ、そうだ!ニール、そこのお花に水あげた?」
ニールが少しびっくりした様な顔をした後、今度はいつもの優しい顔をして笑って頭を撫でてくれた。
「お嬢ちゃんは、本当に優しいね。ありがとう。
水はこれからだよ」
なぜありがとうなのか、分からないけど、取り敢えず、“水”が先だ。
「ニール!見ててね!」
手を胸の前で上下に掌が向き合うようにして、手と手の間に魔力を込める。
透き通るような綺麗な水玉ができ、ぷるぷる震えだした。それを今度は手で包み込む様にして、頭上に持って行き、手を広げる。水玉が空に上り、大きく膨れ上がり弾けた。
優しく花々に降り注ぎ、そこに虹がかかった。
「どお!?虹ちゃんと見えた?元気でた?」
ホロリとニールの瞳からひと粒涙が零れ落ちてきた。
「ニール!!?ど、どーして泣いてるの?ごめんね!私、なにかしちゃった?ごめんね!!」
ニールが泣いているところなんて初めて見たジャネットは、動揺して今にも泣きそうだ。
「...っ。お嬢ちゃん、ありがとう。お嬢ちゃんがわしのために虹を見せてくれたと思うととても嬉しくてな。歳をとって涙脆くなってるんだ。勘違いさせてごめんよ。本当にありがとう」
ニールは涙を拭って笑顔を見せた。
ジャネットには、ニールが泣いた時とても悲しそうに見えたが、今は笑顔のニールを見て、素直に嬉しくなった。
「えへへ。ニールが元気になって良かった。あ、レイラにお花あげようと思っててね!ニール手伝ってくれない?」
「いいとも。ただお嬢ちゃん、まだご飯食べてないんじゃないかい?」
ぐぅーー。
ご飯、の単語を聞いてジャネットのお腹が鳴った。
「そう言えばまだだったわ!お腹すいてきたわ」
「ふぉっふぉっふぉ。ご飯食べてから、またおいで。お嬢ちゃんがお腹空いたままだと、カルロの畑が心配になるよ。」
一度、カルロの畑にできたミニトマトをつまみ食いしたからだろう。お腹が空いたままでカルロの畑の近くに行くことは許されなくなった。
「分かったわ!食べ終わったらすぐに来るわ!」
走り去るジャネットを見て、ニールは切なくなった。自分を愛さなかった両親が、新たな命を愛でようとしている現実はジャネットにとって、どれ程のものなのだろうか。
ジャネットは庭を走り抜け、廊下の窓が開いてるのが見えた。
あ、あそこから入れれば近道だ。
ジャネットが窓のすぐ側に立ち、足に魔力を込めようとした。
「レイラ、そんなに泣かないで。このことで辛いのは、あなたじゃないのよ?」
アリーナの声だ。
「分かっては、いるんです。でも、でも!おかしいじゃないですか!」
続いて聞こえたレイラの声の大きさに驚いた。レイラ、怒ってるのかな?大声、初めて聞いた。
「なんでお嬢様じゃないんですか!」
え、私?
「なんで、新しくできた子どもは愛せるのに、なんで、今いるお嬢様は愛せないんですか!」
「レイラ、落ち着きなさい。あなたが怒っても何も変わらないわ。
それに今は、奥様が妊娠なさったことと、そのお子様が旦那様にも奥様にも愛されることを感謝しましょう?」
聞こえてきた会話に、だからかと納得してしまった。気にしなくてもいいのに。だって、私の家族はちゃんといる。
ジャネットがなんとも言えない思いをしていると、名前を呼ばれた。
「お嬢様、こんな所で何をなさっているんですか?」
カルロだった。
「丁度昼食のお時間ですよ?食べに行かれないんですか?」
カルロの目を見ても、いつも時間より少し早めに食堂にいるジャネットを不思議に思っているだけの様だ。
それを見て、少し呼吸が楽になった気がした。
「これから行くところよ」
ばん!!
言い切る前に大きな音がした。空いていた窓の淵にアリーナが手をかけ、驚いたようにこちらを見た。
「お嬢様、いつ、からそこに....?」
掠れた声でアリーナが言う。その言葉を聞いて、レイラも窓に寄ってきた。
「ちょっと前から、いたわ」
「っ!お、嬢様、聞かれていました、か?」
泣き顏をさらに歪めて、レイラが問いかけてきた。
それを見て、また変な気持ちになった。
声を出さずに頷いた。
レイラが息を飲んではらはらと涙を流した。
「私は何も気にしないわ、レイラ。だから元気出して」
何故か私も泣きそうだった。