ばあ様
じい様が逝った。
割と、呆気なく。
ばあ様は言った。
「ご苦労様でした」
手を合わせ、深々と頭を垂れて。
ばあ様は、やっと肩の荷が下りたと思った。
長年連れ添ってはみたものの、愛情はこれっぽっちも育まれなかった。
端から見れば、仲の良い老夫婦だった。
その実、ばあ様は耐えた。じい様の理不尽な言動に、耐えに耐えて耐えた。
これでやっと私の人生を送れる。
ばあ様は思ったが、己に残された時の何と短いことか。
それを知っているだけに勿体無い。と、思ってしまう。
六人設けた子はもう、良い年で、爺と婆あになっている。
その内の一人は先に逝った。
それが寂しいとは思わない。人はいつか死ぬのだ。
確実に死は平等に訪れる。この世界で唯一の平等。
ばあ様はそこまで深く考えることは無かったが、感覚として知っている。
で、あれば死ぬまで生きる。それだけだ。
ばあ様は、昔を少し思い出す。
戦争に行き、還らぬ人となった男の事。
ばあ様がまだ、生娘であった頃の事。
百合の咲く丘で約束をした。
約束は終ぞ、守られなかった。
約束が守られていたならば、少しは違った道があったのかもしれない。
それは、言っても詮無きこと。
ばあ様は必死に生きてきた。死と隣り合わせの現実で生きてきた。
八十九年。ばあ様が息をし続けている年月。
意識はしっかりとしていると思う。
身体もまだ動くと思う。
しかし、やりたいことは見付からぬ。
それはきっと、やらなければならない中で生き続けてきた結果。
涸れたと思った涙が頬を伝う。
じい様の亡骸の横で。