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五大公爵家の一角を担うマーキュリー家の長子、ジャネット・マーキュリーには、最近ハマっていることがある。
「さぁ、ジーン、カルロ。アリーナに見つかる前にささっと行くわよ!」
普段から貴族、それも五大公爵家としてはかなり控えめの洋服を着ているジャネットだが、今着ているのは庶民が着るような少しよれたワンピースだ。
護衛のジーンとカルロにいたっては、私服だ。
3人はコソコソと誰にも見られないように別館をでて、ブロイダンスという町に向かう。
ブロイダンスはマーキュリー家の治める町で、そこの小高い丘の上に本館が建っている。
本館から町までは歩いて30分近く掛かるが、別館からなら5分で着く。
余談ではあるが、本館から町とは逆に10分ほど行くと小さめだが決して枯れない泉があるのだそうだ。
「今日は私の勝ちのようね、アリーナ!」
はははは!と高笑いをするジャネット。
前回抜け出そうとしたところをアリーナに見つかり強制的に引き戻されたのを根に持っていたらしい。
それを見て、ジーンと同じく護衛のカルロは痛む胃を優しく撫でた。
「帰ったら、絶対にまた怒られますよ?お嬢様」
「カルロ!もうここは外よ、ジェシーと呼んで!
設定としては、カルロと同郷の元カノのカルロの後の男の人が後に結婚した女の人との間に生まれたジェシーなのよ!?バレないようにしないとね。」
このイマイチ分かりにくい設定を作ったのは、最初に家を抜け出した時だ。
ジャネットを見た露店のおじちゃんがカルロに、随分と小さな友だちだな、と言われ正体がばれるのを恐れたジャネットがひと息で言い切ったものだった。当時5歳になったばかりの大貴族の口にする言い訳にしては本当にひどい。
ちなみにこれを聞いていたジーンは、それはもう赤の他人だと腹を抱えて爆笑していた。
いくら私服と言えどもジーンとカルロはマーキュリー家の私兵だ。当然町の見回りなどもする。その2人を引き連れ、更には町に来るようになった初めのうちは綺麗なワンピースを着ていたジャネットを見て、領民たちは察している。
しかも、マーキュリー家に双子が生まれたが誕生日などのお披露目の場に出るのは1人だけ。貴族とは難しいのだと、領民たちは解釈しジェシーを親戚の子どものように接している。
つまりジャネットの設定は、設定として成り立っていない。そしてそれに気づいていないのもジャネットだけだ。
「それで、ジェシー。今日はどこにいくんだ?」
「果物農家のクラークさんのとこに行きます。」
ジンが聞くとジャネットが即答した。するとカルロが呆れた顔で口を開いた。
「…ジェシー。朝ごはん食べたばかりですよね?もうお腹すいたんですか?」
「違うわよ!
この間、最近雨が続いてて根腐りしそうだって言ってたから、どーなったかと思ったのよ。」
ここブロイダンスはマーキュリー家が治めていることが関係しているのかしてないのか、1年を通してよく雨が降る。
「雨は好きだけど、クラークさんのとこの果物も好きだから...」
とても心優しいことを言うジャネットを見る2人の目はしかし、複雑そうだ。
(優しい、んだろうけど、多分それ以上に食い意地張ってんだろうな)
と、心の中で同じことを考えていたりする。
町の中を歩いてクラークさんの家に向かう。道の両サイドには露店が並びいい匂いも漂ってくる。
「ジェシー!焼きたてのガルーダの串焼きあるぞ!1本どーだ?」
大体ジャネットがこの道を通る時は、露店で買い食いをするので店を出してる側もかなりの確率で声をかけてくる。
「わ、美味しそー!1本もらうわ。」
ジャネットはお小遣い性だか、管理をするのはカルロだ。ジャネットがカルロにお願いしようと振り返ると、ジーンが笑いながら言う。
「ジェシー、朝食から30分も経ってないぞ。」
「朝食は満腹まで食べてないわ。ガルーダの串焼き1本なら入るわ。」
あっけらかんとして言うジャネットにカルロは言葉もないようだ。店主にカルロからもらったお金を渡し、ジャネットは早速かぶりつく。
「やっはり、ちょりいくはかりゅーだね!」
「ジェシー、食べ終わってから喋りなさい。」
まだ家を出てから15分ほどなのにカルロの胃は痛み始めていた。
「ジーン、カルロ!こっそりと町に行きましょう!町にはこの家にはない美味しいものが売っているそうよ!アリーナに怒られそうだから内緒でよ?バレないように、偽名を作らないと!あ!ジェシーにするわ!ジェシーと呼んで!!」
(ジャネットの愛称がジェリーなのであってそれは、偽名じゃないぞ。)