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徹夜続きのゲーム開発者、気づいたら自分が作ったはずの文明調律RPGに転移していました 第五部  作者: マスター


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第53話 札は、信じられなければ食料を届けられない

第53話です。


第52話では、焼き上がった食料の行き先を扱いました。


共同焼き場が再稼働し、薄焼き粗粉、粥パン、保存片が作られ始めました。


しかし、焼けたパンはその瞬間から「商品」に戻ろうとします。


高値で買い占めようとする商人。


緊急食札を銅貨で買い取ろうとする者。


仮火札を売ろうとする難民の少年。


食料は、焼けてもまだ安心できません。


必要な人へ届くまで、流れを見なければならないのです。


澪たちは、《焼き上がり流路》を作りました。


緊急食。


労働食。


定価市。


商用枠。


それぞれに流れを分け、食料が値札だけで流れないようにしました。


しかし、ラストで新たな問題が見つかります。


偽造札です。


緊急食札や仮火札が、早くも模写され始めていました。


食料そのものだけでなく、食料へたどり着くための札まで信用を失えば、配布は再び混乱します。


今回の条件は、


《札は、信じられなければ食料を届けられない》


今回は、食料札と記録の信用へ向かいます。

偽造札は、思ったより雑だった。


紙の厚さが違う。


線が少し太い。


赤い印の位置もずれている。


裏の記録印も、よく見れば本物ではない。


それなのに。


混雑した広場で、空腹の人々が列を作り、焼き上がった粥パンの匂いが漂っている状況なら、通ってしまうかもしれない。


神代澪は、セラフィナから受け取った偽造札を見つめていた。


「今日作ったばかりなのに……早すぎる」


ライカが鼻を鳴らす。


「紙と炭と赤い染料があれば、真似はできる。匂いは違うけど、人の目だと紛れそう」


「匂いで判別できるライカが全部の列を見る?」


「無理」


「だよね」


調律核が赤く点滅している。


《緊急食札:偽造確認》


《仮火札:複製疑い》


《配布記録:照合遅延》


《本来受給者への到達率:低下リスク》


《市民不信:再上昇候補》


《条件候補:札は、信じられなければ食料を届けられない》


共同焼き場の前では、まだ列が続いていた。


粥パンを待つ子どもたち。


保存片を受け取る労働班。


仮火札を握った難民。


定価市で薄焼きを買う市民。


商用枠を睨む商人たち。


全員が「自分の番」を待っている。


そこへ偽造札の噂が流れれば、どうなるか。


自分の前にいる者が偽物かもしれない。


自分の分が奪われるかもしれない。


役人が見逃しているのかもしれない。


そう考えた瞬間、列は列ではなくなる。


ナジルが青い顔で言った。


「配布を一時停止しますか」


その声に、周囲の役人たちがざわついた。


オルグは眉を寄せる。


「停止すれば、混乱は一気に高まる」


「ですが、偽札が通れば……」


「止めても暴動、通しても不信。最悪だな」


ライカがぽつりと言った。


「いつものやつだね」


澪は小さく頷いた。


「うん。いつものやつ」


止めれば飢える。


通せば歪む。


燃やせば広がる。


開ければ崩れる。


これまで何度も見てきた形だった。


だから、今回も同じだ。


全部止めない。


全部信じない。


疑いだけで切り捨てない。


札の流れを、もう一段分ける。


「配布は止めません」


澪は言った。


ナジルが目を見開く。


「しかし……」


「今の札をそのまま全部通すわけでもありません。札を、紙だけで判断しない形にします」


セラフィナが記録板を構えた。


「作業名を設定します」


澪は少し考えた。


札は、食料までの道だ。


その道が本物かどうか、誰でも見て分かるようにしなければならない。


「《信じ札流路》」


セラフィナが頷く。


「記録します。《信じ札流路》」


ライカが小声で言う。


「名前がだんだん制度っぽくなってきた」


「下流交易都市編だからね」


「制度ファンタジー」


「たぶん、そう」


アオイは偽札を見つめていた。


「偽造した者を捕らえますか」


「捕まえる必要はあります。でも、最初にやるのは犯人探しじゃありません」


澪は列を見る。


「札を持っている人を、全員疑う空気にしないことです」


***


最初に作ったのは、札確認所ではなかった。


相談所だった。


偽札が出た時、人はまず「犯人」を探す。


誰が偽札を持っているのか。


誰が不正をしたのか。


誰を列から追い出せばいいのか。


だが、それをやれば列は荒れる。


本物の札を持っている人まで疑われる。


字が読めない人、札を濡らした人、誰かの代理で来た人、難民区画から来た人。


そういう人たちが最初に傷つく。


だから、澪は三つの窓口を作った。


青窓口。


本物の札で、そのまま受け取れる人。


黄窓口。


札が濡れている、破れている、代理受取、家族分の相談が必要な人。


赤窓口。


明らかな偽造、番号重複、出所不明の札。


ただし、赤窓口でも追い払わない。


最低限の温かい粥を出す。


本配布は保留。


事情を聞く。


「偽札でも粥を出すのですか」


ナジルが驚く。


「はい」


澪は答えた。


「完全に追い返すと、偽札を持った人は隠れます。隠れると、誰がどこで受け取ったのか分からなくなります」


オルグが頷く。


「情報を得るための最低食か」


「はい。食べ物で黙らせるのではなく、飢えで嘘を増やさないためです」


ナジルは言葉を失った。


セラフィナが板に大きく書く。


《青窓口:通常受取》


《黄窓口:相談・代理・破損札》


《赤窓口:偽造疑い・番号重複》


《赤窓口でも最低粥あり》


この最後の一文で、広場の空気が少し変わった。


「偽札だと決めつけられても、追い払われないのか」


「相談できるのか」


「濡らした札でも大丈夫なのか」


列の中から、老婆が一人、おずおずと黄窓口へ移動した。


手には、昨日の雨でにじんだ札。


その後ろに、片足を引きずる男が続く。


彼は病気の妻の代理らしい。


さらに、難民の少年が仮火札を握って来る。


焼き方が分からず、昨日は札を売りかけた少年だ。


トマが腕を組んで待っている。


「火の相談ならこっちだ。火を舐めなきゃ怒らないよ」


少年はびくびくしながら頷いた。


「はい」


ライカが小声で言う。


「トマさん、怒らないって言いながら声が怖い」


「でも、昨日より優しい」


「それはそう」


次に、札そのものを変える。


紙だけでは駄目だ。


紙は写せる。


印も真似できる。


だから、札を三点で確認する形にした。


一つ目は、紙札。


今日の色、今日の印、今日の切り欠き。


切り欠きは、札の端を小さく三角に切る。


明日は位置を変える。


二つ目は、割紐。


札に短い色紐を通し、その色と結び目の数で配布区分を示す。


緊急食は赤紐一結び。


労働食は青紐二結び。


仮火札は黄紐一結び。


病人用は白紐。


三つ目は、公開台帳。


大きな板に、札番号の範囲と発行窓口を記録する。


ただし、個人名を大きく書くのではない。


人数、区画、発行時間、窓口番号。


誰でも確認できるが、個人を晒しすぎない形にする。


サヴィがそれを見て頷いた。


「船荷の割符に似てるな」


「割符?」


澪が聞く。


サヴィは腰の袋から、半分に割れた木札を出した。


「荷主が片方、船が片方を持つ。岸で合わせる。木目と切り口が合わなきゃ偽物だ」


ミルカが目を輝かせた。


「それ、使える」


「食料札にも?」


「全員分は無理。でも、労働食と商用枠、大口配布には使える」


マルセが少し離れた場所でそれを聞いていた。


「大口取引なら、割符は当然だ。むしろ今まで札だけで渡していたことが危うい」


ライカが小声で言う。


「今まで買い占めようとしてた人が、急にまともなこと言った」


澪は小さく頷いた。


「商人は商人で、流通の技術は持ってる」


「信用できる?」


「全部は無理。でも、使えるものは使う」


マルセは澪を見る。


「商用枠に限り、うちの商会の割符板を貸してもよい」


ネーラが疑わしそうに言う。


「何を企んでるんだい」


「企むも何も、偽札で市場が壊れればこちらも損をする。信用は商売の土台だ」


オルグが冷たく言う。


「なら、その土台を緊急配布の上に乗せるな」


マルセは一瞬黙り、それから肩をすくめた。


「承知した。商用枠は後でよい。今は札の信用回復が先だ」


その言葉に、広場の何人かが驚いた顔をした。


澪も少し驚いた。


完全に善人になったわけではない。


だが、町が壊れれば商売も壊れる。


その利害は、今だけでも使える。


「ありがとうございます」


澪は言った。


「割符板、借ります」


***


信じ札流路が動き始めると、問題はすぐに見えた。


青窓口は、想定より速く進んだ。


紙札、割紐、台帳が一致すれば受け取り。


焼き上がり台へ流れる。


黄窓口は、想定より混んだ。


濡れた札。


破れた札。


代理受取。


家族が別の区画にいる人。


字が読めず、どの列か分からなかった人。


「偽造対策のつもりが、相談が多すぎる」


ナジルが汗を拭う。


「相談をこれまで列の中に押し込めていたからです」


セラフィナが淡々と言った。


「列が遅かった原因の一部は、不正ではなく未整理の相談です」


「耳が痛い」


「記録しますか」


「しなくてよい」


オルグが横から言った。


「いや、記録しろ。次から必要だ」


ナジルはさらに肩を落とした。


赤窓口には、偽札が五枚集まった。


どれも同じ筆跡に近い。


紙も同じ。


つまり、どこかでまとめて作られた可能性がある。


ライカが匂いを嗅ぐ。


「煤と油。あと、川沿いの倉庫の匂い」


「倉庫?」


「うん。第一河岸倉庫とは違う。もっと湿った木の匂い」


サヴィが眉をひそめた。


「古い荷札小屋かもしれない。昔の伝票や札を作ってた場所が、河岸の裏にある」


調律核が反応する。


《偽造札:煤油反応》


《使用紙:旧荷札紙の可能性》


《発生源候補:河岸裏荷札小屋》


《偽造規模:小〜中》


「偽造元が見えてきた」


アオイが言う。


「向かいますか」


「まだ」


澪は列を見た。


「今、主力がここを離れると、配布が崩れます。まず流路を安定させます」


アオイは頷く。


「はい」


その時、赤窓口で揉め事が起きた。


若い母親が、赤窓口の前で泣きそうになっている。


手には偽札。


だが、本人は偽札だと知らなかったらしい。


「これ、本物だって言われたんです! 昨日、列に並べないから、代わりに取ってくれるって……」


赤窓口係の役人が困り果てている。


「しかし、これは偽造で……」


周囲がざわつく。


「偽札持ちだ」


「不正だ」


「追い出せ」


その声に、母親の腕の中の子どもが泣き出した。


アオイが一歩前へ出る。


だが、澪が先に動いた。


「その人を責めないでください」


群衆の視線が澪へ向く。


澪は母親へ近づいた。


「誰から受け取りましたか」


「知らない男です。銅貨一枚で、列の代わりに札を取ってくるって……」


「あなたは、札を買った?」


「はい。でも……でも、子どもが熱を出していて、列に並べなくて……」


澪は頷いた。


「赤窓口、最低粥を出してください。子どもには病人相談列を」


役人が迷う。


「ですが、偽札です」


「偽札を通すのではありません。人を追い返さないだけです」


セラフィナが即座に記録する。


「偽札被害者対応。最低粥、病人相談、証言記録」


母親は泣きながら頭を下げた。


「ありがとうございます……」


ライカが低く言う。


「偽札を使った人と、偽札を売った人は違う」


「うん」


澪は答えた。


「そこを分けないと、弱い人だけが罰を受ける」


調律核が黄色から青へ少し変わる。


《赤窓口対応:機能》


《偽札所持者の証言:取得》


《被害者追放による不信拡大:回避》


《偽造元候補:絞り込み》


だが、次の瞬間。


焼き上がり台の反対側で、男が叫んだ。


「こっちの札も偽物だと言われた! 役人が本物を偽物にして、食料を抜いてるんじゃないのか!」


空気が一気に悪くなる。


「そうだ!」


「本物か偽物か、誰が決めるんだ!」


「役人だけで決めるなら、信用できない!」


ナジルの顔が青ざめる。


オルグも険しい表情になる。


これは危ない。


偽札対策が、逆に「役人が勝手に札を無効化している」という不信へ変わりかけている。


澪はすぐに言った。


「判定を公開します」


セラフィナが動きを止める。


「公開判定台を作ります」


「はい。札を裏で決めない。紙札、割紐、台帳、切り欠き、全部を目の前で確認します」


トマが火かき棒を掲げる。


「疑うなら見に来な。ただし列は崩すな!」


ネーラも声を張る。


「パンを止めたいのかい! 見たい奴は見物線へ!」


アオイが静かに立ち、セラフィナが光の線を追加する。


《公開判定線》


《見物線》


《配布線》


《相談線》


また線が増える。


だが、その線がなければ人は押し寄せる。


公開判定台では、偽札と本物を並べた。


紙の厚み。


今日の切り欠き。


割紐の結び。


公開台帳の番号。


一つずつ見せる。


「この札は、番号が今日の発行範囲にありません」


セラフィナが説明する。


「この札は、切り欠きが昨日予定だった位置にあります。今日のものではありません」


「この札は、割紐がありません」


「この札は、割紐がありますが、結び目の数が違います」


群衆が静かになる。


完全に納得したわけではない。


だが、「見えないところで決めている」という疑いは少し薄れる。


オルグが低く言った。


「公開台帳は、混乱時ほど必要だな」


「はい」


澪は頷いた。


「でも、個人を晒しすぎない形で」


「分かっている。数字と窓口単位だ」


ナジルも、震える手で記録を取っていた。


「次から、最初からこれを……」


「次からと言わず、今からです」


セラフィナが言う。


「はい……」


調律核が青へ変わる。


《公開判定台:成立》


《役人不信:低下傾向》


《偽札判定透明性:上昇》


《配布停止リスク:低下》


《市民不信:再上昇回避》


***


夜半には、信じ札流路が仮の形を得ていた。


青窓口。


黄窓口。


赤窓口。


公開判定台。


公開台帳。


割紐。


切り欠き。


大口用割符。


使用済み札の回収紐。


この最後の仕組みも重要だった。


使い終わった札を、その場で半分に裂き、回収紐へ通す。


誰でも見える場所に吊るす。


何枚使われたのか。


何枚回収されたのか。


どの窓口で使われたのか。


完全な帳簿ではない。


だが、目に見える消し込みになる。


「札を裂くのは、ちょっと怖いね」


リクと同じくらいの年の少女が言った。


フィリアが優しく答える。


「食べ物へ変わった証です」


「証?」


「はい。札が役目を終えたのです」


少女は粥パンを抱え、裂かれた札を見上げた。


「じゃあ、よかった札なんだ」


「そうです」


澪はその言葉に、少しだけ救われた気がした。


よかった札。


食べ物へ届いた札。


それが見えるだけで、人は少し安心できる。


調律核が表示を更新する。


《信じ札流路:仮成立》


《偽造札流入:抑制》


《札外取引:低下傾向》


《本来受給者到達率:上昇》


《公開判定台:機能》


《使用済み札回収:開始》


《市民不信:低下傾向》


《条件候補:一部達成》


《札は、信じられなければ食料を届けられない》


ライカが伸びをした。


「一部達成」


「うん」


澪は頷いた。


「でも、偽造元はまだ残ってる」


「河岸裏荷札小屋?」


「たぶん」


アオイが盾を持ち直した。


「向かいますか」


澪は少し考えた。


信じ札流路は動き始めた。


だが、まだ脆い。


ここを離れるなら、誰を残し、誰を連れて行くか。


製粉所、共同焼き場、配布線、札窓口。


すべてが同時に動いている。


「セラフィナはここに残ってください」


澪は言った。


「公開判定台と台帳を維持してほしいです」


「承知しました」


「フィリアも、病人相談列をお願いします」


「はい」


「アオイ、ライカ、ミルカ、ルシェリア、サヴィさん。河岸裏へ行きます」


サヴィが縄を肩にかけた。


「荷札小屋なら案内する」


オルグも前へ出る。


「私も行く。偽造は穀物局の信用に関わる」


ナジルは残ることになった。


顔は不安そうだったが、セラフィナの横で必死に記録板を握っている。


少し前まで、彼はただ混乱していた。


今は、混乱の中で線を引こうとしている。


それだけでも、大きな変化だ。


***


河岸裏荷札小屋は、倉庫街の奥にあった。


表通りから外れ、古い木箱と壊れた荷車が積まれた狭い通路の先。


湿った木の匂い。


煤と油の匂い。


川風に混じる、古い紙の匂い。


ライカが鼻を押さえずに言った。


「ここ。偽札と同じ匂い」


小屋の扉は半開きだった。


中から、小さな明かりが漏れている。


人の気配。


複数。


アオイが前へ出る。


「突入しますか」


「待って」


澪は耳を澄ませる。


中から声が聞こえた。


「もっと急げ。赤印を濃くしろ」


「でも、これ以上やったらバレる」


「本物なんか見たことない連中には分からない。札一枚で粥パン二つだぞ」


「でも、母さんは……」


「黙れ。腹を満たしたいんだろ」


若い声。


子どもに近い声も混じっている。


澪は胸の奥が重くなるのを感じた。


偽造していたのは、組織的な商人だけではないかもしれない。


食べるために、真似た者。


売るために、真似させた者。


その二つが混ざっている。


調律核が赤く点滅する。


《偽造札作成地点:確認》


《関与者:小規模集団》


《旧荷札紙:使用》


《煤油印:使用》


《未成年者反応:あり》


《背後指示者:未確定》


ライカが低く言う。


「子どもがいる」


アオイの表情が引き締まる。


「傷つけずに止めます」


「はい」


澪は頷いた。


「逃げ道を塞ぎすぎないで。川側へ落ちると危ない」


ミルカが小屋の裏を見た。


「裏床、腐ってる。強く踏むと抜ける」


ルシェリアが風を読む。


「中に紙と油があります。火は使わせない方がよいでしょう」


サヴィが縄をほどく。


「裏の桟橋を押さえる。逃げても川には落とさない」


澪は深く息を吸った。


「行きます」


アオイが扉を開けた。


中にいたのは、四人だった。


煤で汚れた男が一人。


痩せた少年が二人。


そして、十歳にも満たない少女が一人。


机の上には、赤い染料、煤油、古い荷札紙、偽の切り欠きを作る小刀。


男が立ち上がる。


「誰だ!」


アオイが盾を構える。


「動かないでください」


男は小刀を掴もうとした。


ライカが一気に距離を詰め、机の上の小刀を蹴り落とす。


「それは駄目」


少年たちは怯えて後ずさる。


床板が軋んだ。


ミルカが叫ぶ。


「そこ踏むな! 床が抜ける!」


少女がさらに後ろへ下がり、足元の板が割れた。


「きゃっ!」


アオイが即座に手を伸ばし、少女の腕を掴む。


サヴィが縄を投げ、アオイの腰へ引っかけて支える。


ライカが少女の背を押し戻す。


床板が抜け、下の暗い水路が見えた。


「危な……」


澪は息を呑んだ。


偽造犯を捕まえる前に、子どもが川へ落ちるところだった。


男はその隙に逃げようとした。


だが、ルシェリアが入口の粉紙を舞わせず、弱い風で扉を押さえた。


アオイが静かに言う。


「逃げても、あなたの札はもう通りません」


男は歯を食いしばった。


「だったらどうしろってんだ! 食うものがねえんだよ!」


澪は男を見た。


「偽札を売っていましたね」


「売ったさ! 腹が減ってりゃ何でも売る!」


「この子たちは?」


「字が書ける。手が小さい。札を真似るのがうまい」


ライカが低く唸る。


男は怯みながらも叫んだ。


「こいつらも食いたがってた! 俺だけが悪いのか!」


「悪いです」


澪ははっきり言った。


男が目を見開く。


「でも、あなた一人だけの問題ではありません」


澪は机の上の偽札を見た。


「札が信じられない町にしたこと。列に並べない人を見落としたこと。食べる道を紙一枚にしたこと。全部つながっています」


男は黙った。


少年の一人が震える声で言う。


「俺たち、札を作れば粥パンがもらえるって……」


澪は膝をつき、少年の目線に合わせた。


「本物の札を作る仕事なら、できます」


少年が目を見開く。


「え?」


「偽札ではなく、本物の補助札を作る作業です。割紐を通す。使用済み札を裂いて回収紐に通す。台帳板の番号を書く。監督付きで」


オルグが驚いたように澪を見た。


「労働食扱いか」


「はい。罰をなくすわけではありません。でも、食べるために偽札を作るなら、食べるために本物の流路を支えてもらいます」


アオイが静かに頷いた。


「よいと思います」


ライカも言う。


「子どもたちは、それがいい」


男は顔を歪めた。


「俺は?」


「あなたは、偽札を売った相手と買った相手を話してください。話した分、赤窓口ではなく労働食窓口へ回します。逃げれば赤記録です」


「脅しか」


「制度です」


セラフィナがいたら即座に記録しただろうな、と澪は思った。


オルグが代わりに言った。


「王都穀物局としても、証言協力者として扱う。だが偽造の記録は残る」


男は長く黙った。


やがて、力が抜けたように座り込んだ。


「……話す」


調律核が青く反応する。


《偽造札作成地点:制圧》


《未成年関与者:保護》


《旧荷札紙:回収》


《煤油印:回収》


《偽造流通経路:証言取得可能》


《偽札増加予測:低下》


澪は小さく息を吐いた。


「戻りましょう」


ライカが偽札の束を抱え、顔をしかめた。


「紙なのに重いね」


「うん」


澪は答えた。


「信用を壊す紙だから」


***


広場へ戻った時、信じ札流路はまだ動いていた。


完璧ではない。


青窓口は詰まり、黄窓口は相談だらけで、赤窓口には新しい偽札も届いている。


それでも、止まっていない。


セラフィナは公開判定台に立ち、ナジルは汗だくで台帳を書き、フィリアは病人列を見ていた。


トマは火札案内で少年たちに焼き方を教え、ネーラは定価市の薄焼きを数えている。


オルグが偽造札と旧荷札紙を掲げた。


「偽造元の一つを確認した。旧荷札紙を使った簡易偽造だ。判定方法は公開する」


群衆がざわめく。


「捕まえたのか」


「誰だった」


「また商人か」


澪はすぐに言った。


「名前を晒すためではありません。偽札の見分け方を共有するためです」


セラフィナが偽札と本物を並べる。


紙の質。


赤印。


切り欠き。


割紐。


台帳番号。


それをもう一度、公開する。


さらに、旧荷札紙を使った札は赤窓口へ。


ただし、被害者は最低粥と相談へ。


関与した子どもたちは、補助作業へ。


偽造を指示した男は、証言記録へ。


見える形にする。


裁く前に、流路を止めない。


その結果、広場の空気は完全な安心ではないが、少しだけ落ち着いた。


調律核が青く光る。


《信じ札流路:安定化》


《偽造札発生源:一部制圧》


《公開判定台:機能強化》


《未成年関与者:補助作業へ移行》


《配布停止リスク:低下》


《本来受給者到達率:上昇》


《市民不信:低下傾向》


《中流—下流食料供給網:配布信用段階一部回復》


《条件候補:一部達成》


《札は、信じられなければ食料を届けられない》


ライカがようやく大きく息を吐いた。


「一部達成」


澪も頷いた。


「今日、何回目の一部達成だろう」


「数えるのやめよう。疲れる」


「そうする」


その時、ナジルが台帳を見ながら顔を上げた。


「おかしいです」


「今度は何ですか」


澪は少し身構えた。


ナジルは台帳を指差す。


「札の偽造は減りました。配布も進んでいます。でも、受け取り率が極端に低い区画があります」


オルグが覗き込む。


「どこだ」


「橋下区画、北岸仮小屋群、旧船溜まりの水上小屋です」


サヴィの顔が変わった。


「そこは、列に来られない連中が多い。足を怪我した船員、病人、子連れ、昨日着いた難民、それに……」


彼女は一瞬だけ言葉を切った。


「登録を持たない者たちだ」


調律核が赤く点滅する。


《未受取区画:検出》


《橋下区画:受取率 18%》


《北岸仮小屋群:受取率 23%》


《旧船溜まり水上小屋:受取率 11%》


《理由候補:移動困難/登録不足/列到達不能/情報未到達/恐怖》


《緊急食到達率:区画間偏在》


《次条件候補:列に来られない者には、列は道にならない》


澪は、広場の向こうを見た。


線を引いた。


札を整えた。


偽札を止めた。


食料は、列に並べる人へ届き始めた。


だが、列に来られない人がいる。


そこには、札すら届いていない。


食料までの道は、まだ広場の中にしかなかった。


ライカが低く言った。


「今度は、食料を持って行く番?」


「うん」


澪は頷いた。


「列を作るだけでは、届かない人がいる」


フィリアが遠くの橋下を見つめる。


「待っているのではなく、声を出せない人もいます」


アオイが静かに盾を持ち直した。


「では、こちらから行きましょう」


澪は調律核を握った。


食料は、倉にあるだけでは救えない。


粉になり、焼けて、札を通っても、まだ届かない人がいる。


次は、列そのものを越えなければならない。


夜のリヴァールで、橋の下に灯る小さな明かりが、川面に揺れていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


第53話では、食料札と記録の信用を扱いました。


第52話で、焼き上がった食料は《焼き上がり流路》によって、緊急食、労働食、定価市、商用枠へ分けられました。


しかし、その流れを支える食料札に偽造が見つかります。


食料そのものがあっても、そこへたどり着くための札が信じられなければ、配布は混乱します。


今回の条件は、


《札は、信じられなければ食料を届けられない》


でした。


澪たちは、配布を完全停止しませんでした。


偽造札が出たからといって配布を止めれば、空腹と不安が一気に高まります。


かといって、すべての札をそのまま通せば、本来受け取るべき人へ食料が届かなくなります。


そこで作ったのが、《信じ札流路》です。


青窓口。


通常受取。


黄窓口。


破損札、代理受取、家族分、火札案内、病人相談など。


赤窓口。


偽造疑い、番号重複、出所不明の札。


ただし、赤窓口でも最低限の粥は出し、事情を聞く形にしました。


ここで重要なのは、偽札を通すことではありません。


偽札を持っている人の中には、騙された人、列に並べなかった人、病人の家族、字が読めない人もいます。


いきなり追い払えば、弱い人ほど傷つき、偽造の流れも見えなくなります。


だから、疑いを分け、最低限の食を出し、事情を聞く。


これが今回の調律でした。


また、札そのものも紙だけで判断しない形にしました。


紙札。


今日の切り欠き。


割紐。


公開台帳。


大口用の割符。


使用済み札の回収紐。


札を一枚の紙としてではなく、台帳や紐、割符、公開判定と組み合わせることで、信用を支える仕組みに変えました。


特に公開判定台では、本物と偽物の違いを人々の前で示しました。


役人だけが裏で決めているように見えれば、不信は増えます。


だから、判定の基準を見える場所へ出す必要がありました。


さらに、偽造元の一つとして、河岸裏の荷札小屋も発見されました。


そこでは旧荷札紙や煤油を使い、偽札が作られていました。


関与していた子どもたちは、ただ悪人として扱うのではなく、本物の札を支える補助作業へ回す形にしました。


罰をなくすのではなく、食べるために偽札を作る流れを、食べるために本物の流路を支える仕事へ変える。


ここも今回の大事な点です。


結果として、《信じ札流路》は仮成立し、偽造札の流入は抑えられ、配布停止リスクも下がりました。


しかし、ラストでは新たな問題が見つかります。


札の信用が回復し、配布が進んだことで、逆に「受け取れていない区画」が見えるようになりました。


橋下区画。


北岸仮小屋群。


旧船溜まりの水上小屋。


そこには、列に来られない人、登録を持たない人、病人、怪我人、子連れ、情報が届いていない人がいます。


次の条件候補は、


《列に来られない者には、列は道にならない》


です。


食料札を整えても、列に並べない人には届きません。


次回は、広場の配布から、区画へ届ける流れへ進みます。


食料の道は、まだ広場の外へ伸びなければなりません。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)

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