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Cicada 3301 〜 紡がれた最後の記録 〜  作者: LALA
第1章 Cicada 3301
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3/10

Ep.02 マヤ数字


 2012年1月5日、午前10時38分。


 「……完全にお手上げだなぁ、これ」

 昨日、4chanで見つけた暗号。

 軽い気持ちで挑戦したはずが、気づけば午前3時近くまでパソコンに向かっていた。おかげで今朝は見事に寝坊したし、古文の課題もほとんど進んでいない。

 それで暗号の方はどうかといえば、こちらもまあ別に大して進んでいなかった。

 モニターにはRedditのページが開かれている。昨日、アヒルの画像からOutGuessというソフトを連想し、最初の画像に隠されていた書籍暗号を取り出した。その指示に従って辿り着いたのが、この掲示板だった。

 問題は、そこから先である。

 「本を探せって言われてもなあ……」

 書籍暗号には、1:20, 2:3, 3:5といった形式の数字が76組並んでいた。何らかの文章から文字や単語を取り出す仕組みなのだろうが、肝心の本が分からない。

 僕は書籍暗号のメモを脇へ寄せた。

 次に気になるのは、《CageThrottleUs》というユーザーの投稿だった。

 長い英文が載っているのだが、どうにも文章がおかしい。単語らしいものは並んでいるのに、普通に読んでも意味が通らないのだ。

 昨日のうちに、単純な換字式暗号やカエサル暗号は試している。文字の出現頻度も調べてみたが、これといった成果はなかった。

 「鍵が別にあるのか……?」

 時計を見ると、もう11時を回っている。

 昨日から相当な時間を費やしているのに、分かったことが少なすぎる。

 こんなことなら、最初のアヒルを見たところで引き返すべきだったのかもしれない。

 ……いや、それはないか。

 僕はRedditのページをスクロールし、ヘッダー画像を開いた。

 点と横棒が組み合わされた、奇妙な記号が並んでいる。ところどころに貝殻のような形まで混ざっていて、初めて見たときから気になっていた。

 モールス信号かと思って区切り方を変えてみたものの、それらしい文章にはならなかった。そもそも、モールス信号に貝殻なんて必要ない。

 「これ、文字なのかな」

 記号を拡大し、ノートに描き写してみる。

 横棒が1本のものもあれば、2本のものもある。点の数にも違いがあった。適当に描かれているわけではなさそうだが、今のところ規則が見つからない。

 そんなことをしていると、画面の端にチャットの通知が表示された。

 アレックスだった。


 WALKER:Any luck?

 ――何か分かったか?


 NIL:Not really. You?

 ――あんまり。そっちは?


 WALKER:Same here.

 ――こっちも同じだ。

 

 NIL:Have you figured out the header?

 ――ヘッダーの正体は分かった?


 WALKER:Not yet. I think those might be numerals.

 ――まだだ。ただ、あれは数字かもしれない。


 僕は画像を見直した。

 「数字……?」

 確かに、そう考えた方が自然かもしれない。横棒や点の数が違うのは、それぞれの値を表しているからだとすれば説明がつく。


 NIL:Any idea which system?

 ――何の数字か心当たりは?


 WALKER:Working on it.

 ――調べているところだ。


 NIL:All right. I'll check too.」

 ――分かった。僕も調べてみる。


 WALKER:And NIL?

 ――それと、NIL。


 NIL:What?

 ――何?

 

 WALKER:Sleep before sunrise tonight.

 ――今夜は日の出までに寝ろよ。


 思わず苦笑した。

 昨日は夜遅くまでチャットにいたので、アレックスにはすっかり見抜かれているらしい。

 

 NIL:Yes, Dad.

 ――はいはい、お父さん。


 WALKER:Good boy.

 ――いい子だ。


 「……調子に乗るなよ」

 もちろん日本語である。本人には聞こえていない。 チャットを閉じたあと、数字の表記法について調べ始めた。

 ローマ数字は違う。古代エジプトの数字も、形が一致しない。バビロニアの楔形文字にも似ていなかった。いやいやもうそもそも数字という前提が間違ってんじゃね? なんて可能性も考えた。だが、ほかに有力な案があるわけでもない。

 しばらく画像を見比べているうちに、目が疲れてきた。

 「……駄目だな」

 僕は眼鏡もかけていないのに、つい眉間を押さえた。

 そのとき、背後でドアが開いた。

 「透、お昼……って、何その部屋」

 姉ちゃんだった。

 入ってくるなり机を見て、あからさまに嫌そうな顔をする。

 「昨日もこんな感じじゃなかった?」

 「ちょっとメモが増えただけだよ」

 「ちょっと?」

 姉さんは足元に落ちていた紙を拾った。

 そこには、僕が試した文字列と数字がびっしり書いてある。

 「……これ、暗号?」

 「うん」

 「まだ解けてないんだ」

 「そうなんだよ。何の数字なのか分かんなくて」  「ふうん」

 姉さんは紙をひっくり返したり、透かしてみたりしていたが、やがて机に戻した。

 「全然分かんない」

 「僕も」

 「じゃあ駄目じゃん」

 「いや、今考えてるところなんだけど」

 「昨日からずっと?」

 「……そうだけど」

 姉さんは呆れた顔で笑った。

 「よく飽きないねえ」

 「まあ、好きだから」

 「その集中力、宿題にも使えばいいのに」

 僕は黙って机の隅にある古文の教科書を見た。

 姉ちゃんも見た。

 「……終わってないでしょ」

 「今、それ関係なくない?」

 「あると思うけど」

 まったくもって正論だった。

 「とりあえず、ご飯できたから。お母さん、今日はもう呼びに来ないって言ってたよ」

 「分かった。今行く」

 「あと、空き缶くらい片付けなさいよ」

 そう言って部屋を出ていく姉さんを見送り、僕も椅子から立ち上がった。

 階段へ向かう途中で、もう一度モニターを見る。 点と横棒。

 それから、あの貝殻のような記号。

 何となく、見覚えがある気がするのだが……。

 昼食後はしばらくゲームをしていた。

 息抜きのつもりで起動したアクションゲームだったが、肝心なところで操作を間違え、あっさりやられてしまった。

 「……あー」

 再挑戦してみたものの、今度も駄目だった。

 ゲームの途中で、つい暗号のことを考えてしまうのだ。

 敵の攻撃を避けながら、点と横棒の組み合わせを思い出している場合ではない。

 3回目の敗北画面が表示されたところで、僕はコントローラーを置いた。

 どうせなら、暗号の続きをやった方がいい。

 午後はRedditの投稿をもう一度確認した。昨日保存したページと比較すると、いくつか新しい書き込みが増えている。出題者が追加したものなのか、ほかの参加者によるものなのか、区別がつかない部分もあった。

 書籍暗号を試している人もいたし、ヘッダーの記号について意見を交わしている人もいた。僕と同じところで悩んでいる参加者は、どうやら少なくないらしい。

 夕方にはアレックスとも何度か情報を交換したが、結局どちらも目立った収穫はなかった。

 その夜は、午後11時を過ぎたところで作業を切り上げた。


✳︎ ✳︎ ✳︎



 2012年1月6日、午後4時12分。


 「……さて」

 僕はRedditのヘッダー画像を開き、ノートを広げた。

 今日は午前中に数学と英語の課題を済ませている。古文の感想文はまだ残っているが、それは夕飯までに何とかしようと思う。

 机の上も昨日よりは片付いていた。メモを整理しておかないと、同じ検証を何度も繰り返すことになる。昨日は途中から、どの紙に何を書いたのか分からなくなってしまった。

 僕は画像を拡大し、記号を1つずつ見比べた。

 昨日までずっと文字として考えていたが、アレックスの言うとおり数字だとしたらどうだろう。

 例えば、点1つが1だとする。

 横棒は……5とか?

 試しにノートへ書いてみた。横棒1本と点2つなら7。横棒2本なら10。点3つなら3になる。

 「あれ?」

 ペンが止まった。

 どこかで見たことがある。

 それも、かなり昔に。

 僕は記号の画像をもう一度見た。

 点と横棒の組み合わせ。

 それから、貝殻のような形。

 「あっ」

 思い出した。

 僕は慌ててブラウザを開き、検索欄へ文字を入力した。

 検索結果に並んだ画像を見て、思わず声が出た。  「マヤ数字か!」

 古代マヤ文明で使われていた数字の表記法だ。

 点が1、横棒が5。そして貝殻のような記号は0を表す。以前、本で見かけたことがあったのだが、まさかこんなところで出てくるとは思わなかった。

 僕は検索結果とRedditの画像を並べ、13個の記号をすべて読み取ると、こうなった。

 10, 2, 14, 7, 19, 6, 18, 12, 7, 8, 17, 0, 19

 「……ふむ」

 数列になったのはいいが、これだけでは何を意味しているのか分からない。

 試しに1をA、2をBとしてアルファベットへ変換してみた。最初の3文字はJBN。これでは意味が通らない。

 僕はマヤ数字について書かれたページへ戻った。 そこで目に留まったのが、20進法という言葉だった。

 普段使っている10進法では、0から9まで数えると次の桁へ繰り上がる。一方、20進法では0から19までを1桁として扱う。

 今回の数字も、すべてその範囲に収まっている。  「……そういうこと?」

 僕はノートに、0から19までの対応表を書き始めた。

 0から9まではそのまま。10以降はアルファベットを使い、10をa、11をb、12をc……と表す。

 これなら、マヤ数字で示された13個の数を13文字へ置き換えられる。 最初の10はa。次の2はそのまま2。14はe、7は7、19はj。

 ここまで書いたところで、僕は手を止めた。

 「……ん?」

 この並び。

 どこかで見たことがある。

 僕は続けて残りの数字も変換した。


 a2e7j6ic78h0j


 「……あれ?」

 Redditのページへ戻り、アドレス欄を確認する。

 

 reddit.com/r/a2e7j6ic78h0j/


 僕はノートに書いた文字列と、画面のアドレスを見比べ、もう一度数字の変換を確認する。

 10はa。

 14はe。

 19はj。

 18はi。

 12はc。

 17はh。

 最後の19もj。

 全部合っている。

 「……マジか」

 思わず笑ってしまった。

 ヘッダーの記号をマヤ数字として読み、それを20進数で表記すると、Redditのコミュニティ名になる。 つまり、画像に描かれていたのは適当な模様ではなく、このページの名前そのものだったわけだ。

 ただ、そこまで分かって、僕は首を傾げた。

 「……いや、でもさ」

 これでは、何も新しい情報を得ていないのではないだろうか。

 そもそも僕は、そのRedditにすでにアクセスしている。ヘッダー画像を解いた結果、今いるページのアドレスが出てきたところで、次の問題へ進めるわけではない。

 だからといって、意味がないとは思えなかった。 わざわざマヤ数字を使っているのだ。

 しかも、単なる数字ではなく、20進数へ変換しなければページの名前にならない。

 出題者は、なぜそんな仕組みにしたのだろう。

 僕はノートの余白に《20進法》と書き込んだ。

 何かの鍵になる可能性はある。少なくとも、今後同じような数字が出てきたときには役に立つだろう。

 そのとき、チャットの通知音が鳴った。

 アレックスだった。


 WALKER:Any progress?

 ――進展あったか?


 僕は少し迷ってから返信した。


 NIL:Alex, I think I found something.

 ――アレックス、何か見つけたかもしれない。


 すぐに返事が届く。


 WALKER:Please tell me it's not another duck.

 ――頼むから、またアヒルじゃないと言ってくれ。


 思わず吹き出した。

 「まだ言ってるのかよ……」

 アレックスも、あのアヒルにはよほど思うところがあるらしい。


 NIL:No ducks this time. The header uses Mayan numerals.

 ――今回はアヒルじゃないよ。ヘッダーにはマヤ数字が使われてる。


 WALKER:Mayan numerals?

 ――マヤ数字?


 NIL:Convert them to base 20. You get the subreddit name.

 ――20進数に変換すると、Redditのコミュニティ名になるんだ。

 しばらく返信がなかった。

 たぶん、アレックスも自分で確かめているのだろう。

 その間に僕は、マヤ数字の画像をもう一度保存し直した。先ほどの変換結果も、ほかのメモと一緒にまとめておく。

 やがて新しいメッセージが届いた。


 WALKER:You're right. Nice catch.

 ――本当だ。よく気づいたな。


 続けて、 


 WALKER:Though that only tells us where we already are.

 ――まあ、今いる場所が分かっただけだけどな。


 「……それな」

 まったく、そのとおりだった。

 僕は少し笑いながら返信した。


 NIL:Your idea about numerals helped. Thanks.

 ――数字じゃないかっていうアレックスの考えがヒントになったよ。ありがとう。 


 WALKER:Then let's see where it leads.

 ――じゃあ、ここからどうつながるか調べてみよう。


 僕はノートをめくり、例の書籍暗号をもう一度表示した。

 76組の数字と、Redditに投稿された意味不明な英文。

 まだ手がつけられていないものはいくらでもある。

 その横に、さっき見つけた20進法の対応表を置いた。

 少しは使えるものが増えたはずだ。

 そう思いながら、僕は改めて解析を始めた。


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