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◆絶滅寸前の人間は、魔族の友達に会いに行く  作者: 駄文職人


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9/15

思わぬ襲撃

「認可、おめでとうございます、ヴィーネ様」


 その言葉と共に、薄紫の花をあしらったコサージュが差し出された。

 見知らぬその男は品の良い微笑を浮かべている。


「些細なものですが、お祝いに。香りも気分を落ち着ける効果がありますよ」

「……ありがとうございます。お気遣い、痛み入ります」


 ヴィーネはぎこちなく笑って受け取った。さっきの審査会のひりついた敵意から一転、急な手のひら返し――不審ではあるが、拒絶すれば角が立つ。


「もう出立ですか? ゆっくりされて行かれれば良いのに。貴女のお話を聞きたい者たちは多くいるようですよ」


 男の言葉通り、チラチラとこちらを伺う視線を感じる。


 だが、今日はダメだ。ラスラに町へ素材や試作品を運ぶのに手伝ってもらったまま「結果を聞くまで待ってる」と町の中で待機しているのだ。


 先日のように騒動を起こしていないか気が気でない。


「人を待たせていますので」

「左様ですか。足をお止めして申し訳ございません。お話はまたの機会に」


 軽薄な笑みに胡散臭さを感じながらも、ヴィーネは一礼して退出させてもらう。


「まあ、次に会う機会があったらですけどねぇ……」


 背後からかけられた冷ややかな声に、ヴィーネは気が付かなかった。





「だぁーかぁーらぁー、今日は待ち合わせなの!」

「そんなこと言って、お前はいつのまにか中に入ってんだから油断も隙もないな!? どこから入ったんだ!?」


 ヴィーネが城門に辿り着いた時には、すでに騒ぎになっていた。


「なんで当然のように揉めてるの!?」

「あ、ヴィーネ!」

「なにっ」


 ラスラは門衛と元気よく口論していたが、ヴィーネに気が付いて手を振る。


 門衛はヴィーネを認めるとあんぐりと口を開けた。


「ま、マノンさん……?」

「貴方、こないだの」


 森に出る時にえらく心配をかけてしまったあの親切な門衛だった。出門時に名乗った名前を覚えられていたとは、よほど彼に気を揉ませてしまったらしい。


「すいません、わたしの連れなの! 彼、何かご迷惑をお掛けしましたか?」


 ラスラはフードをしっかり被っているが、言動まではごまかせない。人間種だとバレていないだろうかと門衛を窺う。


 対する門衛はヴィーネとラスラを交互に見て、信じられないといった様子でパクパクと口を開いたり閉じたりしている。


 ラスラは愚痴った。


「聞いてくれよ。このおっさんが突っかかってきてうるせーんだ」

「おっさんじゃねぇわ!」


 反射的な突っ込みが飛んできた。

 まるで昔からの知り合いに対するそれにヴィーネは目を瞬かせる。


「あー、マノンさん。その……なんだ」


 そわそわと門衛は頭を掻いた。周囲に視線を走らせれば、なんだなんだと騒ぎを横目に見送る人々に囲まれている。


 門の内側は大通りに面しているから往来が多い。分かりやすいようにと門の近くで待っていてもらうよう頼んだのが裏目に出た。こうも注目されてはラスラの素性に気が付く者が現れないとも限らない。


 ところが、なぜか門衛はラスラと繋いでいるヴィーネの手を凝視していた。


「連れって、ま、まさか……」


 まずい、とヴィーネは思った。


 何故だか知らないが、この人はラスラがこの町の住人ではないことを知っている。もしかしたらラスラが人間種であることも知っているのかも知れない。


 ヴィーネが招き入れたとバレるのはいい。だがラスラが人間種であると騒がれてこの場の人々全員に周知されては、要らぬ騒動に発展する可能性がある。


 どう事を収めようか、ヴィーネが頭を回していると門衛がわななきながら尋ねる。



「マノンさんがよく森で会う約束している冒険者って、コイツ……っ!?」



 確かにヴィーネは、ラスラのことを冒険者と彼に説明していた。


 狩人も冒険者も似たようなものだろう。そう言うとラスラからは「全然ちげーよ!?」と非難轟々であったが、森の魔物の討伐を生業とするという点では同じだ。


「え、えぇそう。この間森でお世話になってから、一緒にパーティを組んでいるの」

「パッ……!?」


 ソルガードの冒険者たちはパーティを組んで森に入ることが多いと聞いた。だから冒険者ライセンスを持っているヴィーネがパーティを組んでいるのは不自然ではないはず。


 だが若い門衛は頭を抱えて膝から崩れ落ちた。


「その手があったか……!!!」


 何やらとても悔しい何かがあったらしい。


「で、でも! マノンさん武器持ってなかっただろ!?」

「えぇ。だから狩りはほとんどラスラ任せなんだけど……」

「嘘だろう!? だって」

「ねぇ、ヴィーネ」

「嘘なんかじゃないわよ。森を彼ほどよく知っている人はいないもの。こないだも魔熊……」

「熊っ!?」

「ごめんなさい、忘れて。でも、ホーンラビットを倒せるぐらいの腕前よ」

「ヴィーネってば」

「なにぃ!?」


 嘘じゃなかったのか、でもまさか、と門衛はぶつぶつと呟いている。


 さすがに魔熊を倒したとは正直に話せなかったヴィーネは罪悪感でいっぱいになる。ホーンラビットも「生捕り」にしたとは言えず、悪目立ちせぬ程度になんとか誤魔化すので精一杯だった。


 その時、会話の合間ずっとヴィーネの袖を引いていたラスラが「なあっ、ヴィーネ!」と大きな声を上げた。


「わ。ごめん、なに?」

「それ、どこで拾った?」


 ラスラの指はヴィーネの胸元のコサージュに向いていた。


「え? 商業ギルドでお祝いに……、そうだ! ラスラ、事業の許可が下りたの! これで堂々とお店を開けるわ。わたしの夢もやっと前進……」

「鼻につく。外せ」


 喜ぶべき報告を途中で遮って、ラスラは厳しい口調で言った。


 息を飲んだ。以前、魔熊と戦った時に見せたような張り詰めた表情をしていたからだ。


 突然ピリついた空気を、門衛が「おいおい」と取りなそうとする。


「そりゃないだろ。確かに甘い香りがするが、嫌な匂いってほどじゃあ」

「魔寄せの花の匂いだ。こんな森に近いところで着けてちゃダメだ。魔物を呼ぶぞ」


 え、と二人が声を揃えた時。





 ギィィィィィィィっ!!!






 金属を擦り合わせたような甲高い吠え声が、大通りの喧騒を切り裂いた。





「警戒態勢! 上空に魔物――ワイバーンだ!」


 衛兵の怒声が響くや否や、南の空から巨大な翼の影が舞い降りる。 ワイバーンは城壁に突っ込んだ。


 ――バン!


 魔力で強化されているはずの城壁が、まばゆい光と共に一部がひび割れる。破片が飛び、地面に火花を散らす。


 悲鳴が合唱した。


「第四区画、崩れました! 魔物、侵入します!」

「中央広場まで走れ! 早く!」


 兵士の報告と避難を呼びかける声が錯綜する。


「マノンさん、こっちだ!」


 赤毛の門衛に手を引かれて、ヴィーネは走った。途中火の玉が近くの建物に着弾し、頭上から崩れた煉瓦が振ってくる。

 慌てて頭を抱えてしゃがみ込めば、花をかたどったコサージュから立ち昇る、どこか刺激的で甘すぎる匂いが鼻をくすぐった。


 これを渡してきた男の胡散臭い笑いを思い出して、ヴィーネはコサージュをむしり取って地面に叩きつける。


「罠だったのね。あの男!」


 その頭上に影が覆い被さる。

 甘い香りに誘われたのだろう。ワイバーンは口の端から涎を垂らしてこちらを見下ろしていた。


「あ……」


 立ち尽くす。目が合って分かってしまった。

 このワイバーンは、自分を狙ってやって来たのだと。


「〈荊氷〉!」


 建物の屋根から三本の氷の柱が突き出す。

 だが、刺し貫かんとするそれをワイバーンはひょいと容易く避ける。


「くそっ! やっぱり届かねぇな」


 ヴィーネを庇うように立ち塞がった門衛は、悔しそうに言った。


「マノンさん、逃げろ!」

「でも……」


 自分が逃げればワイバーンは追ってくる。暴れれば暴れるほど町への被害は甚大になっていく。


 自分のせいで、怪我人が増える。


 迷うヴィーネに構わず、一度飛翔したワイバーンが旋回して突っ込んできた。


「〈影食み〉、ーー足鴉」


 次の瞬間、氷柱を伝って闇が一閃した。


 ギィィィィィィィ!


 翼を切り裂かれたワイバーンが落ちてくる。


 ナイフを構えたラスラが頭上から怒鳴った。


「ダグラス!」

「っ! 〈氷轡〉!」


 落ちてなお火を吐こうと赤らむ喉を口ごと氷が塞ぐ。


「〈荊氷〉」


 下からワイバーンの巨体を串刺しにする。


 大技を連発する羽目になったダグラスが肩で息をする隣に、ラスラが猫のように着地した。


「お前……」

「ちょっとは見直した?」


 どうだと胸を張る。

 今まで人間種だからと実力をなかなか認めもらえなかったことにずっとモヤモヤしていたラスラである。証明する機会が訪れたことで、ようやく溜飲が下りたのだった。


「倒したのはオレだ」


 それでもどうやら認めたくないらしいダグラスは意地になって言うが、すぐに「でも落としたのはおれだもんね」とラスラが機嫌良く言い返す。


 なおを何かを言いかけたダグラスを、別のワイバーンの咆哮が掻き消した。


「何体いるんだ」

「たぶん三体で来たっぽいから、あと二体。城壁近くを飛んでるのと、もっと上で旋回して観察しているヤツ」

「何で分かる」

「さっき跳んだ時に見えた」


 あっさりラスラは言ってのけたが、眩しい蒼穹の中に点とだけ見える影を確認して絶句した。言われていないと見つけるのは至難の業だ。


「じゃあ、行ってくる」

「待って! 行ってくるって何しに……」


 ヴィーネは今にも駆け出しそうなラスラを止めようとする。


 襲われているのは魔族の町、ラスラには関係がないはずだ。兵士や冒険者たちもいるから、彼らに任せていればいい。


 ラスラが危険を冒す必要はないではないか。


「人里を襲うようなワイバーンを逃したくないんだよ」


 しかしながら、言われてヴィーネはラスラを引き止めることができなくなった。


 人の味を覚えた魔物がその後どれほどの被害を生むか。ヴィーネですら察することができる。もしここで逃してしまった場合、次に襲われるのは自分の村だとラスラは分かっている。


 だから、放置できない。

 ラスラの背に伸ばしかけた手をヴィーネはぐっと握りしめた。


「……気を付けて」


 薄っぺらい言葉しかかけられない自分が恨めしい。

 ラスラはニカっと笑った。ちょっと近所の罠の様子を見てくるみたいに。


「ヴィーネのせいじゃないよ」

「え……」

「悪いのは魔寄せの花を仕掛けたヤツだよ。ヴィーネは悪くない」


 それだけ言って、ラスラは駆け出した。

 積まれた木箱をよじ登って、屋根の向こうに消えていく。


 どうしてラスラは、いつも言って欲しい言葉が分かるのだろう。ヴィーネにとって、ラスラの言葉は魔法だ。


 もう一度踏ん張ろうと思わせてくれる。


 ヴィーネはパァンッと両頬を叩いて、気合いを入れた。


「ダグラスさん。避難誘導ですよね、手伝います」

「あ、あぁ」


 一度は陰りかけた瞳に再び光が灯っているのに、赤毛の門衛は少し複雑そうにしていた。


「強いんだな」

「へこたれてられませんから」


 落ち込むのは後でいい。

 今できることを、今やるのだ。


 一体は前線でラスラが食い止めてくれる。もう一体が参加する気がない内に避難を完了させなければ。


「……マノンさん、知っているんだよな。アイツのこと」


 言葉を濁したが、何を言わんとしていることは分かる。


「ええ。知っているわ」

「アイツは魔法を使えない、はずだ。魔族よりもずっと弱いはずだ。そうだろ?」

「あら、知らないの?」


 なんだかヴィーネは可笑しかった。

 あんなに仲良しに見えたのに、ラスラを全然見ていなかったのだろうか。


「人間種ほど魔物を熟知した人たちをわたしは知らないわ」


 魔法をも切り裂くオリハルコンのナイフを持って、森の狩人が魔物を狩りに出かけたのだ。


 ならば、いかなる魔法を使う魔族にも劣りはすまい。

次回1月6日22:00に更新します。

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