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あれからみんなが、私を困った様に見てる。私は元気なのに。私は笑ってるのに。
アリーナが朝食の後、にこにこと近寄ってきた。
「お嬢様、頼みごとがあるのですが、お願いできますか?」
あの報告の前と変わらない態度のアリーナは、ちょっぴり悪戯っ子の顔をして笑った。それを見て、なんだか安心できた。
「どーしたの、アリーナ?とっても悪い顔してるわ」
「ふふふ。お嬢様、お使いを頼まれてくださいませんか?町で魔法具を売っているカティと言う女性がいますので、その方に、この手紙を渡して欲しいのです」
アリーナは、ポケットから1通の手紙を渡してきた。そして、私の耳元に口を寄せた。
「それと、最近この家は退屈でしょう?外でジーンとカルロが待ってるから遊んできなさい」
アリーナが耳から顔を上げると、今度はウインクをひとつしてから、
「アデルには内緒よ?」
と、また、悪戯っ子の様に笑った。
「分かったわ!」
笑みが溢れたきた。ずっと笑っていたのに、久しぶりに笑ったような気になって、なんだか変な感じ。
部屋に戻って、町用の服に着替えて急いで外にでる。久しぶりに町に行くからだろうか、自分が今すごくわくわくしてるのが分かる。いつもならバレないように綺麗に畳んで隠す着ていた服も、バッと脱いでポイッとしてきた。いつもなら怒られないようにと走らない廊下も、全力走り抜ける。今は何も気にならない。
廊下を抜け、庭を抜け、門を抜け、ジーンとカルロを見つけて、自分が笑っているとこに気づいた。そのことに更に笑えて、2人に走って飛びついた。
「おまたせー!!久しぶりの町よ!あっちこっちで食べるわよ!!」
ジーンとカルロがいつもの様に呆れたように笑った。
「おいおいジェシー、朝食取ったばかりだろ?」
「ジェシー、いつかそのうち牛になりますよ?」
酷いことを言われるのは分かってるけど、何故か面白くて笑えた。
「大丈夫よ!」
今町は、領主様の第三子を身篭ったとお祭り騒ぎだった。いつも以上にたくさんの露店が並ぶ大通り。広場には衣装を着た踊り子たちが踊りながら魔法を披露する。どこからか風が綺麗な歌声を運んでくる。いつもより騒がしく賑わっていて、町のみんなもいつもより楽しそうだ。
ここブロイダンスを治めるマーキュリー家が領民から親しまれている証拠だ。
水に恵まれたブロイダンスでは、作物もよく育ち、そのお陰で家畜もたくさんいる。特産物のお陰もあるが、マーキュリー家自体がお金を持っているために税も最低限だ。移民も快く受け入れ、仕事の無い者には仕事を与える。
領民たちは、誰のおかげで潤った生活ができているかをよく分かっているのだ。その方のお子が生まれるとあれば、濁りない祝福を叫ぶものもいる。が、この生活がより長く続くことへの嬉しさ故に声をあげるものもいる。
人望に必要なのは人情だけでなく、打算的な利益もだ。
「ジェシー!久しぶりじゃないか!丁度いい時に来たな!カルーダの串焼き、今までは甘だれだけだったんだが。これからは、サッパリだれも作ったんだ!1本どーだ!?」
「さぁ!カルロ!甘だれ、サッパリだれ、1本ずつ頂戴!」
「2本も食べるんですか!?」
「カルロ、食べ比べてこそよ!」
結局2本分の料金を納得いかない顔で払うカルロと、2本食べ比べて幸せそうなジャネットを見て、ジーンが安心したように笑った。
ここ最近、貼り付けた仮面の様な笑い方しかできていなかったジャネット。ジーンはずっとそれを心苦しく見ていた。
確かに恵まれた境遇とは言えない環境で育った。だがそれがジャネットを不幸にしたのかと聞かられたら、それは違うだろうと思う。苦しんでいたし、悲しんでいたが、ジャネットは決して不幸なんかではない。
ジーンにとって、今の屋敷の雰囲気は面白くない。
ジャネットを大切にし過ぎて、彼らは妄想の中で、傷ついたジャネットを見ているのだ。そんな目で見られることに現実でジャネットが傷ついているのに気づかず。彼らに、ジャネットが幸せだと言えば、強がる必要はないと、また彼らの妄想の中で傷ついたジャネットが大きくなるのだ。
可哀想な境遇にいようが、ジャネットはそこを幸せな場所にした。早くそのことに気づいて欲しい。その幸せな場所には、彼らも存在してこそなのだ。
「ジーーン!次行くわよ!」
「おう!」
でも今は、せっかくだし楽しまないと、だよな。
ジーンは少し離れたところにいたジャネットたちに走って追いつく。